バイオ時代の安全性に関する文献

《文献のご案内 前書き》

予研(感染研)実験差し止め訴訟の根拠になっている文献は膨大なものです。

芝田編『論争 生物災害を防ぐ方法』の巻末に掲載されている文献のリスト

 芝田編『バイオ裁判』の巻末に掲載されている書証(証拠書類、ただし1989年から1993年までに東京地裁に提出されたものです)のリストをご覧くださるだけでも、その膨大さがご理解いただけると思います。

 以下に挙げるのは、原告の主張の根拠になっている文献のうちの主要な書物、論文、ビデオ(膨大な新聞記事を除く)です。

  著者(敬称略)について説明します。原告は、次のような予研(感染研)職員自身の主張をも根拠として、実験差し止めを要求しているのです。
 

  1.  新井秀雄(感染研主任研究官)、本庄重男(感染研名誉所員)は、原告を公然と支援してくださる方です。
  2.  大谷明(文献執筆時は予研部長、のち、所長)、北村敬(同、予研室長、部長を経て、富山県衛生所長)は、原告側の人物で、以下の論文で主張したことを枉げ、二枚舌を使っている人物です。
  3.  西川文雄、山本紀一、藤原徹、安田純一は、予研職員(故人を含む)だった人です。

これらの予研関係者の主張自体が原告の主張の論拠のひとつになっています。

  1.  日野秀雄(当時、長崎大学医学部助教授)は、バイオ実験器具のうちの安全キャビネット、フィルター の性能についてのわが国の専門家です。
  2.  井上薫は、現職の裁判官ですが、遺伝子組み換えについて相当の教養があり、「遺伝子法学」を提唱している人です。バイオ裁判を扱う裁判官には、同氏くらいの教養、最低限、「安全性の科学」の教養をもつことが期待されます。
  3.  高杉晋吾(ジャーナリスト)、高橋晄正(元東大医学部講師)、広河隆一(ジャーナリスト)、長谷川煕(同)は、予研当局の《「悪魔の飽食」の医学者》の体質を先駆的に批判してきた人です。
  4.  栗原敦(教師)、吉原賢二(全国予防接種被害者の会会長、東北大学名誉教授)は、お子さんが予研検定の欠陥ワクチンによって重度障害者にされ、予研の反公共的・反国民的所業を告発している人です。

新井 秀雄 (1989)  「予研の何が危険なのか」『科学朝日』1989年4月号
市川 定夫 (1988)  『新公害言論』新評論
 同      (1994)  『環境学』第2版、藤原書店
 同      (1994)  『環境学のすすめ』上・下巻、藤原書店
井上 薫   (1995)  「吹田市遺伝子組換え施設規制条例の法律問題」『ジュリスト』1064号、1995年4月1日号
 同      (1997)  『遺伝子からのメッセージ』丸善
岩垂 寿喜男(1997)  「バイオ時代の環境問題」『技術と人間』1997年8-9月合併号
大谷 明, 他 (1981)  『バイオハザード対策ハンドブック』近代出版
北村 敬   (1980)  「病原微生物の一般的取扱いにおけるバイオハザードとその対策」、岩田和夫編『微生物におけるバイオハザードとその対策』ソフトサイエンス社
 同      (1982)  「バイオハザード防止施設の微生物学的条件」『建築設備と配管工事』1982年5月
 同      (1983)  「流行性出血熱の新局面」『自然』1983年1月
 同       (1984)  「バイオハザード対策の微生物学的基礎」『病態生理』1984年2月
 同      (1984)  「バイオハザード対策総論」『空気清浄』22巻1号、1984年8月
〔編者の注:この論文は、少なくとも外国文献3点からの盗作であるが、内容的には原告主張に沿ったものになっている。〕
栗原 敦   (1996)  「予防接種は『人体実験』だった」隔月刊誌『トリートメント』1996年5月号
 同      (1996)  「ワクチン禍にも潜む厚生省の犯罪体質」『論座』1996年7月号
芝田 進午  (1977)  『人間の権利』大月書店
 同       (1988)  『生命を守る方法』 晩聲社
 同       (1988)   「予研新宿移転問題の意味」『科学朝日』1988年12月)
 同      (1989)  「バイオ時代の新しい公害を阻止する」『エコノミスト』1989年5月9日号
 同       (1989)  「米国『生物戦争計画』の予研の『体質』」『エコノミスト』1989年11月14日号
 同       (1990)  『論争・生物災害を防ぐ方法』 晩聲社
 同       (1991)  「病院から、地域から、感染をなくそう: 病原体実験施設の危険性」『ナースアイ』4巻7号、1991年7月
 同       (1993)  『バイオ裁判』 晩聲社
 同       (1993)  「バイオ時代の環境保全と法的規制の課題」『広島法学』17巻1号、 1993年7月
 同       (1993)  「バイオ時代のチッソ・予研を裁く」『週刊金曜日』1993年10月22日号
 同      (1993) 「文化としての環境」文化団体連絡会議機関紙『まい』67号、1993年11月30号
 同       (1994) 「再び、バイオ時代のチッソ・予研を裁く(上・下)」『週刊金曜日』3月4、11日号
 同       (1994) 「日本ウイルス学会の“見識”を疑う」『技術と人間』1994年8-9月合併号
 同       (1995)  「『国』という言葉のイデオロギー」『法律時報』67巻6号、1995年5月号
 同       (1995)  「予研はなぜ裁かれるのか」『技術と人間』6月号
 同      (1995)  「オウムで露呈した政府・国立予防衛生研究所の怠慢」『エコノミスト』6月13日号
 同      (1995)  「人体実験としての原爆」『被爆50年』広島自治体問題研究所
 同       (1996)  「インフルエンザ予防接種は有害無益」『週刊金曜日』1996年1月19日号
 同       (1996)  「予研所長よ 謝罪しないのですか」『週刊金曜日』1996年4月12日号
 同       (1996) 「予研こそ薬害エイズに責任」『論座』2巻5号、5月号、pp.66-71
 同       (1996)  「なぜインフルエンザ・ワクチンを売り込むのか」、全国予防接種被害者の会機関誌『わかぎ』 7号、1996, pp.13-24
 同       (1996)  「予研所長よ 謝罪しないのですか」『週刊金曜日』118号、1996年4月12日、pp.17-18
 同       (1996)  「予研『専門家』の責任を問う」『福祉のひろば』67号、1996年7月 pp.61-65
 同       (1996)  「『国』という“眩ましの言葉”」『週刊金曜日』138号、1996年10月12日、pp.20-21
 同       (1997)  「『七三一』関係者入国禁止―その隠された真の意味」『論座』、1997年6月、pp. 76-81
 同       (1997)  「『安全性の科学』からみた予研裁判」『技術と人間』1997年6月号、pp. 20-32
 同       (1997)  「バイオ裁判のため薬害エイズの責任回避続ける旧予研」『週刊金曜日』173号、1997年6月6日号
 同       (1997)  「国際査察で明らかになった国立バイオ施設の危険」『エコノミスト』10月7日号
 同・編    (1997-99) 「連載・感染研の国際査察」『技術と人間』97年11月号から99年3月号まで連載
 同       (1998)  「医学者の倫理と責任」『操られる生と死』小学館
 同       (1998)  「国立感染症研究所長・山崎修道氏にご教示を乞う」『いのちジャーナル』1998年5月、さいろ社
 同        (1998)  「バイオハザード」『生命操作事典』緑風出版
 同        (1998)  「予研(感染研)裁判」『生命操作事典』緑風出版
 同        (1999)  「バイオ施設の跡地汚染」『週刊金曜日』99年2月12日号
第三世界ネットワーク (1998) 『バイオテクノロジーの危険管理』本庄重男・芝田進午訳、技術と人間
高杉 晋吾   (1973)  『日本医療の原罪』亜紀書房
 同       (1973)  『日本の人体実験』三笠書房
 同       (1982)  『七三一部隊 細菌戦の医師を追え』徳間書店
 同       (1983)  『にっぽんのアウシュヴィッツを追って』教育史料出版会
 同       (1984)  『黒いカプセル: 死を招く薬の犯罪』合同出版
高橋 晄正   (1987)  『危険なインフルエンザ予防接種』農山漁村文化協会
竹内 直一  (1988) 『日本の官僚―エリート集団の生態』社会思想社
武谷 三男   (1967)  『安全性の考え方』岩波新書
 同       (1979)  『特権と人権』勁草書房
 同       (1989)  『フェイルセーフ神話の崩壊』技術と人間
中原 英臣   (1988)  「原発事故より怖いバイオ事故」『文芸春秋』1988年6月
中原 英臣、佐川 峻 (1987) 『遺伝子汚染』徳間書店
 同      (1988) 『バイオ事故が危ない」KKベストセラー
 同      (1998)  『あなたの遺伝子は汚染されている』早川書房
西川 文雄  (1977)  「新所長に望む」『学友会報』1977年7月
 同      (1982)  「予研のP4施設の問題と移転の問題と」『学友会報』1982年7月
西川文雄、山本 紀一 (1984) 「戸山移転を再考する」『学友会報』1984年3月
長谷川 煕   (1995)  「薬害エイズに『七三一』の影」『アエラ』1995年10月16日号
 同       (1998)  「国立感染研が米国人署名偽造」『アエラ』1998年9月7日号
R・ハットン   (1980) 『遺伝子をあやつる』 長野敬・森久保真紀訳、講談社
S・ハリス   (1995)  「『知られざる人類への犯罪』の被害は今日も続いている」『エコノミスト』1995年10月24日号
日野 茂男   1983)  「空気の流れとエアロゾル」『メディシナ』20巻4号、1983年4月
 同      (1984)  「安全キャビネットと現場試験」『空気清浄』22巻1号、1984年8月
広河 隆一  (1992)  『エイズからの告発』徳間書店
古橋 正吉  (1984)  「滅菌・消毒法」『空気清浄』22巻1号、1984年8月
R・プレストン (1994) 『ホット・ゾーン』上・下巻高見浩訳、飛鳥新社
R・ヘニッグ (1993) 『ウイルスの反乱』長野敬・赤松真紀訳、青土社
本庄 重男  (1994)  「予研は再移転すべきである」『週刊金曜日』3月25日号
 同    (1995)  「病原体研究施設が人口密集地に存在することの生命倫理的・環境倫理的問題」『生命倫理』5巻1号、1995年4月
 同    (1995)  「旧ソ連で起きたバイオハザード」『技術と人間』6月号
 同    (1996)  「エイズ薬害、倫理忘れた研究にも一因」『論座』1996年11月号
 同    (1996)  「薬害エイズ感染・発症に関する予研の責任:何のため、誰のための研究か?」『技術と人間』1996年11月号
 同    (1997)  「バイオ実験の『予研』に国際査察」『週刊金曜日』1997年7月25日号
本庄 重男、藤原徹 (1975) 「危険動物実験施設の運営の理念に関する試論」『学友会報』1975年2月
安田 純一  (1996)  「感染病」『アエラ』1996年6月24日号
吉原 賢二  (1975)  『私憤から公憤へ』岩波新書
同    (1994)  「インフルエンザワクチン接種の政策が野たれ死にするまで」、全国予防接種被害者の会機関誌『わかぎ』1号、1994年7月
J・リフキン、芝田進午の対談 (1991) 「化学物質より深刻な遺伝子工学の環境破壊: 生物災害に対応できない日本政府」『エコノミスト』1991年12月3日号
   
Collins, C.H. & Kennedy, D.A. (1999) Laboratory-acquired Infections, 4th ed., Oxford 
Fleming, D.O. et al.(eds.)(1995)  Laboratory Safety: Principles and Practices, Washngton, D.C.
Ho, Mae-Wan, et al. (1998) "Sowing Diseases, New and Old," Third World Resurgence, No.92, April 1998
Ho, Mae-Wan (1998)  Genetic Engineering: Dream or Nightmare? , TWN, Penang
Liberman, D.F.(ed.)(1995) Biohazards Management Handbook, 2nd ed., N.Y. 
Shibata, Shingo (1996)  The Atomic Victims as Human Guinea Pigs, Seisen Review, No.4,pp.115-135
Shibata, Shingo (1997) "Toward Prevention of Biohazards," Seisen Review, No. 5, pp. 87-173
WHO (1993)  Laboratory Biosafety Manual, 2nd edition, Geneva, 
WHO (1997)  Safety in Health-care Laboratories, Geneva


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