今日発生し得るバイオハザード

 

 今日現に発生したり、発生し得るバイオハザードの種類を整理・検討してみよう。

(1)【実験室感染】   

 第一は、医学、医療や公衆衛生ならびにバイオテクノロジー関係の実験・検査施設(以下、バイオ施設と略記)の実験・検査従事者および関係職員ならびに来訪者が、その施設で取り扱っている病原体もしくは遺伝子組み換え体(以下、病原体等と略記)に感染して被害を受けること。

   この被害にはアレルギー発症や長い潜伏期間を経たあとに見つかる発ガンも含まれる。言うまでもなく、この範疇のバイオハザードは実験室内感染(あるいは実験室感染)と同義である。

(2)【実験施設周辺住民の感染】

 第二は、バイオ施設からの排気、排水、廃棄物中に含まれている病原体等が、施設周辺の住民に感染したり環境を汚染・撹乱すること。

なお、施設関係者が自分の身体や着衣の汚染に気付かず施設外に出て、不作為的に病原体等を他の人々に伝播してしまうこともありうる。

 この種のバイオハザードの発生を的確に検知するには、施設周辺の住民や環境について病原体等の日常的なモニタリングが行われている必要がある。そして、施設は住民に対し何よりも、その施設が取り扱っている病原体等の種類や危険性についての情報を予めよく開示しておくべきである。また、被害者である住民は、バイオハザードの原因を解明しうる知識・情報・技術等の条件を備えていないのが普通である。それゆえ、施設側の正直で迅速な全面的情報公開はこの範疇のバイオハザード対策として絶対に必要である。

(3)【感染症被害】 

 第三は、自然環境下で潜在していた病原体等が、何らかの要因による環境条件の変化に伴い増殖・拡散して、広い地域の住民や家畜が感染被害を受けたり、生態系が撹乱されること。

   従来は知られておらず突然発生したことが認められる病原体(主にウィルス)やそれによる「新興感染症」、さらには、昔は流行していたが何らかの理由でその流行が終息してしまい、最近に至り昔より激しい病状を示す流行が再び表沙汰になってきている「再興感染症」は、この第三の範疇に入るバイオハザードである。

   周知のように、新興感染症はその種類が近年著しく増加している。

   マールブルグ病、ラッサ熱、エボラ出血熱、ニパウィルス病等々は新興ウィルス感染症の典型例である。さらに、今日世界中で人々に衝撃を与えているSARS(重症急性呼吸器症候群)も、またこの範疇に含められるバイオハザードである。なおSARSについては、バイオテクノロジーにより人為的に作り出された病原ウィルスだとする見方もあることを憶えていただきたい。

   また、再興感染症に関する的確な診断や治療や予防は、その原因となっている病原体の正体が解明されるまでは、ほとんど不可能または極めて困難である。その迅速な解明のためには、国際的な情報公開、研究協力、技術交流が是非とも必要である。ここでも、被害者の救済(人権)を第一義的に尊重して対処せねばならないことは言うまでもない。

(4)【食品・医薬品被害】 

 第四は、接種した飲食物中に存在していた病原体等もしくはそれらの産物(毒素・アレルゲン、発がん物質)により摂取者(家畜等を含む)が感染・中毒・アレルギー・発ガン等の被害を受けること。

   腸管出血性大腸炎O−157H7(略称、病原性大腸菌O157)により汚染していた牛肉を食べたため激しい出血性の下痢が発生した場合などは、まさしくこの種類のバイオハザードと言える。また、遺伝子組み換え細菌で作り出されたトリプトファン(不可欠アミノ酸の一種)を栄養剤として接種していた事件なども、この範疇のバイオハザードと見做すべきである。

   なお、この種の被害は従来からいわゆる食中毒という概念で論じられていたものであるから、敢えてバイオハザードに含めて考えない方が解りやすいかもしれない。しかし、今後バイオテクノロジーを駆使して作られる食品や医薬品が増えるともに、トリプトファン事件に類することが起こる可能性も増すと考えられる限り、従来の食中毒概念も修正・拡大されるようになるものと思われる。

(5)【生物製剤による被害】 

 第五は、生物製剤(ワクチン、抗毒素血清、血液成分製剤等の総称)を投与された後に頭痛・発熱・発疹・痙攣・麻痺等々の副反応が現われ、場合によっては死亡することさえあること。

   この第五の範疇は、普通にはワクチン禍・ワクチン被害とかワクチン事故(または、予防接種禍・予防接種被害とか予防接種事故)と言われている。そして、今日それらの言葉で被害者やその家族の方々が、各地で補償要求の裁判を進めておられることは周知のとおりである。したがって、それらの運動の中にバイオハザードという概念を今すぐに持ち込む必要はないと思われる。しかし、被害の本質や性格をよくよく考えれば、バイオハザードとして理解されるべきことである。

(本庄重男著『バイオハザード原論』より)