英国視察報告

長島 功

2005年4月29日

はじめに

 

 このたびバイオ市民センターでは、トヨタ財団助成研究の一環としてバイオ施設の視察を主な目的とした英国視察旅行を企画し、新井秀雄当センター代表幹事と川本幸立事務局長そして私の3名で115日から127までロンドンとマンチェスター近郊のバクストンに滞在して、当地のバイオ施設を視察するとともに、コリンズ、ケネディ両博士や市民団体のジーンウォッチ(Gene Watch)にインタヴューする機会を持ちました。また、バイオテクノロジー批判で日本でもよく知られている生物学者のマエ・ワン・ホー博士とも面会することができました。

コリンズ、ケネディ両博士との面談は、当初の予定と違い、2回にわたって行われました。1回目はケネディ博士へのインタヴューという形で行われ、2回目はコリンズ、ケネディ両博士との歓談という形となりました。ケネディ博士とのインタヴューは、内容から2つの部分に分かれています。1つは高裁への控訴以降の予研=感染研裁判の経過報告であり、他はわれわれからの質問です。便宜上ここでは前者については省くこととします。

以下では、訪問したバイオ施設の関係者やコリンズ、ケネディ両博士及びジーンウォッチとのインタヴューの中で明らかとなった諸点をその後のわれわれの調査で判明した事柄をも含めて記していきたい。インタヴューはわれわれが事前に用意した質問に対して答えていただくという形で行われましたので、まずその質問を最初に提示します。

われわれが用意した質問は2種類あり、1つは面談した人々への共通の質問であり、他はジーンウォッチに対する質問です。これらの質問は書面として用意されていたものなので、その日本語訳を示すこととします。また、インタヴューの際に話の流れの中で質問した事項もありますので、それについても随時紹介していきます。なおインタヴューは数時間に及ぶものもありますので、ケネディ博士とのインタヴュー以外はその概要を示すだけとします。

 

[]共通質問事項

 

われわれは面談した人々に次の質問(面談相手により全部または一部)を行いました。

丸で囲んである項目が質問です。

 

1.バイオテロ対策と情報公開について

 2001年に米国で起きた炭疽菌郵送によるバイオテロを契機に、日本政府は病原微生物を規制するための適正な体制を確立する準備を進め、査察及び違反に対する処罰の条項を含む新しい法律の制定を2006年に行う計画をしている。

 

@     英国ではバイオテロ対策としてバイオ施設への規制が新たに加えられたり、規制が強化されたりしていますか。

A     日本政府は、病原体がどのように保管されているか、例えば、施設の名称、施設の場所、病原体の種類と量及び病原体の管理の仕方について調査しています。しかし、政府は、バイオテロの攻撃を招く恐れがあることを理由に、調査結果を一般に公開するつもりはないとしています。英国では、バイオテロ対策として一般市民への情報公開に規制が敷かれていますか。

B     われわれは、バイオテロ対策を名目に情報を隠すことには反対です。われわれは、施設の管理者による厳重な管理と情報の共有による衆人監視がバイオテロに対する予防策になると考えています。あなたがたは、バイオテロの予防と一般市民への情報公開はどのようにあるべきだとお考えですか。

 

2.WHOガイドラインの位置づけについて

 WHOガイドラインの位置づけに関しては、日本政府の態度は、同ガイドラインは「参考資料」程度であり、その内容に関しては取捨選択できるものであるというものです。われわれは、WHOガイドラインは最低限遵守すべきものとみなしています。英国ではWHOガイドラインはどのように受け止められていますか。

 

3.HEPAフィルターの性能の信頼性について

 日本で用いられているHEPAフィルターは、直径0.3μmの病原体の捕集効率が99.97%であり、作業者や環境への害を予防するための中心的機能は果たすものと期待されています。

 

@     あなたがたはHEPAフィルターの病原体除去機能をどの程度信頼していますか。

A     特に安全キャビネットに装着されているHEPAフィルターは実験室に設置された後も定期的に性能検査が行われる必要があると思われます。英国では設置後のフィルターの性能試験は法律で義務化されていますか。

 

4.バイオ施設の立地について

 われわれは、第一次バリアと第二次バリアだけでなく第三バリアも必要と考えております。

     第一次バリアは実験作業者の感染を予防するために必要です。

     第二次バリアは病原体が実験室から漏れることを防ぐために必要です。

     第三次バリアは病原体がバイオ施設からもれた場合の対策として必要です。その対策の中心となるのは、バイオ施設を住宅地や公共地域から離れたところに立地することです。立地規制は第三次バリアを設けるために必要です。

 

@     バイオ施設の立地を規制するためにどのような対策が講じられていますか。

A     バイオ施設の立地規制は必要だとお考えですか。

 

[]ケネディ博士とのインタヴュー

 

1.@ 英国ではバイオテロ対策としてバイオ施設への規制が新たに加えられたり、規制が強化されたりしていますか。

 新たに規制が強化されています。コリンデールにある中央公衆衛生研究所に行けば、同研究所が国の指定している危険な病原体の培養菌(national collection of type cultures)の他の研究所への提供を停止していることがわかるでしょう。この研究所は国が危険な病原体の扱いを許可している幾つかの研究所のうちの1つですから。彼らはあなた方にきっとそう言うでしょう。

 

A 英国では、バイオテロ対策として一般市民への情報公開に規制が行われていますか。

そのとおりです。例えば、ポートンダウンにあるP4施設を訪れれば分かります。この施設は危険な病原体を扱っておりますが、そこでどんな病原体が扱われているかは国家機密です。世界中のどの国でも全面的な情報公開などするわけがないでしょう。

 

<付随質問>病原体についての国家機密というものはありますか。

 英国保健安全局から免許を与えられているバイオ施設にはそのような秘密はないと思います。バイオ施設でどのような病原体が扱われているかはインターネットで知ることができますから。

ただ、わが国で問題なのは、「動物解放戦線(Animal Liberation Front)」という団体の存在です。彼らはよく組織された人々でして、事実上はテロリストとみなしてよいと思います。というのは、彼らは、実験動物を扱うバイオ施設に勤務している人々を攻撃し、脅し、彼らの家に火をつけたりしているからです。ですから、バイオ施設に関する情報がいつでも入手できるというわけではありません。国から免許を与えられているバイオ施設に関する情報は最小限のものに限られています。なぜなら、情報公開してしまうと、バイオ施設に関するさまざまなことが特定されて、分かってしまうからです。バイオテロを防止するという公共の利益と情報の収集という個人の自由とのバランスをとる必要があります。ともかく、バイオテロは悪いことです。ものすごく悪いことです。ですから、それを防ぐためには個人の情報収集の権利は否定されるべきです。これは簡単な問題です。

 

<付随質問>最近発行されたWHOガイドラインの第3版では、バイオセーフティ概念に加えて、バイオセキューリティ概念の導入が新たに提唱されています。その目的は、危険な病原体の盗用、遺失、悪用の防止、要するにバイオテロの未然防止にあると思われますが、その点についてはどう考えますか。

 おっしゃるとおりだと思います。私たちが感染研を訪れたときに気づいたことは、この研究所は、ヨーロッパ人の私から見ると培養された病原体を人が簡単に盗み出すことができるような所だということです。病原体が無くなっても誰も気がつかないような気がしました。

私はバイオセキューリティの確保に取り組むべきだと思います。厳重なバイオセキューリティシステムを持つべきです。つまり、安全であることがはっきりしなければ誰でも施設に入ることはできない、また何らかのセキューリティチェックを受けなければ出ることができないというように。また、国が指定する培養された危険な病原体(national collection of type cultures)のうち研究所が保有している一覧表を定期的に作成することが必要ですし、何本のアンプルがあるかを正確に把握しておかなければなりません。私が病原体の保管施設を見て回ったときのことですが、私がステンレス製のシンクの中を見たときに、その中にガラス製のアンプルが一本残っていました。当然そのアンプルを誰かがシンクの中で落として割れたのではないかと推測できます。しかし、その時に果たしてアンプルが無くなっていることを誰が知ることができたでしょうか。私たちは記録簿とおぼしきものにサインをしてその場をしのぎました。

あなたがたがコリンデール(ロンドンの中央公衆衛生研究所)を訪問するときに、彼らが英国の保管している最も危険な病原体(type culture collection)をどのように管理しているか質問してみるのも有益でしょう。彼らは炭疽菌を含む病原体の(他のバイオ施設への)供給源ですし、いやむしろかつて炭疽菌を提供していたと言ったほうがいいでしょう。もしある人が病原体の譲渡申請をした場合、それが真の科学的な調査研究のためなのかまたはそうではなくテロリストからの申請なのかを彼らが病原体を譲渡する際にどのようにして知ることができるのか本当には分からないのです。ですからそれは何らかの秘密事項にするしかないのです。私は東京の人々がセキューリティチェックを受けなかった人に病原体の譲渡を許可したことが信じられないのです。しかし、病原体を盗むことはまったく簡単なのです。

 

<付随質問>あなたは日本のオウム真理教についてご存知ですか。彼らはボツリヌス菌と炭疽菌を東京近郊でばら撒きました。でも結局彼らの企てたバイオテロは失敗に終わりました。私が心配しているのは、バイオ施設に勤務している人が病原体を施設外に持ち出すことです。その場合どのようにしてそれを防ぐことができますか。

 第一に、必ずバイオ施設の従業員を厳重にチェックすることです。それがすべての安全の保証となるのです。第二に、培養されたすべての危険な病原体を持ち出すことを難しくすることです。そのためには、かなり厳重な警備体制を敷くことが必要です。すなわち、保管室に鍵をかけること、病原体を責任者の管理化に置くこと、万一何らかの病原体が紛失する場合に備えて定期的に、例えば毎時間または毎日在庫をチェックすること、そういうことはできるわけです。しかし、実際のところ強い意志と動機を持ったテロリストの行為を防ぐことは難しいのです。ですから最善を尽くすだけです。私が言いたいことは、大切なことは保有している病原体が何かを正確に把握しておくことです。また、入室できるのは許可証を与えられた者だけにすることです。

 

B あなたは、バイオテロの予防と一般市民への情報公開はどのようにあるべきだとお考えですか。

 これは非常に難しい質問です。人々が本当に望むのは、科学者を信頼する社会、テロに反対する社会です。ですから社会と科学者が協力することができることが大切です。例えば、住民が周囲で起きるトラブルによく気を付けて警戒することは有益なことです。わが国には「近隣監視」というシステムがあります。このシステムが基づく考えは、同じ通りに住むすべての人々が強盗を警戒して見張ることです。住民は、休日にですが、見知らぬ人や車が来ると警察に通報します。実際には通報しても警察は忙しくて来ませんが、それは言わばモーションなのです。人々は研究所の仕事が有益で価値のあることは承知しています。彼らは研究所の管理体制を信用しています。だから、住民と研究所は協力しあうのです。研究所の管理者たちは進んで情報公開する心構えはできているのです。研究所が病原体を悪用しないことを住民は知っているのであり、そんなことは、ユートピア的な状況、つまり誰にとっても起こりそうもない状況なのです。とにかく、そのように協力しあうことはできるのです。もしある人がバイオテロをする考えを抱いて、機会をねらっていると感じたら、情報を多く与えますか、少なくしますか、人々への情報公開の制限を正当化しますか。つまり、住民がそのように感じる場合がときどきあるとしたらです。なぜ私たちはIDカードを持たなければいけないのですか。私たちは犯罪者ではありません。他の人はこういうでしょう。IDカードを持っていれば、当局によるセキューリティチェックが非常に容易にできるでしょうと。いずれにしても難しい問題です。

 

2.英国ではWHOガイドラインはどのように受け止められていますか。

 英国ではWHOガイドラインは非常に重く受け止められています。WHOガイドラインは法律施行当局によって利用されるでしょう。私の推測では、WHOガイドラインは一項目たりとも無視されたことはありません。留意してほしいのは、WHOガイドラインにはスペクトル(変動する範囲)があることです。容易に遵守できる事項もあれば、遵守したい事項もあります。または、そうする余裕がないか、できない事項もあります。だからといって、WHOガイドラインが良い参考資料ではないという意味ではありません。結論としは、WHOガイドラインが科学界と法を執行する人によって非常に重く受け止められていることです。HSEWHOガイドラインを無視することなどありえません。WHOガイドラインはあたかも最高裁判所のようなものです。それは最終的に依拠しなければならない参考資料なのです。WHOガイドラインを書いた人達は、信頼できる人達で、それぞれが異なった国々の代表であります。だから、誰もがWHOガイドラインが合理的であることを認めることができる状況にあることは理解できるでしょう。以上がWHOガイドラインの位置づけです。

 

3.@あなたはHEPAフィルターの病原体除去機能をどの程度信頼していますか。

 安全キャビネットには、さまざまなタイプのものがあります。前面開放型と閉鎖型のものがあります。前面開放型のキャビネットが排気を通すかどうかといえば、病原体の漏出防止は100%の効果があるのではありません。なぜなら実験作業者は腕を通さなければなりませんし、キャビネットの表面が汚染されていますし、また針刺し事故が起きることもあるからです。汚染された空気が一般の環境内に排出される場合、病原微生物が通気口を通って環境外に出て行くのを防ぐのはフィルターですが、考慮に入れなければならないのは、病原微生物が頑丈で壊れにくいことです。また1000個のうちの3個の病原微生物が漏出した場合を想定すると、その病原体に固有の感染を引き起こす最少吸入病原体数(infectious dose)やその病原体の頑丈さやワクチン接種を受けた人々のその病原体への感受性(感染のしやすさ)を考慮すれば、その3個の病原微生物が非常に重大なリスクを引き起こさないということにはならないことになります。それはそんなに複雑なことではありません。

しかし、フィルターの性能が良くない方がいいという理由はないのであって、フィルターは性能試験をすることができますし、日本やヨーロッパの標準規格を満たしたフィルターをフィルター製造会社から購入することができます。それに技術は十分発達していますので、製造は要求された水準を満たすことができます。バイオ研究所がフィルターの捕集性能試験を行うことは難しいことではありません。またこのようなことをすることに技術は利用できます。バイオ施設に行けば、フィルターが設置されているところを見ることができます。大きな問題は管理体制がどうなっているかということです。以上が答えですが、これは簡単な事柄ではありません。しかし、もしバイオ施設の外部の人々の安全を確保するためにHEPAフィルターを頼っているならば、標準規格を作成してフィルターの性能を保証できなければなりません。一連の漏出防止対策のためには、製造会社が記録するためにフィルターの捕集水準を提出する場合に、そのフィルターが基準を満たしていればその証拠を入手しておくことです。またフィルターは正しく設置し、設置後にフィルターが機能した際の情報を提供し、また引き続き正しく機能しているときにも情報を提供すること、そして正しく機能しなかったときには、システムを除染し、フィルターをはずし、別のフィルターと交換し、記録をとることです。もし管理の各部門がしっかりしていれば、フィルターを信頼することができます。多くの実験作業に人間が関与していることからするならば、作業ミスはどうしても起こるのです。そうしたミスは、非意図的に起きるものならば、認容できるのです。しかし、システム上のミスがあれば、例えば、フィルターに関する指針を守らなかったり、フィルターのテストをしなかったり、電気系統の点検をしなかったりするならば、また電気の自動停止装置の作動を妨げるようなことをすれば、つまり管理者側に欠陥があるのであるのであって、管理が杜撰だという印象を与えることになります。そういう場合には、誰もフィルターに信頼を置かないでしょう。ですから、このようなわけでフィルターの病原体捕集機能は100%信頼するということはできません。

 

<付随質問>

施設や機械・機器設備がどんなによくても、管理をより一層しっかり行うことが必要なことなのですね。

 そのとおりです。バイオ施設の管理の話で思い出すのは、東京に居たときに、ある事柄について質問をしたときに、彼らは自分の責任であるとは言わなかったことです。当たり前ですが、われわれには(レジオネラで汚染された)冷却塔に対する責任はありません。彼らの姿勢は非常に良くありません。誰かが自分自身では検査はしないが、他の誰かが検査をしてその証拠を自分に渡してくれるようにしているのだと言っていましたが、それは私には理解できませんね。彼らが自分に責任がないというのは、「自分には全くかまわないことだよ」と言っているのに等しいのですね。(責任は重いということですねー新井)私が言いたいのは、施設の責任を負う人は全体的な責任を持たなければならないということです。そこで行われている科学的な仕事の質に対する責任だけでなく、実験室をきれいに清掃するという責任があります。感染研は実験室をきれいに清掃していませんね。清掃することは実験作業者の責任です。彼の仕事の一部です。その責任を免れようとするのは、「あなたは信用できない人です」というのと同じことです。

 

A英国では設置後のフィルターの性能試験は法律で義務化されていますか。

 この質問に対する答えはですね、この試験を必要事項としている法律があるということです。例えば、わが国には「労働衛生安全管理規則(Management of Health & Safety Regulations)」や「設備の設置と使用に関する規則(Provision and Use of Equipments Regulations)」があります。フィルターの装着後の性能試験は法律が規定している必要事項です。安全キャビネットは英国基準5726(現在は改訂されて、EN12469)を満たさなければなりせん。この基準は4つの章から成り立っています。第1は建設、第2は設備・機器の設置・装着、第3は設備・機器の保守・管理、第4は教育訓練すなわち研修に関する章です。この基準は守らなければなりません。ただフィルターの性能に関する必要事項は法律とはなっていないのです。法律を遵守していると主張しているならば、それを証明しなければなりません。例えば、英国にはハイウェイコード(高速道路走行規範)があります。それは自動車を運転する人に発行される文書です。ただそれはそれ自体が法律なのではありません。例えば、もし警察官があなたを止めて、あなたはハイウェイコードに違反していますといえば、あなたはしたがって法律に違反していることになります。それはその運転手が注意して運転していないからですが。それは言わばある種のシステムですね。つまりハイウェイコードを守って慎重に運転することは義務・強制ではありませんが、法律を守ることは義務・強制です。法律を守っていることを証明したければ、慎重に運転していることを証明しなければなりません。それで質問の答えになりますか。(いずれにしてもハイウェイコードを守って慎重に運転することはそう簡単なことではありませんが、すべてのバイオ施設は実行可能であることでもできないことがあると思います。しかし、ある特殊な場合にはそれはしなければならないと思います−新井)そうです。つまり私が言いたいのは、バイオ施設の管理者がすべきこと、あるいはする必要のあることは、キャビネットが設置された後にフィルターの捕集効率を含めて検査を引き続き行うことです。だから、バイオ施設の管理者は免許が必要な作業には注意を払うべきです。

 

<付随質問> 

重要なのはHEPAフィルターの捕集率ではなく、漏出する病原体の数だと思うのですが、いかがですか。

 もし研究所が住民に安全確保の対策に信頼を持ってほしいと思うならば、病原体が全く漏れていないこと、またはほとんど漏れていないことを証明しなければなりません。もし漏れている病原体の数が少なく、例えば31000個だとするならば、ある種類の病原性微生物の病原体の感染発生必要数を考慮しなければなりません。しかし、ある種類の病原性微生物が病原体の感染発生必要数を超えて地域社会に伝染病を広める可能性があるとすれば、誰かが亡くなるという悪い事態をどうして避けることができるでしょうか。これはとても難しい状況です。ほかの方策を考えるとすれば、感染を引き起こすのに必要な数の病原性微生物のエアロゾルの発生に対する対策としてのすべての実験操作、例えば燻蒸消毒が知られています。

 

<付随質問>

私がもっとも心配しているのは、地震か何かの災害が起きたときに、安全システムが破壊されることです。その際に重要なのはバイオ施設の立地で、人口密集地の近隣への立地を避けることですが、この点についてはどうお考えですか。

 そうですね、感染するためには感染性物質の存在や病原体に感染する動物が必要です。

もし近隣住民が予防注射を受けているか、ワクチン接種が行われているか、自然に免疫ができている場合でも、事故か何かで数匹の動物が実験施設から逃走したら、これは大きな問題です。もし近隣に居る人が非常に少なければ、感染の見込みは小さくなります。もし近隣の人々が予防注射を受けているか、免疫状態のチェックを受けていれば、それは良いことです。病原体に感受性のある人が居なければ、感染は起こりません。近隣に住む人が実験施設で働く人でしたら、彼らには免疫があります。病原微生物は生き続けるかもしれませんし、さもなければ放射線か何かで死滅するでしょう。基本的には実験動物が実験施設に戻ればいいのですが。私が確信しているのは、感染するかもしれないという不安を引き起こすことがあるかもしれないということであって、感染するリスクが存在することではありません。病原体が実験施設から漏れるメカニズムがあることは誰も否定できません。もしこのメカニズムの意味を理解すれば、また感染への不安を持てば、その不安はもっともなものであり、その場合には不正を正す法律を制定させることも可能でしょう。これが私の考えです。もし環境を保護するHEPAフィルターの性能を信頼しないと言うならば、その証拠を挙げなければならないと思います。 

                                                            

4.@バイオ施設の立地を規制するためにどのような対策が講じられていますか?

 私には分かりません。危険な病原体を扱う際には、事実上HSEの免許が必要です。実験作業を計画する際には、多くの情報を当局に提供しなければなりません。実験施設の位置に関する情報等も提供しなければなりません。しかし、その情報を当局に届けなければ、公衆の安全の問題があるためにその場所に施設を建設することができなくなるかどうかは私には分かりません。原子力発電所のような場合には、施設の位置を届けないと設置できないでしょう。バイオ実験をしたい場合には人口密集地では施設の建設許可はしないと規定している法律を私は見たことがありません。そのような法律案が作成されているとも思いません。したがって答えは「分からない」ということになります。この分野では強制力は政府の法律にはありません。問題なのはある種の国の政治の状況です。投資会社や保険会社が今置かれている状況です。わが国で「動物解放戦線」の犠牲者が直面している問題のひとつは、彼らが投資会社に圧力をかけていることです。バイオ企業に投資をしている投資会社が特定されるとその投資会社は彼らの標的になると投資会社に彼らは言うのです。もし「動物解放戦線」が器物を損壊し、実験作業者を傷つけたなら、保険会社は保険料を上げると言うのです。これは保守的な対応の仕方です。これでは皆保険に加入しなくなり、そうなると火事で建物が消失したら、自前で再建資金を調達しなければならなくなります。

あなた方が問題としている事柄は、わが国で言えば国立のバイオ施設が保険会社ではなく投資会社の影響を受けているという問題なのです。おそらく日本では今後バイオ施設の立地に関する規制が行われると思います。

 

<付随質問>

バイオ施設の立地に関する法律がある国は世界にひとつもないと思います。ただアメリカとカナダには「環境影響評価法」があります。この法律は立地規制の役割を果たしていると思います。

 わが国にもその法律はあります。この法律は発電所、化学工場、廃棄物処理施設に適用されます。バイオ施設に適用されるかというと、私はされないと思います。その他の点と言えば、この種の事柄は査察官の活動を頼って行われます。ある種のビジネスを始めることには免許が必要です。この法律を遵守していることを当局に納得させることができなければ免許は得られません。査察官、すべての委員会、例えば、計画審査委員会を納得させ、必要基準を満たす必要があります。正確な資格規定は詳細な説明のある法律に定められています。ただ免許取得ができるかは免許発行当局にかかっています。バイオ施設はその種類によります。

 

Aバイオ施設の立地規制は必要だとお考えですか。

 必要だと考えています。立地規制は合理的なことです。すべてのバイオ施設に立地規制が必要とは限りません。リスクのある場所である種の機能を果たしているバイオ施設は立地規制する必要があります。わが国でもそのような施設は規制されています。したがって答えは「そのとおり」ということになります。しかし、規制は研究の自由に向けられていると考える科学者もいます。現在の世代の科学者は一般市民の信頼を得ることが必要であることを理解していると思います。つまり科学者は一般市民に信頼され、尊敬され、また誠実になったと思います。人々が時代を受け入れ、認めるように心の準備を整え、広い心を持つようになることが必要ですが、もし人々が防御的態勢を取り、寡黙になり、回避的姿勢をとるようになると、人々は疑うようになります。ただ人々を信頼しなければならないことは言うまでもありません。あなたがたは感染研で開催された会合に出席したことはありますか。(いいえ、ありません。−長島)それでは、彼らに招待されたことはありますか。(いいえ、ありません。−長島)相互の信頼に基づいて開かれた会合がなければどんなことでも解決は難しいですね。

 

[]ジーンウォッチへのインタヴュー

[特定質問]

@     遺伝子組換え施設と遺伝子組み換え実験に関する英国の届出制度の長所と短所は何ですか。

長所は、すべての施設が登録され、登録簿に記載されなければならないことです。そしてその情報はロンドンとブートル(リバプールの近郊)の2箇所で公開されます。問題はクラス3と4の実験は新たに行う際にはそのつど届出が必要ですが、クラス1の実験に関しては必要ないことです。クラス2に実験は新たに届出が必要です。ただ最近はバイオテロの脅威のためにある種の病原体が登録簿に記載されないことがあります。

 

A     保健安全局はすべての施設の届出を認めるのですか、それとも承認しない場合があるのですか。

 私は保健安全局の関係者ではありませんので、正確なことはわかりませんが、クラス3・または4の施設は認めないこともあるようです。

 

<付随質問>

英国には認可制度というのはありますか。

 クラス3・4の施設に関しては認可が必要ですが、クラス2の施設は届出だけが必要です。

 

B     登録簿にある情報に基づいて、一般市民が保健安全局に届けられた実験に反対することは可能ですか。

今のところ市民からの正式な抗議はありませんし、また当局が一般市民と協議しなければならないという法律条項もありません。公的登録簿を閲覧することは難しいです。なぜなら、ロンドンとブートルでしか公開されていませんから。われわれは3,4年前からウェブサイトで公開することを当局に求めていますが、実現していません。ですから登録システムはまだ閉鎖的だといってよいでしょう。

 

C     英国では実験施設や工場の建設に際して事前に所管当局に環境影響評価報告書を提出することは必要ですか。

 クラス4の施設を建設する際には、保健安全局に話して交渉しなければならないでしょう。

 

<付随質問>

英国にはアメリカにあるような環境影響評価法はありますか。

 環境保護法はあります。英国の建設計画に関する法律はアメリカの法律とは非常に異なっています。GMMを扱うすべての活動は環境保護法の規制下にあります。建設計画は環境保護法とは別の法律、つまり「建設計画法」の規制下にあります。

 

D     英国ではバイオ施設または工場の新設に反対する市民運動はありますか。

ありません。英国ではGMMを扱う実験は論争の的にはなっていませんから。動物実

験については大きな論争となっています。この点がアメリカと違います。また英国ではバイオ施設が新設されることはあまり多くはありません。

E     「低リスクGMM」でも人間や環境に有害ですか。またそれはなぜですか。

多くのGMMは無害です。すべてのGMMが人間お健康に害があるわけではありませ

ん。ただし裸のDNAは有害です。また遺伝子の水平伝達は重要な問題です。とくに遺伝子組み換え作物とGM食品の場合にはそうです。微生物同士の間で遺伝子の伝達が起きています。このことは重要視されなければなりません。

 

F     英国では封じ込め施設の事故による倒壊による以外に日常的にGMMは排出されているとお考えですか。

ええ、そのとおりです。実験施設と産業施設から毎日排出されています。

 

G     モニタリングはどのように行われていますか。また効果的なモニタリングの技術を開発することは可能だとお考えですか。

 施設では実験作業等をする際にはモニターをしなければならないという規定があります。しかし、われわれの経験では、モニタリングの計画はあまり詳細なものではありません。これは難しい問題です。工場では人々は何が排出されているかを検査しています。廃棄物に関しても検査しています。ただし近隣の川に何が排出されているか検査されているかどうか疑問です。後半の質問に関してですが、時がたてば有効なモニタリングの技術は開発されると思います。例えば、GM食品中の組換え体の検出は4、5年前まではできませんでしたが、今では技術革新のおかげで検出できます。 

 

H     安全確保のための意思決定過程に一般市民はどのように参加すべきですか。

人々は個々の実験が行われるべきかどうかを決定する過程に関与すべきだと思います

が、実際に市民参加の制度を作ることは難しいことだと思います。

 

I     英国では研究所や企業との間に住民が協定を結んだことがありますか。

 そのような協定は英国には全くありません。

 

[共通質問]

1.@ 英国ではバイオテロ対策としてバイオ施設への規制が新たに加えられたり、規制が強化されたりしているか。

 はい、そのとおりです。2通りの仕方で規制が強化されています。1つは登録簿へ掲載される情報の制限です。もう1つはテロ防止法によるものです。この法律は実験施設の警備体制の強化と施設の従業員の資格認定の厳格化を含んでいます。

 

A英国では、バイオテロ対策として一般市民への情報公開に規制が敷かれているのか。

 はい、そのとおりです。2001年1月9日以前においては、企業秘密の保護による情報公開の制限がありました。また動物実験の情報公開の制限もありました。もちろんバイオテロ対策として情報公開が制限されました。

 

<付随質問>

英国には病原体に関する国家機密というのはありますか。

 はい、あります。危険な病原体に関する情報は公的登録簿から消去されています。

 

Bわれわれは、バイオテロ対策を名目に情報を隠すことには反対です。われわれは、施設の管理者による厳重な管理と情報の共有による衆人監視がバイオテロに対する予防策になると考えています。あなたがたは、バイオテロの予防と一般市民への情報公開はどのようにあるべきだとお考えですか。

 あなた方の考えに全面的に賛成です。ただ現在はバイオテロの脅威が誇張されていると思います。衆人監視の考えには賛成です。

 

<付随質問>

日本では日本たばこ(JT)の従業員が研究所から放射性物質を持ち出して、それを駅の周辺にばら撒いたというような事件がありました。もしバイオ施設の職員が外部に病原体を運び出して悪用すればたいへんなことになります。どのようにしたらそれを防ぐことができると思いますか。

 そういう事態を100%防ぐことは難しいと思いますが、人々を厳格にチェックすることや警備体制を強化することが必要だと思います。それより良いアイデアはありますか。

 

<付随質問>

私が心配しているのは、バイオ施設がテロリストに爆撃されて物理的に破壊されてしまうことです。そのような事態が起きれば、多くの病原体が外部に排出されて多くの人に感染症が発生して苦しみますし、多くの死者が出ます。これはバイオテロのもう1つのケースです。英国ではこのようなケースは考えられますか。

 英国には危険な病原体を扱っているバイオ施設は、ロンドン、マンチェスター、エジンバラ、グラスゴー等にあります。これらの施設は人口密集地にあります。他の施設、例えばポートンダウンの施設は隔離された地域にあります。(バイオ施設がどのような病原体を扱っているかわれわれは正確には分かりません。しかしわれわれはそれを知るべきです。情報は非常に重要ですー新井)

 

2.英国ではWHOガイドラインはどのように受け止められていますか。

 残念ですが、私には答えられません。よくわかりませんから。お力になれなくてすみません。

 

3.@あなたがたはHEPAフィルターの病原体除去機能をどの程度信頼していますか。

 どの程度信頼しているかは言うことができませんが、フィルターの性能試験をしなければならないと規定している法律はないと思います。

 

A英国では設置後のフィルターの性能試験は法律で義務化されていますか。

 性能試験は適正な実験室実施慣行と指針に従ってなされなければならないと思います。設置後の性能試験が義務化されているかは私には良く分かりません。

 

4.@バイオ施設の立地を規制するためにどのような対策が講じられていますか。

 英国では第1次バリアと第2次バリアに主な焦点が当てられていると思います。立地は重要な条件だとはみなされていないと思います。

 

Aバイオ施設の立地規制は必要だとお考えですか。

 病原体を扱う施設に関しては必要だと思います。

 

<付随質問>

遺伝子組み換え技術は人間にとって有用な技術だとお考えですか。

ある研究分野においては有益であるかもしれません。われわれはある分野の有用な研究を排除することはできません。

 

[]保健安全研究所とのインタヴュー

[冒頭質問]

私たちは実験施設の周辺の住民を保護することが大切だと思いますがいかがですか。 

 確かにそのとおりです。私たちの研究所はこちらに移転したばかりですので、私は微生物実験室の設計に関わらなければなりません。研究員とそのチームは安全に実験作業を行うことが重要です。なぜならわれわれが扱う生物学的因子は潜在的に人に感染する病原性を持っているからです。したがって、それらの因子は安全に取り扱う必要があります。

 保健安全局は研究所の設計と研究員の安全な作業に対して責任があります。したがって、査察官が研究所を訪れ、研究所を見て、研究所の設計や作業方法及び安全対策について質問することができます。査察官は、研究所が規則を遵守していなければ、研究所に対する法的措置を講じることができます。例えば、研究所の作業方法を変更させ、実験作業を止めさせることもできます。事故が発生した場合には、研究所を起訴し、罰金を科すこともできます。保健安全局は、生物学的因子を扱う作業に関する手引きや規則を公表・配布します。英国のすべての研究所はこの規則を遵守しなければなりません。われわれの研究所は保健安全局の一部ですが、われわれもまた規則を遵守しなければなりません。

 英国にはまた健康保護庁という行政組織があります。この組織の下にはある委員会があります。それは保健安全局、健康保護局及び保健省から派遣された人々から構成されています。この委員会はこのような手引きを発行しています。そしてこの委員会は「危険な病原体に関する諮問委員会」と呼ばれています。彼らは病原体をそのハザードの度合いに従って1〜4までに分類しています。危険度1の病原体はハザードが、特別なハザードのない病原体であり、危険度2の病原体は研究員の扱う病原体の大部分を占めています。危険度3の病原体は、例えば、結核菌、炭疽菌、HIVであり、クラス3の封じ込め実験室で扱わなければなりません。それからもっとも危険ですが数は少ない危険度4の病原体は、例えば、ラッサ熱のような感染症を引き起こすものですが、クラス4の封じ込め実験室で扱わなければなりません。英国には8ないしは9箇所のクラス4の封じ込め実験施設があります。健康保護庁はポートンダウンにある特別なクラス4の封じ込め実験施設を有しています。

 われわれの研究所にはクラス2の封じ込め実験室とクラス3の封じ込め実験室があります。これからこの2つの実験室にご案内します。またここにある手引書は、実験室を設計する人にとって必要な情報を網羅しています。具体的には、実験室での安全な作業慣行、実験室の設計の仕方、実験作業の仕方、実験室の良い配置の仕方、感染性のある生物学的因子の廃棄処分の仕方、様々な実験用の設備の正しい使用法及び保護作業衣の使用法、燻蒸消毒及び殺菌などです。

 

[共通質問]

1.英国ではバイオテロ対策としてバイオ施設への規制が新たに加えられたり、規制が強化されたりしていますか。

 はい、われわれには警備に関わる仕事が多くあります。バイオテロ対策の警備に関する助言者がいます。彼らが研究所に来ます。それから警察が協力します。彼らは何者かが研究所に侵入して病原体を盗むことを防止します。われわれは病原体が盗まれるのを防ぐためにそれを冷蔵庫に保管して鍵をかけます。したがって、もちろん規制は強化されています。われわれは警備の助言者と保健安全局と協力して警備に当たります。またわれわれはどの病原体がどこに保管されているかを記録し、実験している病原体の記録を行い、病原菌の数も把握しておきます。情報公開に関して言えば、わが国には情報取得の自由に関する法律があります。人々は自由に公共機関に質問することができます。ですからわれわれはどの情報を公開するかを決めなければなりません。

<付随質問>

わが国では日本たばこ(JT)という会社の研究員が研究所から放射性物質を持ち出してそれを駅の周辺にばら撒いたという事件がありましたが、研究所の職員が病原体を持ち出すことを防ぐための対策についてどうお考えですか。

 われわれはそれに関しては警備の助言者と議論しています。誰かが病原体の2次培養菌を外部に持ち出すことは可能です。そのような事態に備えてわれわれは記録をしっかり取っていますし、ある種の病原体に関しては20個の容器を用意しています。ここの研究員がこれらの容器の一部を持ち出すことは可能ですが、それを防止する対策は、厳重な警備と病原体の厳重な管理のほかには、信用に足る研究員を雇うことしかありません。

 

2.

@あなたはHEPAフィルターの病原体除去機能をどの程度信頼していますか。

 われわれはHEPAフィルターの機能を信頼しています。なぜならフィルターは実験室で機能しており、安全キャビネットに装着されるものであり、われわれには必要であるからです。またわれわれは安全確保のための作業慣行を実践しなければならず、細菌のエアロゾールを排出させてはならないからです。エアロゾールを発生させてもHEPAフィルターで捕集されるからフィルターは必要なのです。

A 英国では設置後のフィルターの性能試験は法律で義務化されていますか。

 はい、そのとおりです。規則によってHEPAフィルターは14ヶ月ごとに性能試験を受けなければなりません。われわれには修理請負業者がおりまして、HEPAフィルターの保守点検を行わせています。

<付随質問>

規則を遵守しなかった場合には、処罰がありますか。

はい、あります。保健安全局の微生物学部門の査察官が施設を訪問して、HEPAフィルターの点検記録をチェックして、14ヶ月ごとに安全キャビネットの性能試験が行われていなければ、最悪で操業停止の処罰を受けます。また施設の管理者を起訴することもできます。

 

[] 総括

 最後にインタヴューから確認できた事柄を帰国後のわれわれの調査で分かった点を含めて以下の項目に分けてまとめておきます。

(1)バイオテロと情報公開について

英国ではバイオテロ対策としてバイオ施設への規制強化が基本的に2通りの仕方で行われています。1つは危険な病原体の取扱いに関わるもので、これらの病原体に関する情報―具体的には、その保管施設の場所やその施設がどんな病原体を扱っているか等に関する情報―が国家機密とされ、情報公開が制限されていることです(ただし、英国では保健安全局から免許を与えられているバイオ施設に関する情報は基本的に公開されています)。また、危険な病原体を他の研究所へ譲渡することも禁止されています。もう1つはテロ防止法によるバイオ施設の警備強化です。すなわち、2001年に制定された「反テロ、犯罪防止及び警備に関する法律」によって、特定の危険な病原体と毒素(以下、危険な生物物質と記す)を保管し扱うバイオ施設は事前の届出が義務化され、危険な生物物質の安全な保管、それらを扱う人物のリストの警察への提供、危険な生物物質の安全管理(すなわち正確な在庫の把握と盗難防止)と確実な廃棄、実験施設への警察官の立ち入り等が定められ、これらの条項への違反には処罰が与えられます。

 このように英国ではバイオテロ対策によってバイオ施設に関する情報公開が一部制限されており、こうした現状は、施設管理者による厳重な管理と情報の共有による衆人環視がバイオテロに対する有効な予防策になると考えるわれわれの立場とは異なるものです。

 

(2)WHOガイドラインの位置づけ

 WHOガイドラインは英国では重要視されていて、保健安全局によって重要な参考資料として利用されています。それは最低限の基準を策定したものであり、そのため各国が最終的に依拠しなければならない参考資料であるとみなされています。

 

(3)HEPAフィルターの性能の信頼性

 英国では、フィルターの捕集効率が日本よりも厳しく設定され(99.997%―WHOガイドラインの設定基準と同じ)、しかも設置後の性能試験が法律で義務化され、フィルターに関する指針が定められ、これらの法律や指針の違反者には処罰が加えられます。フィルターの高い性能を維持するためにこのような厳しい規制が敷かれているために、英国ではフィルターに高い信頼が置かれているといえます。

しかし、これは見方を変えると、むしろフィルターへの依存度の高さ、あるいはフィルターに対する過信ともみなすことができます。というのは、バイオ施設の周辺環境へのバイオハザードの防止という観点からすると、問題は施設から病原体がどれだけ排出されるか、すなわち排出される病原体の絶対量であり、フィルターによる病原体の捕集率、すなわちパーセントではないからです。この点で100%の捕集率を達成できないHEPAフィルターを全面的に頼ることは、その他の安全対策、例えばフィルター自体が脱落することが予想される災害時(火災や地震)を想定した対策が軽視される恐れがあります(実際、英国で視察した研究所では実験室に消火器が設置されていませんでした)。したがって、ケネディ博士が述べているように、システム上の管理が厳重におこなわれていなければ、フィルターの病原体捕集機能は100%信頼することはできないということができるでしょう。

 

(4)英国の遺伝子組み換え実験施設の管理

 英国では、遺伝子組み換え実験施設の設置は事前届出制が基本で、P3・P4施設は実質上認可制となっています。つまり、事実上、人口密集地への設置は保健安全局の承認を得られないといっていいのです。ただし、立地規制を行う法律は英国にはありません。例えばカナダやアメリカのように研究所に適用される環境影響評価法は英国にはありませ

ん。したがって、英国では立地規制は当局の裁量に任せられているというのが現状です。

 他方、英国における市民運動に関しては、バイオ施設(病原体実験施設、動物実験施設および遺伝子組み換え施設)の立地に関する反対運動はなく、動物実験に反対する動物愛護団体による動物実験施設に対する抗議行動が行われているだけです。その理由としては、法律による立地規制はなくとも、人口がそれほど多くなく比較的平地が多い英国では、研究所等の主要な公共施設は広い敷地を有しているという事情が考えられます。われわれの訪問した保健安全局の付属の研究所が地方の小都市の広く小高い丘の上に最近移転したということからも、保健安全局の安全を考慮したバイオ施設の立地についての考え方が分かります。

 

(5)英国の労働安全衛生法と査察官制度

 どの国にも労働安全衛生法に類する法律がありますが、英国の労働安全衛生法にはほかの国にない特徴があります。それは第一に、この法律が職場内での災害や従業員の健康悪化を防止することだけでなく、事業施設の外部での災害や人々の健康悪化の予防を事業者の義務としていることです。そして第2に、この目的の効果的な実現のために、事業施設に予告なしに立ち入り、この法律で定めた安全対策を忠実に実行しているかを調査する査察官に大きな法的権限(例えば違反者を起訴できる)が与えられていることです。当然バイオ施設にも査察官が立ち入り、フィルター等の機器、設備の保守点検、性能検査ならびに従業員の安全訓練、電気・排気系統の安全点検等のシステム上の管理運営の状況が調査され、違反があれば、改善・操業停止通告が出されます。英国ではこのような厳しい安全管理体制がバイオハザードの未然防止に寄与しているといえます。

 

(6)バイオ施設の立地規制

 英国での立地規制の現状についてはこれまでの記述の中である程度示しましたが、ここで再度整理することにします。

 英国では病原体を扱う際には、事前に保健安全局に様々な情報を届け出て免許を得なければなりません。この情報には当然施設の位置が含まれていますが、その場所が公衆の安全に問題があるために施設の設置が許可されないことがあるかどうかは分かりません(保健安全局に聞けば当然はっきりしますが、今回は面談の約束を取りつけることができませんでした)。しかし、ケネディ博士が推測するように、保健安全局の計画審査委員会の審査を通らなければどんなバイオ施設でも設置できないとみなしてよいと思われます。

アメリカやカナダでは環境影響評価法が実質上周辺住民に悪影響を及ぼす場所に施設を設置すること防止する機能を果たしていますが、それに相当する英国の法律は建設計画法です。しかし、この法律は危険度の高い原子力発電所などの建設に対して立地規制を行うもので、研究所はその適用対象に含まれていません。

 ただし、英国では、実際には危険度の高いP4施設は立地規制されていて、国の管理下に置かれていると思われます。それ以外のバイオ施設も平地が広く人口の少ない英国では実質的には少なくとも都市の郊外の広い敷地を有した場所に設置されていると考えてよいと思われます。

 最後に立地規制の法制化については、ケネディ博士が述べているように、病原体がバイオ施設から漏れるメカニズムがあることは誰も否定できないので、これによって住民が不安を抱けば、バイオ施設の立地を規制する法律が制定される可能性はあると結論付けることができます。

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