新型コロナウィルス感染―中国の現状

                 バイオハザード予防市民センター幹事 腰塚雄壽

 

今回の中国旅行は在住の友人から、中国の新年の様子を見に来ないかと誘われたことから計画した。毎年1月下旬は繁忙期だが、景勝地で知られる桂林へ伺う機会ではないかと考えた。1月27日から31日までの期間だったが、石灰岩のカルスト地形が作り出す景色の一端でも目にできればと思っていた。

1月に入って中国で新型コロナウイルスの感染のニュースが入って日程が懸念された。湖北省武漢市と広西チワン族自治区の桂林市は湖南省を挟んだ位置にある。直線距離で850キロ余り、日本でいうと東京と広島の距離だ。交通機関の発展が進む中国では鉄道で3時間ほどの距離という。出発の折、感染拡大の懸念はあったが、渡航禁止ということもない。心配しすぎるのもおかしいと考え、計画通り渡航することにした。

127日トランジットで香港から桂林に向かう便は40%ほどの乗客。閑散として機内は早くも新型ウイルスの影響かと思わせたが、深刻な様子は見せていなかった。通常の入国手続きで、入国出来た。ただ、人影はまばらだった。桂林市内も、それは同じだった。

ホテルは通常の宿泊手続きが行われた。ところが、28日には武漢からの帰省者の中に10名の感染者が出たことが発覚。感染者は病院に隔離されたという情報が届いた。中国人には当局から直接感染への注意喚起のメールが届き、現地の人々にも緊張が広がっていく。

中国では個々の携帯電話にショートメールのように情報が届くので、ほとんどの中国人が情報を共有できるのだという。メールには付近の感染者の情報と、うがい手洗いの奨励と、飛沫感染の危険もあるとの情報や、食事などへの注意など感染を防ぐための具体的な情報が細かく掲載されていた。内容を見る限り、緊張は高まるものだ。

翌日街を歩くと、さらに人通りは少なくなり、観光地の土産物店でも多くが閉店するようになった。スーパーや少しの飲食店が営業している程度で、日本で報道されたような廃墟を思わせる様子だった。この様子は中国全土でのことだったようだ。

ホテルは通常営業していたが、宿泊客は少なく、ほとんど外出しない。中国は正月の最中だったが、新型ウイルスの感染拡大を受けて、多くの人々が帰省を控え、自宅で過ごす傾向が生まれた。

私は状況が把握できないのでホテルのTVなどで様子を探ろうとするが、報道は少なくほとんどなく通常の放送だ。現地の人々はメールで情報を入手しているので、わざわざ報道機関を通じて細かな情報を必要としていないという。

現地の人々は外出時に身分証を提示させられ、体温を計られる。食料品などを手に入れるためのスーパーなど一部を除いてすべての市民生活は止まった状態だ。

この事態は現在まで続いているという。労働者には給与などの支払いはされるので、生活には困らないようだが、自宅待機が続いて毎日の生活はいらだっているという。2002年のSARSの折はこの生活が3ヶ月続いたという。そういう意味では慣れているので、耐えることは出来そうだという。しかし、感染者情報が詳細に報告されるので、身近な地域などで感染が確認されると恐怖に駆られるという。

そういう点では「外出禁止令」など、法的な規制ではなく、中国国民それぞれがそれぞれの公共心に従って自主的に自宅待機しているわけで、その姿勢には共感されるものがあった。

滞在中、桂林の湖で散歩中に寒中水泳に興じる人々も出くわした。飛んでもない暴挙にも感じるが、パトロールする警察官も黙認するおおらかさもあった。

 

帰国時の時の日本の対応

帰国は成田だったが、新型ウイルスに対しての検疫は全くなく拍子抜けするほどだった。当時は中東呼吸器症候群や狂犬病への注意喚起の掲示はあったが、新型ウイルスへの情報はなかった。

そんな現地の騒ぎだったので、感染していることはないと思ったが、かかりつけ医には相談して検査を受けてから人と接しようと思った。ウイルス検査については保健所に相談することになったが、自覚がなければ大丈夫ということだった。拍子抜けするほど意識が違った気がした。中国側の対応もどこまで適切か整理しがたいが、日本も対応が遅れているのではないかと感じることになる。

日本の新型ウイルスの対応に問題が指摘されるだが、政府の感染症に対しての認識が甘いのは間違いないのではないか。武漢からの帰国者の扱いとクルーズ船の乗客への扱いにはそれぞれ場当たり的で、感染症への統一的な認識が感じられない。今後日本国内で感染者が広がるようならそのような認識の甘さが指摘されることになるに違いない。