「バイオテロ」懸念で、またも露呈した

政府・国立感染症研究所の怠慢

〜バイオ施設規制法を制定し、無法状態の解消を〜

 米国によるアフガニスタン攻撃で、日本国内でも「バイオテロ」が懸念されている。フロリダ州などにおける炭疽菌感染者の発生がそれに拍車をかけている。日本政府は、「バイオテロ」に使われる可能性のある炭疽菌や天然痘ウイルス等の病原性微生物をリストアップし、これらを扱っている研究機関を対象に、保有状況や管理体制の実態を緊急に把握し盗難対策などの管理強化を求める通知を行った。また、生物兵器禁止法の改正も検討していると伝えられる。

 しかし、その実効性は疑わしい。なぜなら、根本的な問題に焦点が当てられていないからである。それは、日本では、病原体(遺伝子組み換え微生物も含む)の取扱いとバイオ施設(病原体・遺伝子組み換え施設)について、登録、規制、査察、罰則の法令さえなく、無法状態にあるということである。

 今、政府が至急行うべきことは、病原体の取扱いとバイオ施設規制の立法化によりこうした無法状態を解消することである。



1.オウム事件の教訓なし
 〜政府・国立感染症研究所の不作為責任を問う〜


 地下鉄サリン事件を起こしたオウム集団が炭疽菌・ポツリヌス菌を培養・散布するという「バイオテロ」を企てたことは記憶に新しい。無法状態にある日本で、オウムは何の規制も受けずに、バイオ施設をつくり秘密裏に細菌培養などの準備ができた。進行中の裁判でも、病原体の取扱いやバイオ施設を設置したことでは未だ裁かれてはいない。細菌の入手ルートも未解明のままである。

オウムの犯罪が発覚したのが95年、その後6年間政府のみならず病原体の取扱いや施設の安全性確保について指導的立場をとることが期待されている国立感染症研究所(以下、「感染研」という)は、何の対策も講じてこなかった。

 バイオ施設の安全性確保を求めた質問主意書(2000年3月8日付け、質問第14号、提出者:社民党・辻元清美衆議院議員)に対する政府答弁書(2000年5月12日付け、内閣衆質147第14)でも、「組換えDNA技術又は病原体を用いて実験又は研究を行う施設については、そのすべての立地や安全性の確保の状況を把握する体制になっていない。これらの施設の全国調査については、今後、関係省庁の間で必要性の有無を含めて検討してまいりたい」と、呑気な回答をしている。オウム事件から何も学ぼうとしなかった政府・感染研の怠慢がバイオテロへの懸念を一層増幅させている。



2.バイオテロのみならず日常的に危険なバイオ施設
 〜国際社会はバイオ施設の法規制の強化へ〜


 2000年12月、大阪・高槻市にある日本たばこ医薬総合研究所の研究員が、IDカードシステムや監視カメラなどの最先端の防犯システムが整備された施設内から放射性物質を持ち出し、JR高槻駅改札口付近にばらまくという事件が発生した。施設の安全対策はこうした内部の者による犯行をも想定しなければならない。

 病原体の場合、放射性物質などとは異なり、検知することは容易ではなく、ごく僅かが漏れても一定の条件下では幾何級数的に増殖する可能性がある。また、感染しても直ちに発病するとは限らず、発病した段階で直ちに原因を特定し適切に対処することが難しい。被害も全国、全世界に広がる可能性がある。

 現代は「突発出現ウイルスの時代」であると言われている。突発出現病原体には、HIV、MRSA、病原性大腸菌O-157、プリオンなど多種多様なものが挙げられる。当然、こうした病原微生物等に関する研究は必要であるが、その一方で、そうした研究施設そのものがバイオハザードの感染源になる可能性がある。

 したがって、バイオ施設については、病原体が持ち出されたり漏洩しないよう厳重に管理されねばならない。

 しかし、地震、火災などの災害により施設の気密性は容易に破られる。こうした非常時のみならず平常時でも、人為的ミスや過誤、設備の故障、排気や排水、人や物品の出入りを介して外部への漏洩の可能性がある。かねてから外部への病原体漏洩を防止する最大の根拠としてHEPAフィルターの使用が挙げられてきたが、HEPAフィルターは病原体を含むエアロゾルを100%完全に除去するものではない。

 従って、施設内での感染者の発生や、外部への漏洩を前提とした施設の立地環境対策をとることにより、周辺の安全が確保されねばならない。それ故、WHO(世界保健機関)は93年の指針「病原体実験施設の安全対策必携」で国による施設の管理・規制(つまり立法化)を求め、97年の指針「保健関係実験施設の安全性」ではバイオ施設は住宅地や公衆の集まる地域から離れた場所に立地しなければならないと提言するに至った。こうした動向を反映し、欧米諸国でもバイオ施設への法的規制を強化してきた。

なお、病原体をばらまくというバイオテロよりも、住宅地など人口密集地に建つバイオ施設を破壊する方がはるかに大きな被害をもたらすことも十分考えられるという観点からも、立地環境について配慮されるべきである。



3.WHO基準違反の感染研施設の深刻な実態
 〜法制化の最大の妨害者は感染研〜


 バイオ施設では、病原体のみならず、有害化学物質、毒物・劇物、危険物とともに放射性物質も扱われるケースが多い。病原体以外は「放射性同位元素による放射線障害の防止に関する法律」「毒物及び劇物取締法」「危険物の規制に関する政令」などで規制されている。しかし、国内の既存法令には、そもそも病原体そのものを「危険物」として規制する思想が薄く、生物兵器禁止法、感染症予防法、食品衛生法などがある程度である。

国内で模範となり指導的立場にあるべき感染研施設はどうであろうか。東京都新宿区の人口密集地(住居専用地域)にある感染研施設(正確には「厚生労働省戸山研究庁舎」)は大量の病原体(炭疽菌、ボツリヌス菌、レジオネラ、ペスト等)、遺伝子組み換え生物、有害化学物質、放射性物質、実験動物を使用する国内最大の病原体施設である。このような立地環境を無視した感染研施設をめぐっては、周辺住民らが生物災害の予防のために、実験差止めと移転を求めて89年3月提訴し、現在も東京高裁で
係争中である。

 先のWHO「病原体実験施設の安全対策必携」の編者であるコリンズ博士とWHO顧問であるケネディ博士は97年6月、東京都新宿区の感染研施設を国際査察し、その結果を査察鑑定書として同年8月法廷(東京地裁)に提出したが、鑑定書の中で感染研の安全性の実態がWHO基準以下であることを具体的に指摘し、移転を促した。

 本年4月、情報公開法が施行され、感染研施設で扱っている病原体リストなどが開示されたが、細菌名称の不十分な記載とともに、保管方法、保管量、保管場所の記載もないなど、病原体そのものの安全管理が極めて杜撰であることが明らかになった。その他、公開文書からは、年間200件前後(99-00年度)の施設管理上のトラブルにより、いつ大事故が発生してもおかしくない状況にあること、耐震基準に基づく耐震診断も実施されてはおらず施設の耐震性が不足したままであること、ペスト菌や不明ウイルスを扱った注射針の誤刺事故も発生していること、施設に設置しているHEPAフィルターについて1ミクロン以上の粒子で捕集効率の低下や10ミクロン以上の粒子の漏出も観測されていることも明らかになった。

 感染研は、このように病原体が漏出する具体的な危険性がある自らの施設を合理化し、目先の研究業務を優先するために、国民に対する本来の任務を放棄してバイオ施設への法的規制に反対してきたのである。



4.病原体の取扱いとバイオ施設規制の立法を急げ
 〜バイオテロを恐れる前に〜


 わが国には、病原体の取扱いとその施設について規制する法律はない。病原体を培養し散布を処罰する法律もなく、バイオ施設の届出義務、安全対策の査察・罰則の法律もない。「病原体をいかに管理するか」ということが問われているにも関わらず、この無法状態を放置したままで、冒頭のような通知や法改正だけでは、実効性が疑わしいことは明らかである。

 当センターは、最新の知見に基づくバイオテクノロジーの危険性、リスク評価のあり方、WHOはじめ諸外国の規制や国内のバイオ施設の実態や無法状態の実態を研究してきた。私たちは、成熟した市民社会の形成こそが法制化によって実現されねばならないと考えるものであり、「バイオテロ」対策を口実とした、市民への監視強化、基本権の制限、情報の隠蔽には反対するものである。

 こうした研究成果を踏まえ、バイオテロ及びバイオハザードを防止するために、以下の内容を骨子とする「病原体の取扱いとバイオ施設規制法(仮)」を早急に制定することを提言する。


  1. バイオ施設の設置と実験の実施について政府関係機関への届出義務と、WHO指針の安全基準に基づいた審査と認可及び施設の査察の制度化
  2. 施設設置前の環境影響評価の実施と周辺関係者の合意
  3. 病原体の種類と量についての届出・査察・管理体制(保管・分与・廃棄に関する事柄)の制度化
  4. 個々の研究・実験による周辺関係者の健康と環境へのリスク評価の制度化
  5. 地震、火災、病原体の漏出時など緊急時対策と防犯計画作成の義務化
  6. バイオ施設の職員への安全教育の徹底
  7. 感染事故報告及び実験実施記録の作成の義務化
  8. 届出情報の公開
  9. これらの違反への罰則(業務認可の一時停止や取り消し、閉鎖命令を含む)
  10. これらの実施に権限を持つ公的機関の設置(推進機関と分離し、市民代表を含む機関とする)
  11. 新規のみならず既存のバイオ施設にも適用

 以上、述べてきたように、現在まで病原体の取扱い及びバイオ施設に関わる事柄が無法状態であったのは、ひとえに政府・感染研の責任である。関連する事項について早急な法規制を要求する。

                          以上

2001年10月18日

バイオハザード予防市民センター
    
代表幹事 本庄重男


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