バイオ施設規制の立法化を急げ

芝田進午


 現代は「突発出現ウィルスの時代」である。

 世界保健機関(WHO)によれば、過去20年間に少なくとも30以上の新しい病原体が出現した。エイズウィルス(HIV)、病原性大腸菌O157、エボラ等々。それらは甚大な被害を及ぼしてきたし、これからもその危険性が大きい。

 当然、それら未知の病原体についての研究と対策が急務である。この点で、4月20日付本誌主張・解説面の「国内にも『BSL4』を」は適切な提言であり、賛成したい。

 だが、わが国でそれが稼動できないできたのはなぜか。そこから教訓を学ぶことが、まず大切である。

 「BSL4」は「P4実験施設」(Pは「物理的封じ込め」の略)とも呼ばれ、もっとも危険な病原体・DNAを扱う。わが国には、国立感染症研究所(感染研)の分室(東京都武蔵村山市)と理化学研究所(理研)の2施設がある。だが感染研分室にある施設は使用できないし、茨城県つくば市にある理研のそれは病原体を扱わない公約なので、ほとんど稼動していない。

 なぜ感染研のそれは稼動できないのか。81年、前身の国立予防衛生研究所(予研)が同施設と「P3実験施設」を住宅地にひそかに建設したので、武蔵村山市と住民が抗議したからである。そこで予研はP4施設の稼動を停止したが、P3施設は稼動を強行しつづけている。

 P3施設なら、より安全だというわけではない。P4、P3施設では職員が危険な病原体、DNA、発がん物質などを扱うが、自らの安全のため、それらを含む空気を強制排出する。だが、高性能フィルターでも完全に捕そくできないので、そのような排気を人のいる建物には流してはならないとWHOは規制している。
 
 P3、P2実験室(日本脳炎、肝炎、コレラ、大腸菌O157等の病原体を扱う)の「物理的封じ込め」の性能はよりルーズで、P4施設と同様、住宅地での立地は周辺住民にとって危険であり、建築基準法の精神に反している。

 このような教訓と国際基準にもかかわらず、予研は86年、住宅や早稲田大学、障害者施設、災害時避難地に隣接する新宿区に移転することを発表したが、多数のP3施設、P2実験室を設置することを隠していた。87年、それが発覚して住民らと早大が安全性についての説明と情報公開を求め、新宿区議会も建設強行反対を申し入れた。だが予研は説明も情報公開も拒否し、機動隊の力で建設を強行した。そこで、私を含む住民、早大教授、障害者代表ら原告200人が実験差し止めを東京地裁に提訴し、現在も係争中である。

 昨年12月、品川区の予研の旧跡地が放射性物質やダイオキシン、有害化学物質、重金属などで汚染されていたことが発覚し、表土の入れ替えが必要と報道された。病原体・遺伝子組み換え施設(バイオ施設)は有害化学物質排出施設でもある。住宅地がそのような施設の「適地」だといえるのか。

 アメリカやカナダでは、バイオ施設は住宅地では設置が許されず、砂漠に建てる場合でも環境影響評価を発表し、公衆の合意を得なければ設置できない。イギリスやドイツでも、バイオ施設は法律による届け出義務・認可・査察の制度が確立している。WHOも病原体実験施設を住宅地、公共施設からできるだけ離して立地すべきだと指示している。

 だが先進国中、わが国だけはバイオ施設が野放しの無法状態にある。全国でバイオ施設がどれだけ、どこにあるか把握できないと、環境庁長官らも認めている(96年2月28日の参議院環境特別委員会)。

 わが国では、銃砲刀剣、爆発物、毒薬、劇物、毒ガス原料、核物質などは法律で規制されている。しかし、病原体とその施設についてだけは規制の法律もない。数年前、オウム集団が炭そ菌・ボツリヌス菌を培養、散布した。幸い失敗したが、培養を規制し散布を処罰する法律もなく、バイオ施設の届け出義務も安全対策の査察・罰則の法律もない。

 バイオ時代の感染症に対処するためにも、バイオ施設の立地条件、届け出と査察、住民合意の必要などを盛り込んだ法律の制定が緊急の課題である。

(朝日新聞1999年5月25日付朝刊)

戻る