遺伝子組み換え食品の安全性をめぐって----プシュタイ報告を中心に

粥川準二(ジャーナリスト、当会会員)


(バイオ安全研1周年記念講演会「バイオテクノロジーの安全神話を批判する」 ー2000年6月3日・新宿区立障害者福祉センターーの講演より)

(1)遺伝子組み換え食品とは何か?

 さて、本日は題名にあります通り、アーパッド・プシュタイ博士が行なった実験のことを中心に、遺伝子組み換え食品の安全性についてお話しさせていただきたいと思います。

 まず初めに、遺伝子組み換え食品とは何かということからお話しします。

遺伝子組み換え作物とはなにか

 ある作物に、それにはない特性を持たせるために、別の生物から取り出した遺伝子を組み込んだ作物のことを「遺伝子組み換え作物」といいます。遺伝子組み換え技術によって、これまでの品種改良では不可能だった品種改良も可能になったのです。いま日本に輸入されている作物は、ほとんどが除草剤耐性作物か害虫抵抗性作物です。両方とも微生物の遺伝子が組み込まれております。

除草剤耐性作物

 除草剤耐性作物とは、アグロバクテリウムなど微生物の遺伝子を組み込み、特定の除草剤をかけても枯れないようにした作物のことです。作物を植えた後に除草剤を撒けば、普通は作物も枯れてしまいますが、これなら雑草だけが枯れて作物は生き残ります。「特定の除草剤」とは、モンサント社の作物なら同社のラウンドアップ、アグレボ社の作物なら同社のバスタ。それ以外の除草剤には効果がありません。つまり作物の種子を売ることにより、同時に自社の除草剤も売りこむことができるのです。

 1999年11月までに、ダイズ1品種、ナタネ13品種、トウモロコシ4品種、ワタ3品種が厚生省の安全性評価指針への適合を確認されています。

害虫抵抗性作物

 一方、害虫抵抗性作物とは、BT(バチルス・チューリンゲンシス)菌という微生物の遺伝子を組み込み、害虫を殺す毒素を含むようにした作物のことです。殺虫剤の散布量を減らすことができるとされています。

 現在、ジャガイモ2品種、トウモロコシ4品種、ワタ2品種が厚生省指針への適合を確認されています。

 ダイズはダイズ油、醤油、豆腐などに使われています。ナタネはナタネ油(カノーラ油含む)、マヨネーズなどに使われてます。トウモロコシはコーン油、ビール、スナック菓子などに使われています。ワタは綿実油に、ジャガイモはフライドポテトなどに使われています。ただし、同じメーカーのものでも、商品によって組み換え作物を使っていたり、いなかったりするようです。

 除草剤耐性と害虫抵抗性の両方の特性を同時に持たせた作物も、ワタとトウモロコシ一品種ずつが輸入されております。

化学企業が遺伝子組み換え作物の普及の推進者である

 注意したいのは、1996年の輸入開始以来、現在までに厚生省指針に適合すると確認された29品種の作物のうち28品種までが、化学企業が申請した作物だということです。つまり遺伝子組み換え作物の普及を推進しているのは、食品企業でも種子企業でもなく、化学企業なのです。

キリンビールの開発した遺伝子組み換えトマト

 唯一化学企業ではないキリンビールが申請したのは、日持ち性向上トマト。実が熟れて柔らかくなるのを遅らせてあるトマトです。実が柔らかくなるのは、ポリガラクチュロナーゼという酵素の働きによるのですが、その酵素をつくる遺伝子をアンチセンス法という方法で封じてあります。従来のものより10日ほど長く日持ちし、店頭に置く期間も長くできるとされていますが、消費者の懸念を強く感じたキリンは、商品化を中止しています。

遺伝子組み換え食品とは何か

 これら新作物が「遺伝子組み換え作物」であり、「遺伝子組み換え食品」とはこれらを原料にした食品のことです。なお微生物の遺伝子を組み換えてつくった食品添加物も通常、遺伝子組み換え食品に含みます。ファイザーのキモシン、日本ロシェのリボフラビンなど5種類がすでに厚生省指針への適合を確認されています。

 これら遺伝子組み換え食品をめぐって、いま、激しい安全性論争が起きているのです。 


(2)食品としての安全性への疑問

 論点の一つが、食品としての安全性です。

「実質的同等性」の考え方

 OECD(経済協力開発機構)は1989年より、バイオテクノロジーを応用してつくった食品の安全性について検討し、1993年に「実質的同等(substantial equivalence)」という考え方を初めて打ち出しました。 「実質的同等」とは、「安全性を決定するもっとも現実的な方法は、もしそれらに類似した既存の食品があれば、それと『実質的に同等』かどうかを考察することである」、「既存の食品と実質的に同等であると決定されたならば、さらなる安全性又は栄養上の懸念は重要ではないとみなされる」という考え方です。その結果、遺伝子組み換え作物そのものは安全性評価の対象とならず、作物の中に新しくつくり出された物質(タンパク質)のみが評価の対象となってしまったのです。

安全性審査の問題性ーアレルゲンや毒素タンパク

 その新しくつくり出された物質に対して行なわれる安全性審査にも問題があります。アレルギー性ですが、これまでに知られているアレルゲンとのアミノ酸配列の相似性を検索するだけで済ませています。これでは既知のアレルゲンと比べることはできても、未知のアレルゲンを調べることはできません。また、毒素タンパクの分解性の検査には、人口腸液と胃液が使われます。これがあらゆる体質の人間の胃や腸で起こることを再現できるとはとても思えません。また、実験動物を使った毒性試験も、ほとんどの作物では急性毒性試験のみしか行なわれていないようです。もっと重要な長期微量摂取の実験は行なわれておりません。

企業自身が行う安全性実験は信頼できない

 また、これらの安全性実験は、第3者機関が行なうのではなく、申請する企業自身が行なってデータをまとめて、厚生省の食品衛生調査会に提出すればいいことになっています。これもまた、信頼性には疑問があります

プシュタイ"事件"の持つ意味

 そして、作物の中に新しくつくられた物質の安全性だけを見ればよい、という現在の考え方に疑問を投げかける"事件"が起きました。それが今日お話しさせていただく議題であるプシュタイ"事件"です。


(3)プシュタイ"事件"の経緯

遺伝子組み換えジャガイモがラットの免疫力を低下させた

 1998年8月10日、イギリスのロウェット研究所のアーパッド・プシュタイ博士は、衝撃的な実験結果を同国のテレビ番組『ワールド・イン・アクション』で明らかにしました。遺伝子組み換えジャガイモがラットに免疫力低下などを引き起こしたと発言したのです。 『ニューサイエンティスト』などイギリスの雑誌、新聞の記事やプシュタイ博士自身がロウェット研究所に提出した報告書などを総合すると、彼が行なった実験は、おおよそ以下のようになります。

実験の概要

 評価の対象となったのは、アブラムシを殺す毒素(レクチンと呼ばれる植物タンパク)を含むように、植物の遺伝子を組み込んだ害虫抵抗性ジャガイモです。遺伝子は、タチナタマメおよびマツユキソウからとられたものです。

 プシュタイ博士らは、毒素のみを評価するために、それぞれの毒素とジャガイモをまぜてラットに摂取させました。110日間と書かれている資料もあるが、期間はやや不明瞭です。するとマツユキソウの毒素(GNA)を与えたラットには影響がなかったが、タチナタマメの毒素(Con A、コンカナバリンA)を与えたラットには、わずかな成長の遅滞や免疫力の低下が見られました。タチナタマメのCon Aは、哺乳類には有毒であるので、ある意味では当たり前の実験結果です(『ニューサイエンティスト』98年8月15日号など)。

ロウェット研究所はプシュタイ博士に停職と発言禁止を命じた

 1998年8月ごろまでは、以上のように報道されていました。プシュタイ博士は未発表のデータを漏らしたことで、ロウェット研究所から停職と発言禁止を命じられました。ところが、事態はそれだけでは終わらなかったのです。

 プシュタイ博士らは、毒素とジャガイモをまぜてラットに与えていただけではありませんでした。実際にマツユキソウの遺伝子(無害なGNAをつくる遺伝子)を組み込んだジャガイモを用意して実験していたのです。このこと自体はロウェット研究所の調査委員会側が発表した報告書でも確認できます(http://www.rri.sari.ac.uk)。

遺伝子組み換えという過程自体に問題がある

 プシュタイ博士は、この遺伝子組み換えジャガイモを与えたラットには、普通のジャガイモを与えたラットに比べて、臓器の大きさに変化が出たこと、免疫力の低下が見られたことを主張しました。マツユキソウのGNA毒素は無害と考えられていますから、その影響とは思われません。遺伝子組み換えという過程自体に問題が生じたと考えられます。 

他の研究者もプシュタイ博士の実験結果の正しさを実証

 ロウェット研究所は前述の報告書などでこれを否定しました。ところがアバディーン大学の病理学者で、プシュタイ博士の共同研究者でもあるスタンリー・イーウェン博士が、マスコミを通じて別の結果を公表したのです。マツユキソウの遺伝子を組み込んだジャガイモを10日間ラットに食べさせ、解剖して内臓を観察したところ、胃の内壁や小腸などに異常が見られたというのです。1999年2月13日付『ガーディアン』紙は、分厚く膨脹した胃の内壁の写真を掲載しました(後でわかったのですが、後述するように、この症状はGNAの影響かもしれないのですが、そうではない可能性もあるとのことです)。この症状はがんにもつながるかもしれないと指摘する研究者もいました。


(4)プロモーターへの疑惑

 このときまではまだマスコミやインターネットを通じての発表だったのですが、その後、博士らの研究結果は著名な医学誌『ランセット』99年10月16日号で正式な論文として発表されました。

 プシュタイ博士らが実験に使ったのは、害虫を殺す成分を含むようにマツユキソウという植物の遺伝子を組み込んだ害虫抵抗性ジャガイモです。これには、GNAというレクチン(動植物の細胞を凝集させるタンパク質の総称)が含まれています。GNAは殺虫効果が高いわりに、哺乳類への影響がほとんどないことがすでにわかっていました。

3種類のジャガイモをラットに食べさせた

 博士らは、(1)普通のジャガイモ、(2)普通のジャガイモにGNAを添加したもの、(3)遺伝子組み換えジャガイモ、をそれぞれラット(成長期の若い個体)に食べさせました。摂取期間は10日間と110日間とに分けて行なったのですが、論文では10日間のデータのみが発表されました。

遺伝子組み換えジャガイモを食べたラットに内臓の異常が生じた

 その結果、(3)を食べさせたラットには、膵臓の増大や胃腸の内壁の異常などが見られたのです。(1)や(2)を食べさせたラットには、そのような異常は見られませんでした。争点はやはり、これらの異常がGNAによる影響なのか、それとも遺伝子組み換え技術そのものによる影響なのか、ということです。 『ランセット』に載った論文によると、この遺伝子組み換えジャガイモを食べさせたラットでは、空腸(小腸の一部)の内壁にある窪みが深くなり(つまり粘膜が厚くなり)、逆に、盲腸の内壁の窪みは浅くなりました(つまり粘膜が薄くなった)。

GNAというレクチンの影響だけなのか

 胃の粘膜も厚みが増したのですが、普通のジャガイモにGNAを添加したものでも同じように厚みが増したため、『ランセット』の論文には、主にGNAの影響だと書かれています。しかし、私が『週刊金曜日』の仕事でプシュタイ博士にインタビューしたとき、「胃への影響はGNAの影響だと理解すればいいのですね?」と尋ねてみると、博士は「量的にはそうですが、質的には違います。おっしゃる通り、普通のジャガイモにGNAを添加したものでも影響があったのですが、(視覚的に)比較すると、質的に異なる影響であったいうことです」と答えました。

 また、そのほかには膵臓の増大や、オスのラットでは精巣の増大まで見られましたといいます。プシュタイ博士によると、「(胃腸以外の)臓器に対する影響は二次的なものだと考えられます」とのことです。

 論文には取り上げられていませんが、博士の基調講演などによると、肝臓の重量が明らかに軽くなったといいます。しかし、これはGNAを添加したジャガイモでも見られたため、GNAの影響だと思われます。

 また、心臓や肺、脳などにも、GNAが原因とは思われない影響が観察されたといいます。おそらくこれらのデータは、現在準備中だという新しい論文で、詳しく発表されるのでしょう。

 GNA毒素自体には問題ないとしたら、何がラットに悪影響したのでしょう?

プロモーターに問題がある

 遺伝子組み換え作物には、除草剤耐性や害虫抵抗性など目的とする特徴をつくり出す遺伝子以外にも、さまざまなDNAが組み込まれています。一つの仮説として、そのなかでも"プロモーター"に目が向けられています。

プロモーターとは、毒素の産生を促す、いわばスイッチのような役割を果たすDNA領域です。このジャガイモに組み込まれているプロモーターは、CAMV35Sといって、カリフラワー・モザイク・ウイルスからつくられたものです。このウイルスは、ダイコンやカブなどに病気を引き起こす植物ウイルスの一種です。

イギリスのオープン大学のメイ・ワン・ホー博士は、ウイルスはその遺伝子を覆う外被タンパクをのぞいてしまうと、宿主への特異性が低くなり、その遺伝子はほかの生物の遺伝子にも影響を与えやすくなるという見解をもとに、このCAMV35Sプロモーターが問題である可能性が高いと主張しています。

モンサント社がプロモーターの特許を所有

 1999年2月17日付『ガーディアン』や農水省の資料によれば、このCAMV35Sプロモーターの特許はモンサント社が所有しています。そしていま、日本をはじめ世界中で普及しつつある遺伝子組み換え作物にも、同じプロモーターが組み込まれています。もしこのCAMV35Sプロモーターが問題だとしたら、この実験結果がおよぶ影響は実験に使われたジャガイモだけにとどまらず、いま普及している遺伝子組み換え作物すべてに問題があるということになります。

既存の安全性評価の方法には疑問がある

 実は、プシュタイ博士らの実験結果には、ラットの数が少ないなど、多くの疑問も投げかけられています。しかし、遺伝子組み換え作物そのものを対象にした実験で、論議を呼ぶようなデータが出てきたことにより、プロモーターなど目的遺伝子以外の影響の調査もまた必要であることが、徐々に明らかになってきたのではないでしょうか? 日本をはじめ、多くの国で行なわれている安全性評価の方法に対し、大きな疑問が投げかけられているのです。


(5)第3者機関による安全性検査を

一生食べる遺伝子組み換え食品には長期的影響の検査が必要

 プシュタイ博士は私とのインタビューのなかでこう述べました。「いま私たちが必要としているのは、試験です。それはガラス張りの状態で、独立した機関によって行なわれなくてはならない。これには医薬品の試験と同じやり方を導入しなければならない。第1に成分の分析。第2に動物実験。第3に人のボランティアによる臨床試験。お金はかかるけど仕方がない。医薬品は短時間だけ服用するものですが、遺伝子組み換え食品は一生涯食べるのですから。長期的な影響もあるかもしれない。いますぐには影響ないかもしれないけど、20年先、30年先に何かがあるかもしれない」。

モンサント社の幹部がまず最初に遺伝子組み換え食品を食べたらいい

 第3の臨床試験は、いわば人体実験ですので、もし行なうとすると倫理的な問題も出てくるでしょう。そこで先日亡くなった武谷三男先生が提唱なされていたという「人権と特権」、つまり「特権が少ないものは人権を手厚く守られる必要があり、特権が多いものは人権が制限されてもやむを得ない」という概念がヒントとなります。遺伝子組み換え作物の場合、最も利益=特権を得ているのは、消費者ではありません。農家でもありません。遺伝子組み換え作物を商品化し、しかもそれとのセット販売で除草剤まで売りつけて儲けているモンサント社であります。であるなら、人体実験の対象には、モンサント社の幹部がいちばんふさわしいということになります。彼らに20年ぐらい毎日遺伝子組み換え食品を食べてもらって、第3者機関がそのデータをまとめて、それで何の影響もなかったと証明されるまでは、遺伝子組み換え食品を受け入れることはとうていできないと私は考えています。

 ご静聴ありがとうございました。

【参考資料】
粥川準二ほか『遺伝子組み換え食品の危険性』(緑風出版)
粥川準二ほか『別冊宝島 遺伝子・大疑問』(宝島社)
エコロジスト編集部編、粥川準二ほか訳『遺伝子組み換え企業の脅威』(緑風出版)
粥川準二ほか『遺伝子組み換え食品の争点』(緑風出版)
粥川準二「国産"組み換えコメ"安全宣言の舞台裏」『週刊金曜日』2000年3月10日号
粥川準二「これでもあなたは遺伝子組み換え作物を食べますか」『週刊金曜日』2000年4月7日号

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