■ジーンウォッチ① 新たな研究によりゲノム革命の主張に欠陥があることが判明   

201214日 英国ジーンウォッチ(長島功訳)

本日の国立科学アカデミーの議事録で公表された新たな研究により、人々の遺伝子構成は彼らが将来罹る病気を予測し防止するために利用できるという主張は根底から覆された。この主張は、医療における遺伝子革命――この遺伝子革命では、すべて大人と子供は彼らのゲノム全体をデータベースの中または彼らの携帯電話に配列され保存されていると考えられている――の考えに中心的なものだった。

 この研究は、双子に関する研究を利用して予測された普通の病気の遺伝可能性の多くは存在しないだろうというジーンウォッチの以前の発見を裏づけている。科学者たちは、心臓病や癌のような普通の病気と身長のような形質に「遺伝可能性が無いこと」を説明する遺伝子を見つける大規模な遺伝子研究に失敗したことに頭を悩まされてきた。典型的には、期待された遺伝可能性の8590パーセントが見つからなかった。今日の新たな研究では、一つの説明は、多数の遺伝子の間に相互作用が起こることにより、予測された遺伝可能性が減少するのだろうというものであるらしいことが確認された。これらの相互作用は、1918年に最初の双子に関する研究の方法を開発した優生学者のロナルド・フィッシャーによっては正しく説明されなかったし、その後の分析もフィッシャーの間違いを訂正しなかった。

 英国ジーンウォッチの会長のヘレン・ウォレス博士は、次のように述べている。「医療における遺伝子革命の主張は長い間偽りの仮定に基づいてきた。もし病気の遺伝可能性が予想以上に低かったら、このことは、人によって病気になる人とならない人がいるという理由を説明するに際して、遺伝子の相違はほんの小さな役割しか演じていないということを意味する。遺伝子検査は珍しい病気や障害を持つ人々の助けにはなるが、ほとんどの人が罹る普通の病気を予測し防ぐためには決して役立たないだろう。」

 ライフテクノロジーやイルミナのようなヒトゲノムを分析する技術を販売している企業は、以前から、将来の病気のリスクを予想して、個人の遺伝子構成に合わせて生活様式に関する助言と予防のための投薬をお行うために出生時にすべての新生児のDNA配列を調べることが日常的になるだろうと主張してきた。23アンド・ミーやデコード・ジェネティックスのような消費者にオンラインで遺伝子検査を販売する企業は、大きな市場を形成する健康な人々にこれらの遺伝子検査を購入するよう説得することに頼っている。また、すべての人は彼らのゲノム全体を解読してもらい保存してもらうべきであるという考えに基づいて、新労働党政権は、数十億ポンドを費やして英国国民健康保険に電子的な医療記録のデータベースを作る決定を行った。

 「過去の政策決定は、既得権益と根拠のない主張の点検を怠るロビー活動を展開する傲慢さに基づいていた。すべての人のゲノム全体の配列の解読は健康に利益をもたらさない科学の空想である」、とウォレス博士は語っている。

 遺伝子研究の中には病気のメカニズムを特定するのに依然として役立つものもあるだろう。というのは、病気のリスクのわずかな違いでさえ、病気に関与する生物学的経路についての手掛かりとなるからである。しかし、遺伝子検査の医学的な価値は、個人が遺伝病にかかる高いリスクがあると考えられるかまたは説明できない症状を示していると考えられる状況に限定されるだろう。

 この小論は遺伝子スクリーニングが有害な薬物反応を予測するのにどの程度役立つかは評価しない。しかし、多くのこのような検査は、予測的な価値もまた低く、少量の特定の薬剤を服用する前に役立つだけである。


■ジーンウォッチ② ヒトゲノム戦略グループのヒトゲノム報告への回答     

2012125 英国ジーンウォッチ(長島功訳)

 

 ヒトゲノム戦略グループ(HGSG)により本日発表された英国国民健康保険とヒトゲノムにおける革新の問題に関する報告に応えて、英国ジーンウォッチは、ゲノミクス(ゲノムの構造や機能を解析する科学―訳者)に熱中し過ぎることは莫大な額の公的な資金を浪費する可能性があると警告した。

 「政府はゲノミクスについての誇大な宣伝にだまされてはいけない。有益な応用法はいくつか存在するだろうが、ほとんどの人のほとんどの病気と多くの有害な薬の副反応は人々の遺伝子からは予測できない。何の理由もなく個人のゲノムを貯えることは、健康な人々に将来病気に罹るリスクがあると言って薬を売りつける大規模な市場詐欺になるだろう。」英国ジーンウォッチ会長のヘレン・ウォレス博士はこう語った。

 HGSGの議長のジョン・ベル卿教授を含むいく人かの熱狂主義者たちは、英国国民健康保険に加入している人の誰もが彼らの全ゲノムの配列を解読してもらい、電子医療記録簿に保存させてもらうべきであると以前から主張している。この結果、英国国民健康保険のなかに電子医療記録簿のデータベースを構築し、長々と続く過去の政策提言をまとめるために120億ポンド(約1兆5000億円)の支出が決定された。

 「すべての人が彼らのゲノムを解読してもらうべきだという考えは、莫大な額の公的資金を浪費し、英国のすべての人を追跡調査することを可能にさせる独裁国家のデータベースを作り出すサイエンス・ファンタジー(空想科学)である。遺伝子検査とゲノム検査の有益な応用法は多くあるが、本日発表された報告は利益をあまりにも誇大宣伝している。英国国民健康保険は、特定のテクノロジーの重要性を誇張しない一層焦点を絞った手法の方から利益を受けるだろう。」前述のウォレス博士はこう述べた。

 

■ジーンウォッチ③湾岸地域が合成生物学の研究所からのリスクに曝されるかもしれない    

2012327日 エミリー・スミス・ベイチクス、サンジョゼ・マーキュリー・ニューズ

(長島功訳)

 

 最近、ローレンス・バークレー国立研究所は、リッチモンドに研究施設を建設する計画を発表した。おそらく同地では合成生物学の研究が大きな焦点となるだろう。このニュースは、合成生物学というあまりよく知られていない科学の分野が環境と人間の健康にどのようなリスクをもたらすかをしばし立ち止まって厳密に考える時間をわれわれに与えてくれるはずである。

 昨年、分子生物学者のベッキー・マクレインは、彼女が働いていた製薬巨大企業のファイザー社の研究所に関して安全性の懸念を提起したことを理由に解雇された。しかし、その後、彼女は同社に対して内部告発の訴訟を起こし、137万ドル(約1億7千万円)の損害賠償金を獲得した。実は、マクレインは、彼女の研究室で研究している遺伝子組み換えウィルスに感染したのだ。彼女は、この病原体の影響による症状と思われる断続的な麻痺と脊椎痛を経験し続けている。

 このマクレインの話は、新しい種類の生物工学の評価のために重要な教訓を与えている。この生物工学とは、急速に成長しつつある合成生物学の分野であり、ステロイドに関する遺伝子工学と既に呼ばれている。

 合成生物学者は、生命の構成要素(いわば生命の「積み木のブロック」)を用いて人工的な生物を作る。技術は様々であるが、意図は同じである。つまり、ゼロから生命を作り出すことである。合成生物学の支持者たちは、病気を治療することから化石燃料の代替物となることまで、合成生物学がきわめて大きな恩恵を約束するとしている。しかし、重大な未知の事柄が数多くある。

 合成生物を作り出すことは、環境に予見できない重大な影響を与える可能性がある。2006年の5月に、環境と社会正義を守ることを主張している38の組織が合成生物学の研究者に公開書簡を書いて、政府の安全対策を整備すべきこと、および合成生命形態が与えるリスクを評価する研究を行うべきであることを求めた。しかし、その後6年経っても、リスクを評価する十分なデータ無しに、実験が続けられている。

 合成生物学の施設から逃亡する人工的な生命形態に最初に接触するのは、実験室の研究者と近隣のコミュニティだろう。リッチモンドの貧しい有色人種の多いコミュニティが有毒物質に曝された歴史を考えると、この新しいローレンス・バークレー国立研究所が当地に合成生物学の研究を持ち込むことは特に厄介な問題である。確かに、リッチモンドに研究所が建設されれば雇用が創造されるかもしれないが、果たしてそれらは安全な仕事だろうか。

 合成生物学の拡大のペース、特にカリフォルニア州での拡大のペースを考えると、連邦政府によるモニタリングのペースが遅いのは受け入れがたい。2010年には、生命倫理問題の研究のための大統領委員会が合成生物学の統制のための勧告を出した。その2年後に、大統領委員会の出した18の勧告のうち、7つの勧告は「連邦活動」を全く伴っておらず、完全に実行された勧告は1つもなかった。

 カリフォルニア大学バークレー校の人類学者のポール・ラビノウは、バークレーに本拠を置く合成生物学研究所のSynBERCを見た後、その研究所の内部をのぞいた。ニューヨークタイムズによると、ラビノウは、そこの科学者たちが「全く無責任」で、とりわけ公衆の安全を保証するために彼らがより大きな社会に責任を負っていることに対して無関心であることに気づいたという。

 合成生物学の支持者たちは、彼らが作り出す生物はあまりに脆くて、環境の健全性に重大な影響は及ぼさないと言う。たぶん彼らのこのような確信は正当だろう。しかし、安全対策を施すことは意味が無いのか。

 ほとんどの合成生物学者は、科学者たちが自らを規制することを信用すべきであると主張する。しかし、彼らの多くは、企業の資金を受け取っている。例えば、合成生物学の開拓者であるクレイグ・ベンターの会社は、エクソン・モービル(国際石油メジャー)と600万ドル(75千万円)の取引をしている。公衆の安全よりも企業の利益の方が先だとでも言うのか。

 リッチモンドでの研究所建設の計画が進行しているときに、われわれは、合成生物学者は「安全第一」という高校の化学の授業の基本的な教えに立ち返ることを要求しなければならない。

 コミュニティ、研究者および環境にとっての安全ということが、329日にバークレーで開かれるフォーラムの焦点になり、そこでこれらの問題が討論されるだろう。「湾岸地域の生物研究所と合成生物学の正体を暴く」というテーマで、このフォーラムは企業主導の議題ではなく公衆の関心の下で召集された合成生物学に関する最初の公開フォーラムになるだろう。詳細は、www.synbiowatch.orgのサイトをご覧ください。 

 


■ジーンウォッチ④ 変化を期待する:20年後の遺伝学                   

 ジョージ・チャーチ(長島功訳)

進歩の速度

 遺伝子研究と遺伝子技術の進歩は、20年前よりも速いペースで続くだけでなく、指数関数的な速度で続くだろう。ゲノムの読み取り[解読]と書き取り作業の費用は、1980年代には1年間に1.5倍ずつ減少し、過去6年間では1年間に10倍ずつ減少し、今後数年間にはこの種の費用は飛躍的に減少することが予想される。私たちは、このような技術の進歩が加速するのを見ると、人類が技術の進展に歩調を合わせていくよう特に注意しなければならない。

安全性

 ゲノム工学は、それが成熟した工学分野になるにつれて、その安全性を発展させるうえでも他の工学分野と歩調を合わせる(またはそれらよりも速くなる)ようになる。例えば、輸送技術が成熟して初めて、私たちはシートベルト、エアバッグ、レーダーの速度モニターが開発されたのを見ている。遺伝子治療は、ウィルスの乱雑な配置という失敗から正確な相同的組み換えの成功へと転換している。例えば、患者自身の血液細胞内のHIV受容体遺伝子(CCR5)のZn[亜鉛]フィンガーノックアウトに関する臨床試験の第1段階は、現在ではエイズ治療に非常に必要とされており、これまでのところ有望な結果が出ている。さらに重要な意味を持つのは、人口の非常にわずかな部分がこのような保護的な遺伝子状態を自然に持っているという考えである。

多様性

 私たちの大人のゲノムを安全に変更することができることにより、生殖細胞系列の操作を推進させようとする圧力は少なくなる。それとともに私たちは、過度に薬を処方し、私たちの多様性を減少または除去するよりもむしろ、多様性を認めてそれを保存することに励むようになる。もし私たちが、単にウィルスに対する抵抗性を得るためだけでなく、骨を折れにくくするために(例えば、LRP5対立遺伝子によって)、LDLコレステロールを急激に減らすために(PCSK9対立遺伝子によって)、老化を遅らせるために、また特に神経の多様性を確保するために(ADHD、失読症、OCD躁鬱症、発作性睡眠)も、珍しいかなり保護的な対立遺伝子を発見・発明し続けるならば、たとえ効果が少なくても、遺伝性に欠けるとしても、私たちはそれによって制限されることはないだろう。私たちは、ゲノム、環境、形質および人々の集団の間の相互関係をますます大きくしている。この相互関係の中には、私たちの環境と集団の一部としての教育、ならびにこれらのすべてをつなげるエピゲノム[後世遺伝子]が含まれている。遺伝子技術の急激なコスト低下は、ヒトゲノムを調査し変更する私たちの能力だけではなく、私たちの環境…微生物、アレルゲン、食べ物、免疫機能、治療および臓器移植に影響を与える。

共有

 調査研究の被験者と消費者たちは彼ら自身のデータの入手を要求している。どうして、なぜ私たちは家父長主義的に彼らからそれらのデータを保護しようとするのか。私たちは裕福な人のみにデータの入手を認めるのか、それとも迅速に教育(例えば、PGEd. org)を実施するのか。いったんこれらのデータを自由に入手できるようになれば、私たち個人のゲノムは、私たちが他人に曝している私たちの顔や声のようなものになるのだろうか。顔や声は、私たちの文化、祖先、健康、年齢、感情および教育の大部分を表している。他人はしばしば、これらに基づいて人生を変えるほどの決定(例えば、結婚)を行う場合がある。にもかかわらず、私たちは、これらを共有する傾向がある。調査研究のために、いくつかのグループは、(「入手制限」または「入手認可」のデータの場合でも)調査研究の被験者の匿名性を維持することの不誠実な性質に気づいた。また、このような入手不可能で独占的所有権のあるデータセットは、協力と国際的な草の根の参加と独創的な研究を制限することになるだろう。

GeneWatch「責任ある遺伝学協会」編20124月号)


■ジーンウォチ⑤:「体外発生(ectogenesis)」に関する2つの論文の要約(abstract)から 

長島 功訳

【1】体外発生による生殖:人間の生殖の第3の時代とその道徳的な影響(Reproductive

      ectogenesis: the third era of human reproduction and some moral consequences

    by S. Welin The Tema Institute, Linköping University, Sweden)

 

 デレク・パーフィット(Derek Parfit)が、普通は(現実の生活においては)時空を一緒に旅する2つの生命体(「妊婦」と「その体内にいる子ども」―訳者)が分離していることについて、すなわち、精神と肉体の両方から成る人間がそれぞれ独自の人格的なアイデンティティをもつ存在であることについて述べているというのは、有名な話である。たとえ現実の生活の中では決して起こらないとしても、このような分離の可能性を理解すると、いくつかの新しい問題が生じて、それらは[生殖に関する]古い解決の仕方に疑いを投げかけることができる。つまり、人間の生殖の場合、現実の生活においては、現在では胎児はほぼ9ヶ月間を妊婦の体内で過ごすが、しかし、われわれは、おそらく他の可能性を予測するだろう。歴史的には、第一の時代では、女性の体内での通常の妊娠が自然発生し、子宮内で胎児が成長し、それから、9ヵ月後に新生児が誕生し、出現するというヒトの個体の発生過程が行われる。第二の時代は、体外受精(In Vitro Fertilisation : IVF)の時代である。この時代では、胎児は妊婦の体外で受精卵としてその発生過程を開始し、その後、妊婦の体内に移され、子宮内で9ヶ月間過ごし、その期間、母体と胎児は時空を一緒に旅し、誕生時に離れる。体外発生による生殖の第三の時代では、胎児と妊婦の両方は決して一緒に旅することはない。胎児はその妊娠期の全時間を母体の体外で過ごす。私たちは、この二つの生命体を妊娠の全期間にわたって時空で分離させておく。すなわち、胎児が母体の一部であるという状況にある親密な結びつきは無くなっているのだ。この論文で私は、人間の生殖の3つの時代に関して――主に新生児と母親との間の関係に関して――簡単に解説する。それから、第3の時代がもたらす道徳的な影響に関する説明するというような架空の話にある程度の時間を割くつもりである。この話は、ピッグ・ファーマスューティカルズ・リミッテド(敢えて日本語にすれば「ブタ製薬会社」―訳者)の取材をもとに、2050年時の同社が代理母としての遺伝子改変ブタでブタ関連の妊娠の進行を成功させる模様を伝える報告に基づいている。(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15586723

 

【2】イスラエルにおける人工子宮と体外発生に対する人々の態度に関する調査(A

      Survey of People’s Attitude Towards the Artificial Womb and Ectogenesis in

      Israel by Frida Simonstein and Michal Mashiach-Eizenberg : International

      Library of Ethics, Law, and the New MedicineVolume 43, 2009, pp 211

 

 人工子宮(AW)と体外発生――生物の子宮の外部――で誕生した子どもは、もしかしたら思ったよりも早く現実のものとなるかもしれない。というのは今、相異なる分野の新奇な研究(例えば、新生児医療、生殖補助、発生学、胎児手術、コンピューターサイエンスおよびヒトゲノム・プロジェクトなどが挙げられる)がこの目的のために集結しているからだ。社会もまたこの方向に突き進んでいる。社会は、全体として、未熟児を救うことを目指し、そして体外受精(IVF)で良い結果を求めている。このような社会の圧力があるために、現在では、妊娠過程の二つの時期である妊娠のはじめと終わり(懐妊と誕生)に大変多くの研究努力が傾注されている。実際、(体外受精による場合の)妊娠の最初の数段階と(子宮内の)妊娠の22週目との間には非常に大きな隔たりがまだ存在するが、この隔たりは最終的には克服される可能性が高い。(http://www.springerlink.com/content/mr448621527873u4/


■ジーンウォッチ⑥                              

長島 功訳

 

DNA解読と医療の将来

ジェームズ・エバンス

 

 個人のDNAの解読は安価であり、ますます安価になっている。ある人のDNA配列の詳細に解明された情報は、まもなくすべての患者や消費者ならびにゲノム解読情報が欲しくてたまらない人の手の届くところとなるだろう。しかし、だからといって、それは私たちの大部分にとっていつでもすぐに役に立つ(またはワクワクさせる)ものにはならないだろう。というのは、たとえあなたのゲノムがあなたの健康に重大な影響をもつ事柄に関する情報をあなたに個人的に与える可能性があると考えても、それは、あなたに影響を与える可能性のある病気は大部分は遺伝情報が小さな要素しか占めていない原因のせいであるという事実によって否定されてしまうからだ。したがって、私たちは、ゲノム配列が私たちの大部分に有意義な病気に関する情報を与える前に、私たちの環境のような他の要因を今以上にはるかに正確に理解する必要があるだろう。あなたのゲノムのコードは、文字通り、デジタルコードなので、今日のようなデジタルの時代には容易に解析・分析できるのに対して、私たちの環境は乱雑でアナログで、不正確で雑然としたままである。私たちは、私たちの(絶えず変化している)環境を今私たちの(静的な)ゲノムの分析に際して臨んでいるような正確さで理解することができるまでは、私たちのゲノム配列の知識は有益ではあるがぼんやりとした不正確な情報源に留まるだろう。そして、私たちの環境を理解することは20年以上かかる仕事ではないかと私は考えている。かくして、私たちの全ゲノムの解読が私たちのほとんど、つまり99%にいつでもすぐに役立ち、さらに興味深くなるかどうか私は疑っている。むしろ、ゲノム学が中期的に約束できるのは、単にもう一つの医学的な手段としての応用だけである。つまり、ゲノム学には役に立つものもあるが、大部分には無意味である。しかし、それは(あなたのビジネスモデルがすべての人に彼らの全ゲノム解読情報を売ることでなければ)失望すべきことではない。結局、磁気共鳴映像法(MRI)は優れて有益であり、本当に革命的であるが、しかし、だからといって私たちの大部分が全身MRIから恩恵を被むるだろうということにはならない。ゲノム学が普遍的な恩恵をもたらすという大げさな主張を無視し、それがどの点で有益であるかを批判的に考えればいいのだ。

 私たちの大部分にとっては、私たちのゲノムの解読は軽い気分転換でしかないだろうが、ほんの一部の人にとっては事情は違う。例えば、米国の約500人に1人は、80%の割合で大腸癌を引き起こす浸透性の高い変異をリンチ症候群(LS)の遺伝子内に持っている。ただし、いったんそれが同定されれば、現在利用可能な予防手段によってその割合は大幅に減少させることができる。変異すると予防可能な病気をかなり高い割合で引き起こすヒトの遺伝子はあまり多くはないが、私たちの約1%は浸透性の高い変異をヒトの遺伝子内に持つので、それを知ることにより大きな恩恵を得る人は十分いる。

 私の予想では、20年後には全ゲノム情報は日常的な診断手段として医療に統合されて、主として遺伝子の損傷に起因する大きな疾病を持つ比較的まれな個人にとって役立つだろう。そしてもっとも胸を躍らせることとしては、とうとうゲノム学とパブリックヘルス[公衆の保健]との生産的な融合が生じるだろう。実際に人間の健康に重要な数少ない遺伝子の解読によって、予防可能性の高い病気(例えば様々な癌や動脈瘤)を非常に引き起こしやすい遺伝子変異を有する比較的まれな個人―およそ1%―が特定されるだろう。こうして、20年後には、無症状な人口に広く行われ、病気を予防するために本当に重要な数少ない遺伝子に的を絞ったDNA解読は、命を救い金を節約する潜在能力がある(ただし、新しいテクノロジーはどれでも実際に医療費を減らすという主張は疑うべきである。というのは、医療費は減ることはまれだから。)また堅実なDNA解読を行うことのできるパブリックヘルスもおそらく近い将来に実現されるだろう。というのは、そのようなパブリックヘルスは、未来の両親がキャリヤである重い劣性疾患を同定することにますます利用されるからである。

 パブリックヘルスの分野でゲノム学を応用することは、摩擦を生み出すことが避けられないだろう。夫婦が数百もある重い劣性疾患のキャリヤとなる可能性があるとの知識を持っているときには、この知識の最も普通に使われる仕方は、現在もそうだが、病気に冒された胎児を堕ろすことだろう。そして、より多くの人たちが合法的な健康管理の目的でかまたはやや愚かな「娯楽的なゲノム学」の追求のために全ゲノムの解読を受けるにつれて、知らなかった方が良かったことを知ってしまう人も何人か出るだろう(例えば、彼らが本当に恐ろしい治療不可能な病気にかかるリスクがきわめて高いという事実を)。すべての新たな進歩した科学技術の広範な応用には避けられないこのような摩擦が生じてくると、ゲノム学が実際には何を提供できるのかを批判的な目で見て、それを慎重に応用し、この驚くべき新しいテクノロジーの恩恵を過剰宣伝しないことがますます重要になってくる。(Genewatch, Volume 25 Issue 1, April 2012


■ジーンウォッチ⑦                             

長島 功訳

ヒトの全ゲノム解読の有用性は疑問

ヘレン・ウォレス

 

企業は今、人々のゲノムをできるだけ迅速かつ安価に解読しようと競い合っている。これは個人の遺伝的な違いを考慮する「オーダーメイド医療」という新しい時代が来ることを私たちに約束しているかのようである。このような未来の見通しでは、病気の予防も治療も個人向けに多様に施され、私たちは皆長生きし、健康な生活を送ることになるという。

このような見通しに対して、一般の市民の間では、個人のゲノムの調査能力と分類能力に関して、かつてなかったほどの不安が向けられている。もしすべての人のゲノム配列がデータベースに保存されるようになれば、彼らがどこに行っても、コーヒーカップやワイングラスに残された個人独特の遺伝子の配列を利用して、居場所を追跡することが可能になる。またこれによって、親類が特定されたり、実父でないことが曝露されたりする。また遺伝子型の分類によって、人が何らかの汚名を帰せられたり、差別されたりする事態も起こりうるだろう。

ほとんどの議論は、健康が増進するのか、それとも解読されたゲノムが誤用される可能性があるのか、をめぐってプラスとマイナスをはかりにかけようとしている。またそれは、高水準のデータ保護と遺伝子差別禁止法のような安全確保の対策を提案するか、他方では害よりも恩恵の方が勝るだろうと単に主張するだけである。しかし、遺伝的な相違が個人の健康にとって重要であるという主張にも、また「オーダーメイド医療」が自らができると称している医療を実際に施すことができるかどうかという疑問にも、ほとんど注意が向けられていない。これらの主張は、ヒトゲノム・プロジェクトの歴史とこのような世界観を広める上で果たした産業界の役割に根ざしている。

2000年に、ヒトゲノムの解読計画は、クリントン大統領と英国のブレア首相によって、鳴り物入りで発表された。彼らの主張は当時の米国のヒトゲノム・プロジェクトの主導者であったフランシス・コリンズがいわゆる1999年のシャタック講義という大演説に基づいていた。彼はその演説で、2010年までには、23歳の健康な大学卒業生が頬から綿棒で採取したDNAを医者に渡せば、大腸癌、肺癌および前立腺癌、心臓病およびアルツハイマー病に彼が罹る遺伝的リスクを評価している一連の検査結果を受け取り、その結果、新しい予防薬が作られ、大腸内視鏡検査が毎年実施され、禁煙を始めるきっかけが与えられるだろうという仮説的な未来を描いた。こうして主張が支えとなって、数十億ドルが遺伝子調査、遺伝子解読技術、ならびに広大なデータベースとこれらの予測を実現させる目的で設置されたバイオバンクの構築に投資された。

しかし、この考えは精密な調査には耐えられない。現在多くの科学者が認めているように、人々のゲノムの間の個人的な相違は、ほとんどの人々が罹る普通の病気に関しては予測能力が低い。1つの遺伝子変異で起こる遺伝病は多く、また遺伝子変異が大きな役割を果たす比較的まれな家族的形態を持つ普通の病気は多いけれども、ほとんどの人々が罹る普通の病気に対して有益な遺伝的リスクの予測ができるという主張は欠陥があることが判明した。

それでは、このような間違った主張[遺伝子が病気のリスクを高めるという主張―訳者]がもとになってこれほど多くの公共投資と研究・開発投資が行われたという状況に陥ったのはどうしてなのか。

答えは、こうした状況の歴史を調べた人々には衝撃的ではあるが、全く驚くべきことだとはいえない。肺癌のリスクを調べるために個人の遺伝子スクリーニングを行うことは彼らに禁煙を促すきっかけを与えるだろうというコリンズの話は、タバコ産業から出てきたものだ。ヒトゲノム・プロジェクトの企てが近づくにつれて、このプロジェクトを唱導する科学者たちは、このプロジェクトが産業に応用可能であることを英国と米国の政府に納得させようと奮闘した。というのは、この点こそが、科学研究をレーガンとサッチャー政権が重視するようになるために必要なことだったからだ。彼らはこの難題を乗り越えたが、それは研究の目的を当初の提案(それは放射線によって起きる遺伝子の損傷を捜すことに基づいていた)から古い考えに戻すことだった。その考えとは、環境要因や遺伝子の損傷よりもむしろ、親から受け継いだ遺伝的リスクの方が肺癌のような病気を理解する鍵になるというものである。「体質的仮説(constitutional hypothesis)」という名で知られるこの考えは、1950年代にタバコ産業の顧問になった優生学者のロナルド・フィッシャーによって最初に打ち出された。彼は、人に喫煙を促すとともに肺癌を誘発する遺伝子が存在すると主張して、喫煙と肺癌との間にある統計的な関連を単なる偶然の一致であるとした。またタバコ産業は行動遺伝学の基礎を作るためにフィッシャーの理論を利用した。すなわち、喫煙行為と肺癌の両方の原因遺伝子を探す研究に資金を与えたのである。

やがて、喫煙を肺癌の要因として否定することが難しくになると、研究の目的は、遺伝子スクリーニングを用いて禁煙対策を「遺伝的な感受性の強い」少数の人々を標的にすることになった。その考えはこうである。10人の喫煙者のうち「たった」1人が肺癌になったとすれば、この個人を前もって特定することができ、その他の人々を「肺癌にならずに喫煙する」ことができるようにする1つないしは複数の遺伝子が存在しなければならないことになる。米国の国立衛生研究所(NIH)の上級研究員らが「ニューヨークタイムズ」紙でこの理論を支持したとき、タバコ産業の研究団体である「タバコ研究協会」は有頂天になって、これは彼らの数百億ドルにものぼる研究戦略が「正しいことの証明」であると主張した。英国では、後にノーベル賞を受賞したシドニー・ブレナーがヒトゲノム・プロジェクトへの資金援助を獲得するためにロビー活動をするために、「ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)」との秘密会談の直後に、ヒトゲノム機構(HUGO)を設立した。ブレナーは医学研究協会(MRC)での彼の地位を利用して、BATと共同で肺癌の原因遺伝子を探す研究に資金援助したが、その発表された多くの研究結果は誤ったものだった。

これは疫学の役割に大きな変化が起きたことの始まりだった。すなわち、それは減らしたり除去することができる偶然の環境要因を特定しようとすることから、除去することはできないがその代わりに個人のリスク予測という違った目的に用いることのできる遺伝的要因を探し求めることへの変化である。タバコ産業の研究テーマはまた他の産業の関心をもひきつけた。そのなかには原子力産業と化学産業が含まれている。これらの産業は、有害化学物質や放射線への曝露を抑制することよりも、個人の遺伝的感受性に基づく的を絞った対策という考えをより好んだ。食品産業もこの考えに飛びつき、高血圧症と糖尿病の原因遺伝子を見つける競争を始めるためにこの考えを利用した。彼らは、塩や砂糖をわずかしか摂取する必要のない人はほんのわずかしかいないので、病気の予防は彼らの製品に焦点を当てるのではなく、個人ごとに多様なもの[「オーダーメイド医療」のこと―訳者]でなければならないと主張した。スタチン(脂肪を減らす薬)――たいていは病気でない人に処方される利益の多い大衆薬――の成功の後、すべての人は1つまたは複数の大きな致死的な病気に遺伝的に罹るリスクが高いという考えが『ビッグファーマ』(本の名前で「巨大製薬企業」の意味―訳者)によっても支持された。誰もが自分のゲノムを解読されれば薬の市場は2倍に拡大すると予測する人もいる。新しい市場がいわゆる(コレステロールの値を低下させるマーガリンのような)機能性食品およびサプリメントにも開かれ、他の医学検査や治療が遺伝的リスクを「治療する」ために健康な人々にも有料で施されることが期待されている。

このように、病気を予防することは、健康に悪い製品や汚染を制限することよりもむしろ、利益の上がる新しい市場を作り出すことのほうに向けられるようになってきた。これらの市場が実際に創出されるかどうかは、個人が彼らのゲノムを個人向けの「オーダーメイド医療」の市場に提供したいと思うかどうかにかかっている。またそれは、例えば、誕生時に採取される新生児の血斑を利用することによって、ゲノム解読が公的助成金を利用して裏口でこっそりと導入されるかどうかにかかっている。

保健政策と研究・開発投資は、以前タバコ産業に勤務していた優生学者によって、そしてこの手法を導入している商業的な利害関心によって本当に決められるべきなのか。それとも、癌、肥満および他の病気を予防するためには、環境の浄化、不平等廃止の取り組みおよび食事の改善に改めて目を向けることが必要なのか。いずれにせよ肝心なことは、世界中で寿命に大きな差があることは、遺伝学はもちろんのこと、生物学とはほとんど全く関係がないということである。しかし、既得権を持っている人々はこのようなことは聞きたくないと思っているだろう。

 

GeneWatch, Volume 25 Issue 5 10-11 2012


■ジーンウォッチ⑧                                         

長島 功訳

                                                                                     

テキサス大学のBSL-4施設がガナリトウイルスを紛失

 

ガルベストン国立研究所は、致死性のベネズエラウィルスを含む5本の小瓶の1つを紛失した。これはテキサス大学医学部が発表したもので、同学部は、米国で最も致死性の高い複数のウィルスを保有するために、最も厳しいセキューリティ対策を施して設計され、17400万ドル(約1618200万円)の費用をかけて建設されたP4実験施設を所有している。

 

米国疾病予防センターによると、紛失したガナリトウィルスは、エボラウィルスと同様に、「皮膚の下、内臓の内部または口、目、耳のような体の開口部から出血する」ために出血熱と名づけられた病気を引き起こす。

 

「これは明らかに、テキサス医療センターとそこに設置されている国立生物テロ対処研究所(national biosecurity lab)にとって非常に不安感を抱かせ、困惑させる事件である。」こう語るのは、テネシー州ナッシュビルのヴァンダービルト大学予防医学部長のウィリアム・シャフナー博士である。彼はこうも語っている。「その研究所の職員の中には不安に駆られている沢山の人々がいることは間違いない。」

 

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幸いに、ガナリトウィルスの小瓶の紛失は炭疽菌の小瓶の紛失ほど脅威を与えるものではない、と米国立感染症財団のシャフナー博士は述べている。このウィルスは理論的には人から人へ広がる可能性はあるが、しかし、それは通常はベネズエラにいる齧歯(げっし)動物[ネズミ、リス、ビーバーなどの、物をかじるのに適した大きな切歯を持つ小動物]の間でのみ広がるだけである。

 

テキサス大学医学部理事長のデビッド・カレンダーの意見では、研究者たちは、このウィルスは米国にいる齧歯動物の体内では生存できないと考えているという。

 

しかし、NIH(米国立衛生研究所)の生物防衛研究部門の部長のマイケル・クリラによると、このウィルスが原因で、それが普通に存在する地域で人間が「病気にかかったケースが少なくとも数百例」起きたという。

 

「このウィルスに感染した場合の致死率は、少なくとも1020%かわずかにそれを上回る範囲である」、とクリラ氏はABCニュースに語った。また彼は、ガナリトウィルスに感染した場合には治療法も救済法も全くないと付け加え、さらにこう語った。「もし病院で対症的治療を施すことしかできない場合に5分の1の確率で死ぬとしたら、それはとても深刻なことだと考えられる。」

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クリラ氏によるとガルベストン微生物研究所は、BSL(バイオセーフティレベル)4の病原体、すなわち、ワクチンも治療法も全くない危険な感染症を研究しているのだから、最も厳重な安全対策を講じる必要があるという。BSL4の病原体には、ガナリトウィルス、炭疽菌、エボラウィルスおよびペスト菌が含まれる。

 

ガルベストン研究所の研究者たちは、320日と21日に日課となっている検査を行っている時に、ガナリトウィルスの小瓶が5本ではなく4本しかないことに気づいた。彼らがこの過失を公表したのは323日だった。

 

テキサス大学は、これはセキュリティー違反でも不正行為でもなかったと考えているが、大学は疾病予防センターに報告した。調査はまだ進行中であるが、調査員たちは、紛失したとされる小瓶は、カレンダー氏の述べたところによると、「通常の実験室の消毒作業中に」破壊されたのではないかと考えているという。

 

BSL-4の実験室内のすべての固形の廃棄物は、液体を沸騰させて消失させることなく有害な病原体を死滅させる加圧・加熱過程を通じて処分されるのが普通である、とクリラ氏は言う。そうだとしても、この小瓶に実際に起こったことがこのようなことであるかどうかを調査員たちが決定し実証できる可能性はおそらく無いだろう。

 

クリラ氏の言うところでは、調査員たちが廃棄物処理事故(これにより問題の小瓶が破壊されたといっているようである―訳者注)を起こしたとみられる事務職員の過失を見つける可能性はありそうであるが、しかし、コンピュータ化されている記録保持システムの下では、小瓶の数字が置き換えられたのだから過失は簡単に見つけることができるという可能性はより小さいだろうという。

 

シャフナー氏は彼に同意した。

 

「もし今回の紛失事件がそのような人為的な過失だとしたら、彼ら(調査員たち―訳者)はそれを決して説明できないのではないかと思う。これは記録保持問題である。ということはつまり、それは人間の過失による問題だったのであって、よくある退屈だが重要な作業を行うことに関わることであるので、一時的な誤りに過ぎなかったのさ。」と、シャフナーは語った。

 

出典

http://abcnews.go.com/Health/galveston-texas-biolab-loses-deadly-guanarito-virus/story?id=18809363


■ジーンウォッチ⑨                                

長島功訳

最高裁が逮捕時のDNA採取を認める

ジェレミ・グルーバー

 

警察は、逮捕され犯罪で起訴された人からDNAサンプルをつねに収集することができる。米国の最高裁のある法廷は、最近このような判決を出して、プライバシー権を制限し、アメリカ人のDNAの前例のない利用権を警察に与えた。

 

この判決は、5対4のきわどい評決で決定されたが、メリーランド州のDNA収集法を支持することなった。同法は、2008年に、重罪で有罪判決を受けた人のDNAサンプルだけでなく暴力や強盗の罪で逮捕された人のDNAサンプルの収集を認めるように適用範囲が拡大された。いま全米各州はDNAサンプルの収集を拡大している傾向が強まっているが、同州の法律はその代表である。連邦政府と少なくとも26の州は、逮捕時のDNAサンプルの収集を認めているかまたはそれを認める法律を審理中である。いまではさらに多くの州がこの法的実践を採用しているかもしれない。しかし、逮捕された人が最終的に有罪になるのは一握りでしかないのだから、この法的実践は必ずや政府が無実の人からDNAを収集することを許してしまうだろう。政府が無実の人からDNAを採取することは憂慮すべきことであるが、しかしこの法的実践はマイノリティに特別で重大な危害を与える。マイノリティ集団のメンバーはかなりの人数が逮捕され、したがって無実なのに逮捕された人のうちかなりの割合がマイノリティである可能性が高い。

 

メリーランド対キングの裁判で、裁判所はこのほど容疑者が犯罪を犯したと信じさせる相当な理由を捜査が行われる前に警察が持つことを要求する合衆国憲法修正第4条の根本原則に対する危険な例外を設けた。刑事司法制度が誰が有罪で誰が無罪かを種分けするのを待つ前に、「容疑者の犯罪歴は彼の拘留を決定する前に警察官が知るべき彼のアイデンティの重要な部分である」とアンソニー・ケネディ判事は多数派の意見として書いた。彼は、DNAを「逮捕者を特定する著しく正確な形態」と呼んで、DNAサンプリングを指紋法になぞらえた。このような判決を下して、多数派はすべての人のDNAの中に確実な情報内容を調査することに失敗した。スカリア判事が彼の厳しい異論で述べたように、この決定の範囲は「著しく広く」て「怖いほどである。」

 

裁判所はまた、未解決の犯罪事件を調査するために警察が容疑者からDNAを採取する実際的な理由を承認することができなかった。一連の裁判のなかで、最高裁は、政府が「特別な必要」を有している場合には、また捜査の「主要目的」が普通の法的処置のための証拠収集でない場合には、相当な理由のない捜査でも合法であると結論した。判事団と下級裁判所は、特別な必要を挙げて、飲酒運転検問所から学生およびトラック運転者の薬物検査に至るまでの多くの法的実践を支持した。このケースでは、裁判所は調査目的の捜査と規制目的の捜査の区別をすることができなかった。

 

「合衆国憲法修正第4条は、ある人が有罪であるかまたは有罪を示す証拠を所有していると信じるための根拠が存在しない場合には、犯罪の証拠を探す目的でその人を捜査することを禁じている。この禁止は絶対的であり、例外はない。それは合衆国憲法修正第4条のまさに中核部分である。」とスカリアは書いた。

 

ケネディは、州は「重大な罪」のために逮捕された人からはDNAを採取することはできるだろうと述べ、裁判所は実際、無罪判決が下された時には即時にDNAプロファイルを自動的に抹消することを含めて、メリーランド州の法律が講じた予防措置のいくつかは納得したようだった。しかし、その他の多くの州は、これらの制限すら考慮せずに逮捕時にDNAを採取している。とにかくスカリアが言及した制限は意味がなかった。多数派の論法の背後にある論理によれば、DNAは交通違反で逮捕された人からDNAが採取されることも可能となるだろうと彼は言った。

 

「これについては間違いを犯すな。というのは、本日の判決の全く予測できる結果として、あなたのDNAは、あなたが、正しくても間違ってもまた理由が何であれ、逮捕されれば、あなたのDNAは採取され国のDNAデータベースに入れられるのだ」と彼は言った。

 

メリーランド公共被告人犯罪科学部の内の主任弁護士のステファン・B・メーサーは、最高裁のこの決定はすべての市民からなる普遍的なDNAデータベースの構築のお膳立てとなると信じると述べた。

 

「みずからの遺伝的プライバシーについて心配するすべてのメリーランド州人は、警戒して、どのような政治的選択肢があるかを調べる準備をすべきである」とマーサーは述べた。

 

「責任ある遺伝学協会」は、この裁判では法廷助言者で、この法的実践によりマイノリティの人口危害が加えられることを示す豊富な経験的および社会科学的な証拠を挙げた書簡を、逮捕時のDNA収集の民族的正義の意味に関する裁判所に提出した。

 

GeneWatch  201357月号


■ジーンウォッチ ⑪                                 

長島 功訳 

ゲノム学 VS 原住民の起源民話

キム・トールベア

 

 2005年の413日、「生物植民地主義に関する原住民の会議(IPCB)」は、「人類の移住の歴史をたどり」、「地球がどのような人口構成になっているかをマッピングする」ために10万人の原住民とその他の伝統的な住民の血液サンプルを収集することを目指した遺伝子地図作成プロジェクトに反対するプレス・レリースを発表した。IPCBは、遺伝子地図の作成を批判し、それ以前に、ヒトゲノム多様性プロジェクトをも植民地の住民の血液抽出研究であるとして批判している。この血液分析は、また西洋科学の基本的な歴史調査である。IPCBは、原住民の体-生きた体も死んだ体も-、物質的・文化的な工芸品および原住民の文化的な民話を学問的な知的生産に役立てるために所有しなければならないという知的制度的権威を前面に出して、植民地化する国家の強力な手段である科学を批判している。

 批判者たちは、このような知識が原住民の利益に役立つことはほとんどなく、彼らを激しく害するだけであると指摘する。19世紀と20世紀の初めに、虐殺現場と墓から死体が盗まれ死体の一部が今日のアメリカ原住民に関する人類学的・生物学的研究に知識を提供する科学的調査に用いられた。20世紀の全期間にわたって、世界の各地域の原住民は、「ヘリコプター・リサーチ」という頻繁に行われた研究-研究結果または成果を被験者に知らせない迅速な血液収集-を目撃した。人種の区別の基準が緩かった初期の数10年に採取された原住民のDNAサンプルとデータは引き続き現代の調査に使用され、このような不正行為は21世紀にまでもちこまれた。そして新しい、より倫理的な研究は、その他の緊急のプロジェクトや差し迫った必要な研究から時間を奪ってしまう結果となっている。研究結果に関する情報を提供された原住民のコミュニティが研究者と行う検討と共同作業はコミュニティの利益を増すだろうが、原住民に研究結果の情報を与えて参加させることは費用がかかる。原住民を科学にとっての単なる研究素材である傷つきやすい被験者ではなく、研究者と同等な存在として同じテーブルに着かせるために彼らの能力を養成するには資金がかかるのである。

 原住民である批判者たちはまた、最終的には法的、物質的な害につながる抽象的なリスクを指摘する。彼らは、原住民やその他の「孤立した」民族が、古代の、それほど混血していない人口-それゆえ現代の世界に存在するそれほど進化していず、活動的でない、すなわち消滅しつつあり、死につつある人口-であることを表わすために利用されるとして、ヒトゲノムの多様性研究の客観志向の研究について憂慮している。彼らは、初期の数世紀の物質的、社会的研究を苦しめた明らかな民族主義-それは人類の間の進化のヒエラルキー、現代的生活に対応できないインディアンの近い将来における消滅および神聖に認められた西方への拡大を当然と見做した-が引き続き知らない間に現代のゲノム学に住みついていることを憂慮している。そのとおり、彼らは憂慮すべきなのだ。原住民の文化的停止状態と彼らの純粋な考え方に関する根強い西洋人の思考様式が、まだ非ゲノム諸科学-それには社会学と政治学および人文科学が含まれている-を苦しめ、それが原住民の生活へ大きな影響力を与えている。身体に関する人類学者と文化に関する人類学者、法律の専門家および歴史家は、国の科学部門から、原住民の権利と資源に対する要求について判断を下すこと、具体的には、ある原住民のグループが真に部族としての認知される価値があるかどうか、またはアメリカインディアンの宗教的な自由が神聖な場所での木材の伐採者、漁師またはロッククライマーたちの活動によって侵害されているかどうかを決定することを求められている。このような知的な状況においては、相当な文化的影響力をもつゲノム科学が潜在的な脅威とみなされるのは何ら不思議ではない。

 原住民である批判者たちは、「われわれは祖先が科学的発見の名で神聖を汚されている間は傍観しない」とか「われわれの創造の物語と言語は我々の血統と祖先についての情報を含んでいる。われわれは自分たちがどこから来たかを教えてくれる遺伝子検査を必要としない」と主張するとき、彼らは単に「宗教的な」または「文化的な」関心を表現しているのではない。彼らを単に反科学とか宗教に熱狂する人と特徴づけることは、単に彼らの複雑な歴史的分析と政治的洞察を見失うだけでなく、生物学と学校のカリキュラムに現在挑戦しているキリスト教の天地創造説と少しも違わない原住民の天地創造説を誤解することになる。

 科学的に考える人が、進化的な民話(「民話」は必ずしも神話を意味しない)の真実さを擁護し、一部のキリスト教徒の「創造科学」に対して科学教育を守るのと同じように、原住民である批判者たちは、科学者をも教会をもその布教戦術と原住民の知識の歪曲ゆえに非難する。彼らは、科学的伝統またはキリスト教の知的伝統を改宗することによって成立した西洋の文化的および歴史的立場が力の弱い民族に対する真理という普遍的な剣として扱われるようになると指摘する。彼らは、ダーウィンの『種の起源』以前に密接に結びついていた科学的伝統と聖職者の伝統の双方にはっきりとイデオロギー的な偏見を見ている。今日では、それらの双方はそれぞれのその実践者たちが信じているほど相互に無関係ではない。科学も教会も人間の歴史の真の物語のみを語る権利を主張する。これら〔科学と教会〕のそれぞれのアプローチに与えられる経験的なデータは異なるけれども、これらは双方とも、原住民は孤立し、思想は啓蒙されていず、さらに欠陥があるという長く続いている物語で満ちている。

 しかし、原住民以外の多くの人々にとっては、われわれの多くには非常に明らかであることでも、それを理解することはとても難しい。IPCBが遺伝子地図プロジェクトのボイコットを要求するプレスリリースを発表したその日に、家系図の隙間を埋める系図学を利用する系図学者たちが遺伝子地図プロジェクトとヒトゲノム多様性研究を擁護して立ち上がった。ヨーロッパにおける最近の祖先であるヨーロッパ系アメリカ人に圧倒的に人気があるのは、次の特定のリストに関する最も人気の高い話題である。アメリカ原住民の祖先は2番目に最も人気の高い4である。(アフリカに祖先をもつ人は白人としてでなく黒人として分類されるべきであるとする祖先に関する法律とは異なり、米国の民族政策は「赤い」身体の白い身体への吸収を歴史的に認めてきた。)ネットワーク上の遺伝子地図学者の多くは、遺伝学を深く理解しているが、IPCBの鋭い政治的な批判の基礎を理解できない。原住民である批判者たちは原住民の創造民話に反するヒトゲノムの多様性と移住研究に反対しているだけでなく、原住民族の歴史、アイデンティティおよび未来を定義するために科学が用いてきた力を非難している。彼らは、原住民族はいまだに研究において搾取を受けていると指摘している。にもかかわらず、リストに載っているある人は次のように言った。

 

 遺伝系図学的なDNA検査をこわがる人がいるのとほとんど同じ理由で、人類学的なDNA検査をこわがる人がいる。彼らは自分たちの民話で心地よい気分になるが、彼らの世界観を共有する物〔土地や資源〕を調査することには特に関心がない。伝統を固守することは原住民に固有なことではない。

 

リストに載っている別の人は次のように付け加えた。

 

 私のモホークの祖先は世界は亀の背中の上で誕生したと信じている。ハッブル望遠鏡のようなさまざまなデータソースから得られる証拠は、このような特別な創造理論が正しくないことを証明した。考古学的およびDNAの証拠は私の祖先の正しい起源は堅固だが不完全な理解であることを認めた。私たちの顔を見つめているものを無視しても無駄である。証拠が大声で語るときには、人は偽りの仮定を聞き入り、それを永遠に固守していなければならない。それでも、それは私の祖先の伝統に対する私の深い尊敬の気持ちに影響を与えることはないが、しかし、とりわけ、私は真実を知りたい……

 

 ゲノム知識に批判的なアメリカ原住民とキリスト教徒の見方は、「宗教対科学」の対立と同じだとしばしば見られている。しかし、キリスト教とは異なり、アメリカ原住民の起源に関する民話は概して改宗する意志に欠けているので、たとえそれが聖書的または進化論的な理解であっても、他の創造民話に対する一貫した寛容性がない。米国においては、原住民は、土地と資源の強奪によって追放されるか神聖な場所へのアクセス権を失うことなしに儀式を行うためには、放っておかれた方がいいくらいだ、としばしば言う。だから、なぜ抵抗なのか?たしかに、科学的に考える人は、原住民が公立学校の教室での彼らの宗教を生物学の基準で不利益にされることを心配する必要はないと考える。科学的に考える人は、文化的能力に違いがなくとも、科学と政治は中立的な科学の利益のためにたがいに分離すべきではないこと、自然と文化は対立していることを信じるように教えられている。人は厳密な科学的思考者になることはできないし、「政治」に没頭することもできない。もちろん、原住民の批判者は、常に科学に基づく政治に注目する。しかし、科学的事業における力関係の認識を怠ることは、間違いなく、原住民の分析を真に把握する能力の妨げになるだろう。

 政治嫌いに加えて、科学的に考える人は、例えば、ほら穴や地面に掘られた穴から出てくる民族の説明を拒否するときには、あまりにも単純な仕方で原住民の創造民話を読む。彼らは原住民がこの世界とそこにある彼らの住む場所をどのように理解しているのかを示す中心的な命題がこの民話のなかにあるのを見失う。例えば、原住民の創造民話は、生きるための価値を提供し、われわれの共通の歴史を伝え、われわれを民族として(単に「人間」としてでなく)共通の道徳的な枠組みに一致させる。これらの民話はわれわれを神聖な土地に結びつける。

 先祖とグループという原住民の観念は、「民族人口」のなかに証拠だてられている遺伝的先祖をはるかに超えていく。これらの観念は、われわれの民族特有のアイデンティティを定める生きた土地と海の風景との長く続いているダイナミックな関係のなかで構成されている生物的、文化的および政治的分類に関わっている。これは原住民族が「起源」の考えを扱う仕方とヒトゲノムの多様性が「起源」の考えを扱う仕方との間の重要な相違点である。後者の場合には、土地の風景と海の風景は人類と彼らの分子が移動し定住する場所である。環境と人間の分割は原住民の民話には欠けているゲノムの民話のなかに想定されている。特定の土地や海とそれらの非人間的な作用因との関係において現われ出るような民族意識という原住民の観念は、土地の風景の上を移動する者として定義される遺伝的な人口の観念とは異なる。それゆえ、原住民の創造民話がゲノムの民話に挑戦するというのは本当であるが、しかし、それらの複雑さのすべてにおいて読み取れば、人は原住民の民話の中とゲノム民話の疑わしい観念的、物質的前提の中に真実さがあると見ることができる。原住民のグループは反実験的でもないし、また反テクノロジーでもないし、諸科学から出てくるすべての新たな知識を拒絶するのでもなく、しばしばそのような知識を彼らの世界観の内部で統合したいと思っている。

 原住民族は科学者が彼らの起源の物語を受け入れることは期待していない。彼らの伝統は概して改宗させる伝統ではない。しかし、彼ら-われわれでもあるが-は、われわれの身体と土地の行政区が支持されるのを望み、またわれわれは、われわれの生活を形作る物語の力が尊重され、虚偽と見做されないことを望む。21世紀のヒトゲノム研究の中心的なパラドックスは、この研究がグローバルで反民族主義的であるが、被験者の自己統治権を侵害することによって、彼らの生物的資源を、そして時には彼らの文化的な民話も占有することによって、またこの研究が含み結びつくことを求めている人々の真実と力強い価値を低く評価することによって歴史的に進歩してきたということである。

 (From GeneWatch, Aug-Oct 2013


■ジーンウォッチ⑫                                                          

         長島 功訳

 

DNAバーコーディングはFDA(米食品医薬品局)にとって魚介類の種の同定のための貴重な手段である

ジョナサン・ディーズ

 

 DNA配列は公衆衛生の役人にとって魚介類の食品が安全で適正に表示されることを保証するのに用いられる重要な手段となっている。FDAが魚介類の食品による食中毒の発生や魚介類の食品の誤表示事件を調査するときには、同局は問題の食品の魚介類の種を同定する際に高い確実性を得たいと思う。これは、米国の市場には1,700を超える魚介類の種が存在することを考えれば、決して小さな仕事ではない。ほとんどすべての場合に、DNA配列はこの高い確実性を与えてくれる。種を同定するためにDNAを活用することが恩恵となるのは、公衆衛生の役人に限られることではない。というのは、DNAは産業にとっても加工処理中に適切な食品安全対策が行われ、食品が正しく表示されることを保証する際には貴重な手段となりうるからである。

 歴史的には、規制当局による有毒な魚介類の種の同定は、食品の外的な特徴――これはしばしば加工中に取り除かれることになるが――の目による検査に頼ったかまたは粗タンパク質の分析法――これは分析結果の解釈が難しい時があり、また加工度の高い食品にはタンパク質が分解するために有効でなかった――に頼った。タンパク質に基づいた魚介類同定法は、限界があるにもかかわらず、長年の間、規制当局による有毒魚介類同定の標準的な方法だった。DNAを使用する技術は高度の分析が必要な場合には時おり用いられたが、この技術の日常的な使用は分析を行うのに高いコストと技能が必要なために限定されていた。その結果、この技術は規制当局による有毒魚介類同定調査には典型的には用いられなかった。2003年に、カナダのオンタリオ州のグエルフ(Guelph)大学の研究グループによる一連の出版物が「DNAバーコーディング」(訳注)の概念に最初に焦点を当てFDAの注目を引いた。一組の標準化した状態の下で発生し分析されるDNAの短い断片のこの使用法は、タンパク質に基づいた当時の方法に代わる理想的な方法のように思われた。これらの魚介類の検査を行うのに必要なコストと専門技能を減らす効果をもたらしたDNA配列解読技術とテクノロジーの進歩のおかげで、FDAは全国の食品分析研究所の多くをDNA検査が行えるように最新式のものにした。DNAバーコーディング・カナダセンターとスミソニアン研究所をはじめとするDNAバーコーディングの開拓者たちの多くと協力して、FDADNAバーコード化の標準的なプロトコル(手順)を策定し、それによってFDAはその有毒魚介類同定検査において従来のタンパク質に基づいた方法に代わって全く新しい方法を採用することができた。

 FDAの魚介類のDNA分析の初期の例は、2007年にイリノイ、カリフォルニアおよびニュージャージー州で起きたいくつかの食中毒の調査だった。この食中毒は、中国から米国に「頭の無いあんこう」として輸入され、数店の韓国の料理店で「ボク(Bok)」として売られていた魚が原因だった。DNA分析の結果、この魚は実際には輸入が禁止されていたフグの一種であることが判明した。この特定種の魚の肉にはフグの毒素のテトロドトキシンがかなり含まれていて、この魚の安全な調理を不可能にしている。現在ではDNAバーコーディングは食中毒の発生の原因である魚介類の種を確認するために定期的に用いられている。このことは既に魚介類の特定種に原因のある食中毒のより良い理解をもたらし、そのおかげで今度はFDAがこれらの食中毒を予防するための手引きをさらに精巧にし、食中毒の発生を可能な限り防ぐことができるようになるだろう。

 このテクノロジーの使用は規制当局の役人に限られる必要はない。魚介類の加工産業が適切に種を同定することは必要である。なぜなら、加工中に魚介類の安全を確保するのに必要な予防策は、加工されている魚介類の種によって決定されるからである。魚介類の適正な表示も魚介類の種を知ることに基づく。魚介類加工産業がその製品にラベルを貼る際に助けとなるように、FDAは「魚介類リスト」という手引書を発行した。それには米国市場に存在する魚介類の種のリスト、魚介類の各種を扱う認可市場の名前および魚介類の新種を扱う認可市場を設置するための手引きが含まれている。魚介類の貿易のグローバル化が進展するとともに、新種の魚介類がつねに米国市場に導入されている。加工業者が受け入れる魚の種について問題があれば、DNA配列が答えを与え、その魚を安全に加工し適正に表示することを保証するのに役立つ。

 

このテクノロジーが進歩し、DNA配列解読装置がより小型に、より安価に、より運びやすくなるにつれて、規制当局者と産業界の各社によるこのテクノロジーの使用はさらに増えていくだろう。中央の研究所以外の研究所や輸入と加工の現場でこの分析を行うことができるようになれば、米国における魚介類の安全と正確な表示はさらに確保されるだろう。

 

[訳注]

特定の遺伝子領域の短い塩基配列を使用して生物の種を同定したり、多様性を調べるための技法。

 

from GeneWatch, Nov-Dec 2013


■ジーンウォッチ⑬                              

長島 功訳

 

WHO勧告『保健関係実験施設の安全性』(1997年)のWHO当局による要約紹介文

 

 本稿は、コリンズ(C. H. Collins)博士およびケネディ(A.D.Kennedy)博士がWHOの顧問を務めていた時に編著者として発行した"Safety in Heal-care Laboratories,"1997)の概要をWHO当局が紹介した要約文の日本語訳を提示し、読者の本書への関心を喚起しようとすることを目的としている。

 以前、予研=感染研裁判で国立感染研はこの文書をWHOの公式文書ではないと主張して、感染研の戸山庁舎がこの文書の立地規定に違反していても特に問題はないと主張していた。ところが、この勧告は出版されて以来WHO当局がその公式ホームページで販売し、その概要をSummayと題して掲げている。このことから考えても、WHO当局がこの勧告をWHOの正式な文書とみなしていることは明白である。

 特に解釈が論争問題となっている「ラボラトリーの位置」と題した一節を含む第3章に関するこの要約文での紹介の仕方は、我々の解釈――ラボラトリーは「実験室」だけでなくそれをも含む「実験施設の建物」を指した用語である――の方が正しいことを証明している(太字体の訳文がそれを示している)。

 以下にWHOによるSummaryの全文をここに邦訳したのは、この文書の邦訳が出版されていない状況を打開して何とか日本語版の出版にこぎつけたいという筆者の願いからである。この要約文を読んだ読者がこの勧告に関心を抱いていただき、邦訳出版へ向けての一助となれば幸いである。

                                      

 

保健関係実験施設の安全性

 

要約

 

 本書は、保健関係実験施設の安全性を最大限に確保するのに必要な広範囲の対策への論理的かつ段階的な指導を目指したマニュアル〔手引きまたは指導書〕である。本マニュアルは、この種の実験施設の管理者、監督者ならびに実験室職員に向けて書かれたもので、実用的、指導的および予防的な叙述手法を採用し、読者に事実上すべてのリスクとハザードに対する警戒心を持つように促している。これらのリスクとハザードは実験室の職員が――それらのリスクとハザードが彼らの実験姿勢にかそれとも特殊な備品や設備に関係があるのかにかかわらず――いずれも日常の実践で直面するかもしれないものである。力点が置かれているのは、すべての医学的、技術的および事務的な仕事に関わる実験室職員が障害を負ったり病気にかかるのを防止することである。またこの種の実験施設に入る権利のある他の人々を保護することもこの勧告の扱う対象となっている。

 このマニュアル全体を通して、多くの図、チェックリスト、表および設備・備品と建物・敷地の図入りの説明があるが、それら全ては読者がリスクを認識し、それらを最小に留める方法を見出す助けとなるように用いられている。本書に盛られた情報の範囲は、水関連システムの細菌汚染を防ぐ方法、標準的な設備・備品のもたらすハザードをより少なくする形状の特徴の例からはじまって、再利用可能な備品の安全なリサイクルとゴミの回収のためのガイドライン〔指針〕に至るまで及んでいる。

 このマニュアルはそれぞれが簡潔にまとめられた12の章からなる。はじめの2つの章は、実験施設の安全計画の原則と必要な細則を説明し、安全な作業慣行を確立し維持するのに必要な訓練の概略を示している。第3章は、実験施設の敷地・建物に関する記述で、最大限の安全性を確保するための実験施設(laboratory facilities)の立地と設計のさいに考慮する必要のある多くの諸要因について論じている。ハザードゾーンの配置の決定、ならびに電力供給、照明、水供給と排水、燃料ガス、パイプで送られる圧縮ガス、設備・備品と家具および貯蔵施設・設備のための標準的な安全確保の必要条件の2点に関する情報が与えられている。

 このようなわけで、各章は、様々なリスクと火災、電力供給系統、設備・備品が引き起こすハザードおよび化学物質によるハザードに特有なそれらのリスクの予防に関する詳細な助言を提示している。またRI実験室内の放射線の安全性に関する助言も記されている。とりわけ詳しい設備・備品に関する助言は、設備・備品関連の事故や職員の保護に必要な段階の治療の多くの例を挙げている。その他の章は、臨床材料の安全な輸送と受領の仕方を論じ、廃棄物の処理手続きと器具の再利用について説明し、実験室内での救急措置のための指示項目を提示している。

 保健関係実験施設で用いられる化学物質、設備・備品および実験措置(procedures)の中には、それぞれに固有のハザードを有しているので、この本の中には、リスクアセスメントの諸方法への案内が段階を追って示されている。また付録にも標準的な操作方法、具体的なハザードと保健関係実験施設で普通に使用されていてそのハザードを引き起こす約46種類の化学物質を使用する際の注意事項の概略が収録されている。

 


■ジーンウォッチ                                   

WHO勧告『保健関係実験施設の安全性』(1997年)の第3章の翻訳

                                  長島 功

 

表題に掲げたWHO勧告の原題は、“Safety in Health-care Laboratories”である。すでに筆者はジーンウォッチで同書の紹介を行い、WHO当局によるその紹介のための要約文を日本語に翻訳しておいた。今回はこれに続いてこの文書の白眉とも言える「第3章 実験施設の建物と敷地(3. Laboratory Premises)」の前半の部分を4回に分けて訳出する。今回は最初の節、すなわち「設計の際に考慮すべき一般的な目的」と題した部分の日本語訳を掲載する。同節は、実験施設の建設計画が周辺環境と環境全般の保護を考慮して行われなければならないことを強調しており、読者はこの勧告が基づく基本的な精神と著者たちがこの勧告を敢えて出版した主たる動機をこの節からうかがい知ることができるだろう。                               

第3章 実験施設の建物と敷地

設計の際に考慮すべき一般的な目的

実験施設は、安全な物理的環境を提供するために、また安全な作業慣行が容易にできるようにするために適切に設計すべきである。これらの目的を達成するためには、設計者、建築業者および当該実験施設内で働くことになる人々との間で直接的な意思の伝達と頻繁な討論が行われるべきである。実験施設の管理者は以下のさまざまな目的を持っているだろう。

― 現在の作業必要条件に適合していること

― 気候条件と地理的条件に適合していること

― 将来生じる可能性のある要求[ニーズ]に適応可能であること

― エネルギー効率の良いこと

― 最少の資本金と運営費で済むこと

― 不法侵入と動物ペストに対する防御が完璧なこと

必要上から、以下のさまざまな制約が課せられるだろう。

― 獲得可能な生物材料や専門技術の種類と範囲が限られていること

― 実験施設の建設またはその計画が全国的か地方的かのどちらかであること

― 予算に限界があること

― 立地場所の性質

― 実験室関連の臨床的活動またはその他の諸活動の間の関係または相互作用

それゆえ、実験施設の各建設プロジェクトは、最適の設計を達成して当初の目的のできるだけ多くを満たすために上述の様々な目的と制約をバランスよく実現したものである。健康と安全のための必要条件という本質的な要素の確保については妥協すべきではない。すなわち、法令が課す必要条件を満たさねばならず、また様々な実験室での活動およびその活動に関連する危険やリスクに対応した基本的な基準を設けなければならない。

実験施設は、その中で働く人、利用者および訪問者の健康と安全の確保に備えるべきであるとともに、隣接する建物と公共の場所を含む地方的および全般的環境を保護すべきである。このような目的に適った実験施設の建設を計画するためには、関連する法的な規制、実験施設で起きる諸過程およびそれらを適切に管理するための実際的な安全対策、すなわち、危険を除去するかまたはリスクを減らすこととそれらの危険とリスクの結果を緩和する方策に関する知識と理解が必要である。


■ジーンウォッチ⑮                              

 

WHO勧告『保健関係実験施設の安全性』(1997年)の第3章の翻訳(2)

長島 功(幹事)

 

実験室の種類と分類

 

実験施設にはいくつか異なった種類がある。ある種類の実験施設に適した設計は、他の種類の実験施設には相応しくない場合がある。実験施設の内部でさえ、実験室はそれぞれ異なった目的に役立ち、また異なった設計と機能を必要とする。この点は微生物学にとっては特に重要である。

 

それゆえ、実験施設の機能は計画段階の早いうちに明確に決定すべきである。一般的な目的の保健関係実験施設は、臨床化学、血液学、組織病理学および微生物学のための独立した施設を必要とするだろう。

 

専門化した実験施設と「封じ込めされた」実験室は、リスクの高い生物材料を扱う作業に必要だろう。標本の受取り、事務所、倉庫、研修施設ならびに患者の宿泊施設をまず考慮しなければならない。その次に、様々なプロセス、材料および設備を決定し、補助的な作業を行う区域、実験を行わない区域および社交のための区域との起こりうる相互作用を調査することができる。実験施設は全国的、地域的および地方的なレベルでサービスを提供できるだろうし、または教育や研究の関連し合った機能を持つことができるだろう。または実験施設は限られた機能を有する小さな一部屋の実験室である場合もあるだろう。

 

ある実験施設、例えば微生物学実験施設は、取り扱われる微生物、物質または生物因子に関連して生じるハザードやリスクの程度に従って設計され設備が備えられるし、また封じ込めや他の安全装置もそれに従って選択される。レベルの異なるリスクを呈する病原微生物を扱うための適切な設計と安全対策用設備を指示する正式な計画がある。WHOの計画は54頁と56頁に示されている。遺伝子組み換え生物を扱うための設計システムは一般的にこれと同じ考えに従うこととする。化学実験施設のこれと同様な分類が健康、火災および諸物質やその中で用いられるプロセスの爆発ハザードに基づいて提示されている(18章)。より具体的には、封じ込め施設は化学的発がん物質を扱う作業のために確立された(19章)。分類計画は実験施設の設計者にとって特に役立った。なぜならリスク評価の手法によってハザードの程度が必要な封じ込めレベルや安全な作業環境を提供するために必要な他の機能に合致させられるからである。


■ジーンウォッチ⑮                         

WHO勧告『保健関係実験施設の安全性』(1997年)の第3章の翻訳(3)

長島 功訳(幹事)

 

実験室の建物

 

保健関係実験室は病院の建物の一部を占め、それを院内と院外の患者の治療のための部屋と共有する場合がある。あるいは、保健関係実験施設は病院やそれと類似の敷地に建つ独立した建物であるか、または総合大学、医科大学または公衆衛生研究所におけるように研究活動と教育活動を行うことができる独立した建物群である場合がある。その建物は極端な温度、降雨および洪水を含む予想される支配的な天候条件に耐えうるものであるべきである(12章)。同時にそれは、特に火災に対する安全性、耐火構造建築および十分な避難の手段に関して、該当する地方または全国の建築基準法に従って設計・建造されるべきである。避難の手段は建物内にいる人の数に十分であるべきであり、人のいるすべての区域で利用できるような場所に設置されるべきである。火がどこで起こっても人びとが火元から離れることができるように望むらくは別の避難経路を用意すべきである(4章を参照)。

 

実験室の活動に特に必要な条件に加えて、内部の環境が実験者に快適さをもたらさなければならない。すなわち極端な温度や湿度は避けなければならない。快適な内部環境を維持するためには、建物全体または指定された部屋や区域のための空調システムが必要である。これらのシステムを設置・稼働するには高い費用がかかる。建物の内部を直接的な太陽の放射線から保護する反射性の「サンブレーカー(太陽光線遮断性)」のシールドのような受動的な対策や涼しい空気の流れを作り出すように外壁に窓や他の穴を適当に設置することはより安価な代替手段である。屋根の素材を熱反射性のものにし、また熱保持性と伝導性が低いものにすべきである。

 

動物、鳥およびとくに昆虫の侵入は、窓枠の空間やドア口に設置したハエスクリーンまたはカーテン、溝用のワナや金網およびパイプでできた壁穴のワナなどの受動的な建物設備によってできるかぎり防ぐべきである。廃棄物とゴミの定期的な除去と廃棄物貯蔵区域を建物から十分に離すことは必要であるし、適切な設備が設置されるべきである。


■ジーンウォッチ⑱ バイオ施設の立地に関するケネディ博士との交換メール          

 

長島功(当センター事務局長)

 

 昨年の中頃から最高の危険度を有する病原体研究施設であるBSL4実験施設の稼働・新設の動きが高まっている。まず、日本学術会議が昨年3月に「我が国のバイオセーフティレベル4(BSL-4)施設の必要性について」と題した提言を発表し、日本でレベル4施設が稼働していない現状を憂え、このような施設を早く新設して、病原体研究において国際貢献すべきであると進言した。この機運は、昨年6月ごろからエボラ出血熱の流行が急拡大しはじめ、日本にもエボラ出血熱に感染の疑いのある人が続けて入国してから、BSL-4施設の必要性を訴える議論が強まり、朝日新聞などはその先陣を張った。 

 これを良いことに、従来からレベル4施設の建設計画を発表している長崎大学は、外部環境に排出してもウィルスや細菌は拡散して、しかも紫外線により死滅してしまうので、長崎市の坂本地区に位置する長崎大学医学部構内という人口密集地に実験施設を立地させても、住民の安全に影響はしないと主張し、バイオ施設の立地条件をはじめて国際的に明確化したWHOの『保健関係実験施設の安全性(1997年)』における規定を歪曲的に解釈し、"laboratory"と言う言葉を狭くもっぱら「実験検査室」と解釈する「政府見解」を援用し、当センターやバイオ施設の周辺に住んでそれらの稼働に対する反対運動を展開している人たちの主張と解釈――"laboratory"とは、実験室とそれらが収容されている建物である実験施設の両方の意味があり、WHO指針の規定は実験施設の住宅地に近接する土地に設置することを禁じたものであるという主張――を誤訳だと断定している。

 このような主張は、予研=感染研裁判で芝田進午原告団長に論破されたが、依然として幅を利かせているので、動かぬ証拠としてこの指針を編集し書いた本人に訊いてみるのが一番良いであろうし、それによって論争の決着もつく。そこで私は、この指針の編著者の一人であるイギリス人のデヴィド・ケネディ博士にこの指針に含まれている"Location of the Laboratory"という一節の解釈を尋ねて、回答を得た。以下では、同氏への私の英文メールと同氏の返事の全文とその日本語訳を示し、長崎大学や「政府見解」の解釈がいかに意図的な歪曲であるかということを実証したい。

                                                   

ケネディ博士との往復電子メール

私からケネディ博士への電子メール

 

E-mails between Dr. Kennedy and me

 

Dear Dr Kennedy,

 

It's been so long since I sent you an e-mail last.

The reason I wrote to you this time is that WHO's recommendations by the late Dr Collins and you―Safety in Health-care Laboratories, 1997―attracts attention from Japanese People again. That's because Nagasaki University announced its plan to construct BSL-4 Biolab in the campus of its medical school surrounded by densely populated areas.

 

They say the plan does not contradict WHO's Guideline and Recommendation and that they got WHO's confirmation of the plan's accordance with the guideline and recommendation.

 

The issue on which we conflict with them is concerning whether the word "laboratory" in the page 16 of the recommendation―Safety in Health-care Laboratories, 1997―means a lab room or a lab facility.

 

The Japanese Government understand the fifth phrase (that is "high-level containment or high-risk laboratories should be located away from patient or public areas and from heavy-used circulation routs") in the following way :

 

High level containment high risk laboratory rooms should be located away from patient places and public parts and from heavy-used passageways, and this passage is on where lab rooms should be located in the hospitals and other health-care facilities and not on whether lab rooms should be located in the residential or public areas.

 

I think their interpretation of the fifth phrase is entirely wrong."High-level containment or high-risk laboratories" mean BSL-3 or 4 laboratories.(Please tell me what these labs indicate !) I doubt that such labs exist in hospitals. That's impossible, I think.

 

Please help us with the correct interpretation of the third and fifth phrases.

 

This interpretation problem is the first and last issue on which we conflict with Nagasaki University or the Government.

 

What I want you is to tell me your interpretation of the third and fifth phrases. It depends upon your answer whether or not we can win.

I'm sorry my e-mail is so long.

I'm looking forward to your answer.

 

Best Regards

 

Isao Nagashima

 

2013, 3/12

 

 

親愛なるケネディ博士

ご無沙汰しております。

今回メールをお送りしましたのは、故コリンズ博士とあなたの編集によるWHO の勧告『保健関係施設の安全性(1997 年)』(以下、『安全性』)が再び日本国民から注目を集めているからです。それというのも、長崎大学が人口密集地に囲まれた医学部構内にBSL4 のバイオ施設を建設する計画を発表したからです。大学側は、この計画はWHO の指針と先に挙げた勧告[『安全性』]に違反しておらず、この計画がWHO の両文書に合致しているとのWHO の確認を得ている、と言っています。私たちが大学側と争っている点は、勧告[『安全性』]の16 頁にある「ラボラトリー」という言葉が「実験検査室」と「実験施設」のどちらを意味するのかという問題です。

日本政府は、第5 項(政府の示した日本語訳では「高度封じ込め実験施設あるいは危険な実験施設は、患者や公衆のいる地域とよく使われる道路から離れて立地されなければならない」)を以下のように理解しています。

「高度封じ込め実験検査室あるいは感染リスクの高い実験検査室は、患者のいる場所や公共部分あるいは人の行き来の多い通路から離れて設置すべきである旨が記載されているが、これは、病院等の施設内においてどこに実験検査室を配置するかを論じているものであり、実験検査室が住宅地及び公衆の集まる地域に立地することの是非を論じているものではないと承知している。」

私の考えでは、政府による第5 項の解釈は全く間違っています。この項目における「ハイレベル封じ込めラボラトリーまたはハイリスクのラボラトリー」とはBSL34 のラボラトリーを意味していると思います(あなたの意見ではこの分類の仕方は妥当ですか)。私はこのようなラボラトリーが病院内に存在するというのはありえないと考えます。

また第5 項、第7 項の正確な解釈についてもご提示ください。というのは、この解釈問題は私たちが長崎大学または政府と争っている第一のまた最重要の論争点だからです。

あなたにお願いしたいのは、第3 項と第5 項のあなたの解釈を示していただきたいということです。私たちが勝利を得ることができるかどうかはあなたの回答にかかっています。

長くなりすみません。

お返事をお待ちしております。

敬具

長島功

2013 3 27

 

ケネディ博士からの返事

Isao

I think that three sources are relevant to your case for opposing the installation of a BSL-4 biolab within the Medical School at Nagasaki University.

 

World Health Organisation, 1997, Safety in health-care laboratories, page 16, location of the laboratory, phrases 3, 4, & 5.    

 

1.  With hindsight, I think that the wording of these phrases could have been improved to help interpretation. 

2.  In my opinion phrase 3 is saying that wherever possible laboratories should not be sited in areas where patients are investigated or treated; or where people live; or where members of the public are free to come and go.  This WHO publication does not define the word “laboratory”.  But with reference to what is said under the heading “Laboratory premises, pages 14-16, the word “laboratory” here refers to a building or group of buildings where scientific or medical investigations take place that may present unacceptable risks to laboratory workers and other persons from pathogens, chemicals, radiations, etc.   I am confident that the late Dr Chris Collins would have agreed with my interpretation.  Please see also paragraph 8 below.

3.  In my opinion, phase 4 is saying that if a single laboratory room or group of laboratory rooms must be located within a building used for other purposes, to reduce the risks, they should not be located in access routes to other areas within the building.  

4.  In my opinion, phrase 5 is saying that if a high-level containment or high-risk laboratory must be sited within a building used for other purposes, to reduce the risks, it should not be sited in areas where patients are investigated or treated; or in heavily-used access routes to other areas of the building. 

World Health Organisation, 2004, Laboratory biosafety manual, 3rd edition, Chapter 5, pages 25 and 26.

5.  At page 25, it states “Operational maximum containment laboratories – Biosafety Level 4 should be under the control of national or other appropriate health authorities” and that “Entities working to pursue development of a Biosafety level 4 laboratory should contact the WHO Biosafety Programme for additional information.”  In my opinion this means that a Biosafety Level 4 laboratory anywhere in Japan should be under the direct control of the Japanese Government or under the control of an agent directly accountable to the Japanese Government.  Furthermore, the Japanese Government, or its agent, should satisfy itself that the establishment of the laboratory, including its exact location, should be in accordance with the advice given by the WHO Biosafety Programme.

6.  In my opinion, the reason why the WHO advocates national control of a BSL-4 laboratory is that it considers that a national government will wish to ensure that work requiring BSL-4 containment is justified in the national interest.  Furthermore, the government will be best placed to ensure that its citizens are properly safeguarded from escapes of the most dangerous pathogens that have been deliberately introduced into its territory.

7.  At page 26, it states “The maximum containment laboratory – Biosafety Level 4 must be located in a separate building or in a clearly delineated zone within a secure building”.  In my opinion, this means the BSL-4 facility must be a stand-alone, controlled-access building, or be a separate controlled facility within a controlled-access building.   

UK Health and Safety Executive, Advisory Group on Dangerous Pathogens, 2010, Biosafety Guidelines, Table 7, Note 1.

8.  This states that at Biosafety Level 4 the “laboratory suite” is to be separated from other areas in the same building or is in a separate building.  This is in accordance with what the WHO said in 2004.  The UK document of 2010  states “Laboratory suite means one or more laboratories, together with the supporting infrastructure, equipment  and services including ancillary rooms such as airlocks, changing rooms, storage rooms and rooms for the inactivation or disposal of biological agents or micro-organisms.”  In my opinion, “Laboratory suite” expresses the meaning of “laboratory” as referred to in paragraph 2 above.

 

I hope that this is helpful to you.  Please let me know if you have any questions about it.

With best wishes.

David

 2013 4/11

 

親愛なるイサオ

私の考えでは、長崎大学医学部構内におけるBSL4 バイオ施設の設置に反対するあなたがたの場合には、三つの項目(第3 項、第4 項および第5 項*)が当てはまります。

*訳注

345 項とは以下のとおりです。

3 患者が訪れて標本を提出するか届けなければならない場合があるとしても、ラボラトリーはできる限り患者のいる地域、住宅地、公衆の集まる地域から離れて立地されるべきである。

4 実験室は建物の内部でそれが他の区域への通り道や通路になるような位置に設置すべきでない。

5 高度の封じ込めラボラトリーないし危険度の高いラボラトリーは患者や公衆のいる地域と往来の激しい交通路とから離れて立地されるべきである。

 

1.今になってみれば、解釈を容易にするためにこれらの項目の言葉づかいを改善できたと思っています。

2.私の意見では、第3 項は、ラボラトリーはできるだけ患者が検査または治療される区域または人が住む地域や公衆のメンバーが自由に往来する地域に設置または立地させるべきではない、ということを言っています。このWHO の出版物[『安全性』]は"laboratory"という言葉を定義していません。しかし、1416 頁の「ラボラトリーの建物と敷地」という見出しの下で言われていることを参照すれば、"laboratory"という言葉はここでは、病原体、化学物質、科学的または医学的な調査・検査がおこなわれ、放射性物質などからの受け入れることのできないリスクを実験室の研究者や他の人たちに与えるかもしれない建物または建物群のことを指しています。故コリンズ博士も私のこの解釈に同意しただろうと確信します。この回答の第8 節を参照ください。

3.私の意見では、第5 項は、単一の実験室または実験室群が他の目的のために使用される1つの建物内に設置されなければならない場合には、リスクを減らすために、それらはその建物内の他の区域につながる通路に接した区域に設置されるべきではありません。

4.私の意見では、第5 項は、高度の封じ込めラボラトリーないし危険度の高いラボラトリーが他の目的に使用される建物内に設置されなければならない場合には、リスクを減少させるために、それは患者が検査または治療される区域内にまたはその建物の他の区域に通じる通路に接した区域内に設置されるべきではありません。

以下の諸節は、WHO の『病原体等実験施設安全対策必携』第3 版(2004 年)(以下、「指針」)の第5 章の25126 頁に関するものです。

5.25 頁で「指針」は、「高度実験室・施設―BSL4 の運営は、国や他の適当な保健当局の管理化に行われなければならない」、そして「BSL4 実験室・施設の開発に取り組んでいる組織体で、さらなる情報が必要な場合にはWHO のバイオセーフティ当局に連絡を取られたい」と述べている。私の意見では、これは日本のどこにあってもそのBSL4 実験室・施設は日本政府の直接的な管理の下または日本政府に対して直 接の責任を負う機関の管理の下になければなりません。さらに、日本政府またはその機関は、その厳密な立地場所を含めて、この[BSL4 の]実験室・施設はWHO の「バイオセーフティ・プログラム」により与えられた助言に合致していなければならないという要求を満たさなければなりません。

6.私の意見では、WHO BSL4 実験室・施設の国による管理の必要を唱えている理由は、WHO が各国政府はBSL4 の封じ込めを必要とする実験作業が国の利益のために必ず正当化されるよう望むだろうということを考慮しているからです。さらに、各国政府は、その国民がその領土に意図的に導入された最も危険な病原体の漏出から適切に保護されることを保証するのに最も適した機関です。

7.26 頁では、「高度封じ込め実験室・施設―BSL4―は、独立した建物内かまたは頑丈な建物内の明確に区別された区画に立地・設置しなければならない」と述べています。私の意見では、これは、BSL4 施設は一棟建てで立ち入りが管理される建物でなければならないか、または立ち入りの管理された建物内の独立に管理されている施設でなければなりません。以下の項目は英国保健安全局の危険病原体諮問委員会(AGDP)編『バイオセーフティ指針』(2010 年)の表7、注1に関するものである。

8.同指針は、BSL4 では「実験室群」は同じ建物内の他の区域から分離されていなければならず、または独立した建物内にあると述べています。これは2004 年にWHO が言ったことと一致しています。この英国の2010 年の文書は、「実験室群は、エアロック、着替え室、貯蔵室、および生物因子[病原体のこと]や微生物の不活化または処分のための付随する部屋を含めて基盤インフラ、設備およびサービスを伴う1 つまたはそれ以上の実験室を意味します。私の意見では、「実験室群」はこの回答の上記第2 項で挙げられたような「実験室」の意味を表しています。

この回答があなたのお役に立つことを願っています。これについて何か質問がありましたらお知らせください。

敬具

デビッド

2013 4 11

 

以上。


ジーンウォッチ⑲ 過去のバイオ事故の概要

ジーンウォッチ(24

ピッツバーグで研究者が実験室事故でジカウィルスに感染

幹事 長島功

 

 ピッツバーグ大学によると、同大学の研究室で実験中に1人の女性研究者が事故で感染したが、これは針刺し事故で同ウィルスに感染した最初の事例であるという。

 大学の発表によると、この研究者は523日に針刺し事故を起こし、61日に発症したという。発表によると、彼女は5日後に熱が無くなったため職場に復帰したという。

 「われわれは、このようなまれな事故はあるけれども、アレジニー郡では蚊からジカ熱に感染するリスクはもうないことを住民に知らせたい。」アレジニー郡保健所長のカレン・ハッカー博士は本日このように語った。

 ピッツバーグ大学によると、たとえそうであっても、この研究者は3週間は虫よけを身に着け、長袖の上着を着て長ズボンをはくことになるという。これは、帰国する旅行者全員が、たとえ身体の具合が悪くなくとも、ペンシルベニア州を含む約30州で以前に見つかったことのある蚊を通じてジカウィルスを広げるのを防ぐために米国の疾病管理センター(CDC)が出した勧告に一致した行動である。

 懸念されるのは、これらの蚊の1匹がジカウィルスに感染した人を刺したら、その蚊がほかの人を刺すことによって次々とウィルスが伝染することだ。

 ハッカー博士によると、今年は今のところジカウィルスを伝染させると知られている蚊はアレジニー郡には見つかっていないが、目下探索中であるという。

 「人々が感染により不安になっている米国の地域は、米国のより蒸し暑い熱帯気候の地域です。私の考えでは、北部の気候よりもこれらの地域の方がより一層の注意がなされています」と、ハッカー博士はABCニュースに語った。

 ジカウィルスの普通の症状は、発熱、発疹、関節痛、赤目、筋肉痛および頭痛である。しかし、感染した人の大多数はまったく何の症状も出ない。ジカウィルスは重大な発育障害をともなう頭部と脳異常の異常に小さい小頭症と呼ばれる重大な誕生時の欠陥とつながりがある。

ハッカー博士によると、この実験室研究員は流行地に旅行に行ったことはなく、また性交渉によってジカウィルスに感染したのではないことも確かであるという。

CDCによると、ジカウィルスは、蚊に刺されること、避妊をしていない性交渉を通じて、母親から子供へ、輸血を通じて伝染するが、米国では輸血ないしは蚊に刺されることでジカ熱が感染した記録は1つもないという。

ハッカー博士は言う。「われわれは、我が国に関しては、蚊からジカ熱に感染するリスクは相対的に低い…極めて低い。」

(マイケル・ネーデルマン、201662日)

 

Source: http://abcnews.go.com/Health/researcher-infected-zika-virus-laboratory-accident-pittsburgh/story?id=39736836


長島 功

 

①バイオ事故(によるバイオハザード)には、「実験施設の周辺住民の感染」と「実験室内感染」とがある。

 

a)「実験施設の周辺住民の感染」の実例

 ●モスクワの研究所でダクトが爆発してブルセラ菌が放出し、15人が死亡した。(70年代ないし80年代)

 ●旧ソ連のスベルドロフスクの生物兵器工場から炭疽菌が放出して68名が死亡した。

  (1979年)

 ●新宿にある旧国立栄養研究所の真向かいにある早稲田大学文学部の研究室の教官のう

  ち在職中または退職後に亡くなった教員7名のうち6名が、放射性同位元素や発がん

  物質を扱う動物実験を行っていた同研究所の排気が吹き付ける側の研究室を使ってい

  た。(1982年から1993年、「週刊文春」、ただしこれは正確にはケミカルハザード)

 

b)過去の「実験室内感染」の数と実例

 ●過去の事故数(統計)

 ・1890年代以来、約5000件の実験室内感染が発生し、そのうち少なくとも200名の実

  験者が死亡した(コリンズ&ケネディ『実験室感染』1999年)

 ・メリーランド州のフォートデトリックにある米国陸軍伝染医学研究所のBSL4施設

  では過去25年間に423件の実験室内感染が発生した。(R・ハットン『遺伝子をあや

  つる』)

 ・米国の国立バイオ研究所では最近の7年間に395件の実験室感染が起きている

  (「Scientific American, October 2011」)

 ●最近の実例

 ・2009年、シカゴ大学のある研究者がBSL2の実験室で食物の媒介でうつるセレウス

  菌に知らないうちに感染して、2年後に亡くなった。その研究者は手か足に外傷があ

  って、傷口が開いたまま実験をし、皮膚感染したと見られている。(「バイオテロバイ

  ブル2011」)

 ・2014年の7月から9月までの3カ月間に、空気清浄のための保護マスクの欠陥によ

  り、実験者がインフルエンザ・ウィルスのなかで最も致死率の高いH5N1株に感染し

  た。(USA Today, 2015529日)

 ●バイオ事故が絶えない米国では国民は不安に駆られている。

 ・バイオテロ実験施設の事故の秘密を暴露する事故報告書最新号によると宇宙服のような保護衣を着た科学者たちは5月のある日、数時間にわたってエボラに似たウィルスに感染したマウスを探していた。このマウスはミネソタ州にある連邦政府の最高度に安全な研究施設の一つであるロッキーマウンテン研究所の内部に逃げ込んでいた。

  また5月にメンフィスのセント・ジュード児童医学研究病院で、ある実験室の研究者がインフルエンザの致死的な株に感染した数匹の逃げ出したフェレット(西洋イタチ)を取り押さえようとして咬まれた。

   この事故で病気になった人はいなく、マウスは翌日捕まったが、CDCでの炭疽菌や

   鳥インフルエンザの取り扱いの重大なミスが発生し、国民の間に動揺が広がり今夏に  

   議会の公聴会が開かれた。このためにこれらのバイオ事故は実験室の安全性に関する不安を二大政党の間にさらに煽っている。(USA Today, 2014,9, 30

  ・専門家たちは1918年に流行した(スペイン風邪の)インフルエンザ・ウィルスが実験室から漏れることを恐れている。

   1918年に起きたスペイン風邪のインフルエンザウィルスは3カ月間に全世界に広まり、少なくとも四千万人が死亡した。今日もしこのウィルスが実験室から漏れたら、死者数ははるかに多くなるだろう。ピッツバーグ大学のバイオセキュリティ部長のヘンダ

   ―ソン氏は次のように語っている。「実験室研究員の感染と実験室の周囲への感染の広がりが潜在的に意味することを考えると、恐怖に駆られる。」

 

②BSL4施設でのウィルス漏出事例など

 人間が引き起こしたパンデミックという容認できないリスク

   生きたSARSウィルスの研究は、BSL3を超える実験施設における、すなわちB

  SL4施設まで含めた高度の安全実験施設における生物学的封じ込め対策が実施される

  までは、縮小するまたは中止すべきである。すべてのSARS研究をBSL4施設に移

  すだけでは、実質上リスクが減ることはないであろう。というのは、1990年以来、BS

  L4施設からのウィルスの漏出はすでに3件起きている。第一に、1990年の旧ソ連のベ

  クター施設におけるマールブルグウィルスの実験室感染、第二に、イギリスのピルブラ

  イト施設からの手足口病のウィルスの漏出、第三は、台湾のBSL4施設で起きたBS

  L4対応型の生物学的安全キャビネットからのSARSウィルスの実験室感染である。

  ("Bulettin of the Atomic Scientisits," 2007, 11/20

 ・その他では、BSL4施設で実験室の研究員が着用する宇宙服に数10個の穴が開いていたというニュースが報じられている。

 

 


■ジーンウォッチ⑳ 過去のバイオ事故の実例                 

 

長島 功(幹事)

 

米国の実験施設で過去7年間のうちに危険病原体と生物毒に関わる事故が400件近く報告された。

 

 仕事場での事故というと、多くの人は紙で切った傷やコーヒーがこぼれることを想像するだろうが、命を失うことや手足をなくすことを意味する場合さえある。しかしながら、数少ない選ばれた科学者にとっては、仕事での小さなミスが致死的なウィルスや毒の環境への放出を意味するだろう。

 ミネソタ大学の感染症研究センターの報告によると、2003年から2009年にかけて米国政府所管の研究所で395件の「危険病原体」の「潜在的な放出事件」が報告された。「危険病原体」とは人間、動物や植物の健康または家畜や農業の産物に「重大な脅威」を与えると考えられる生物因子や毒を意味する政府用語である。これらの生物因子や毒を扱うには政府の認可が必要であり、そうした取り扱いは特殊な設備を備えた実験室で行うことが可能となる。

 もちろん、すべての実験室がエボラや天然痘のような大量殺人病原体を取り扱う、伝染流行のレベルが最高の4に属するのではない。しかし、放出事故が起きれば容易に人間に感染し病気を引き起こす政府所管の研究所ではその他の病原微生物が多く存在する。

 これらの小さな事件とはどういうものだったのか。大部分(196件)は詳細不明の「封じ込めの欠陥」だった。CDCにより2010年に収集された未公表のデータによると、液のこぼれが77件、針刺事故が46件、その他に「鋭端物」による怪我が数件あった。しかしながら、次に示す7例の実験室感染が報告された。4件のマルタ熱菌(牛や羊にも感染する)、2件の野兎病菌(ウサギ熱の名でも知られていて、クラスAに属すかなり伝染力の強い細菌)および1件のサン・ホアキン渓谷熱(コクシジオイデス属、感染性真菌)。

 これらのCDCの事故は、フレデリックのフォート・デトリックにある計画中のバイオ研究施設のリスク評価の準備中に今月の初旬に公表された国立学術研究会議(NRC)のレヴューの一部として記述されている。

 計画中の「医学的防衛手段の検査&評価」と称される施設(それはボルチモアの西45マイル、ワシントンDCの北西50マイルに位置することになろう)では、エボラウィルス、マールブルグウィルス、炭疽菌および腺ペストに関する霊長類と齧歯動物を用いた研究を行うことが予定されている。

 国立学術研究会議のレヴューによると、この施設のための現在計画されているリスク評価戦略は、標準レベルに達しておらず、「実験中の潜在的な病原体曝露の全体」を考慮していない。さらにこの施設自体の計画がまだ最終的なものではないので、計画評価委員会は、「設計上の違いによりリスクを増大させる恐れがある」と警告した。

 フィラデルフィアのドレクセル大学の市民・建築・環境工学部の学部長であるチャールズ・ハース氏によると、新しいレヴューが発表される前にも、この地域の多くの住民は

これらの病原体が街に来る可能性について「重大な懸念」を表明した。この「要塞のような」生物防衛キャンパスを運営し、5,4800ドルのプロジェクトを担っている陸軍は、この種の研究はバイオテロの攻撃に対して防御するワクチンを開発するのに必要であると説明している。咋年の「フレデリック・ニュース」によると、フォート・デトリックの研究・技術部主査であるジョージ・ルードビッヒは、「この研究は医学的防衛手段のための開発過程を遂行し、この施設は幅広い国家的必要を満たすために計画されている」と語っている。

 国立学術研究会議のチームによると、2014年に予定される起工式の前に、陸軍はこの施設での実験室事故を最小にするためにその計画を見直すべきであるという。国立学術研究会議でさえ、「目標はリスクの除去ではなくリスクを受忍でき管理できるレベルに低下させることである」と述べている。にもかかわらず、「危険病原体」を扱うその他の政府所管の研究所の業績が十分でないことを考慮して、国立学術研究会議の委員会は、現行の計画は「潜在的なバイオハザードによるリスクを減らすという施設の計画で陸軍を援助するに十分なほど堅実なもの」ではないと結論付けた。そしてこの施設で針刺事故が起これば、机の上でのホッチキスによる最も大きな怪我よりも重大な意味を持つ可能性があるだろう。

By Katherine Harmon on October 3, 2011,Scientific American


■ジーンウォッチ(21)―ウクライナのバイオハザード①           

致死性ウィルスがウクライナのドンバスにある米軍研究所から流出

―ウクライナ人民共和国軍と情報局が発表

長島 功(当センター幹事)

2016年1月22日(金曜日)、20:05

 

 どの薬も効かない新奇の致死性ウィルスが発生したために短期間のうちに20人を超えるウクライナ軍の兵士が死亡し、200人を上回る兵士が病院に送り込まれた。ドネツク人民共和国情報局の報告によると、このウィルスの研究が行われたのと同じ場所からカリフォルニア・インフルエンザウィルスが流出したという。この研究所はハリコフ市と同市にある米軍専門家チームの基地の近くに位置している。人々を脅かす伝染病の発生の一報はドネツク軍の副司令官エドアルド・バスーリンによってもたらされた。

 

 ウクライナ側での致死性ウィルスの流出が最初に発表されたのは2016年1月12日だった。バスーリンは日刊紙MoDの状況報告記事の中で次のように述べた。

 

「ウクライナ軍部隊の医療兵によると、戦場にいたウクライナ兵の間で大勢が病気に罹ったという報告があったという。内科医の報告によると、この未知のウィルスの発生の結果、感染した人はどの薬でも抑えられないほどの高熱を出し、2日間のうちに死に至るという。こうしてウィルスが流出した場所から遠く離れた場所で20人を超える兵士が死亡したが、この事実はウクライナ政府の命令によってひた隠しにされている。」

 

 致死性ウィルス疾患の大流行は今も続いており、2016年の122日に副司令官のバスーリンは今度の伝染病の発生から得た新しい情報について述べた。

「ウクライナ軍の間で急性呼吸器感染症の流行が広がっているとの新たな事実を記録し続けている。ちょうど今週の初めから200人を上回るウクライナ軍の兵士がハリコフとドニプロペトロウシクの数ヶ所の市民病院と軍の病院に運び込まれた。ウクライナ人民共和国情報局は、ハリコフ市から30km離れ、米軍専門家チームの在留地があるシェルコスタンチア地方の民間研究所でこのウィルスの研究が行われていることを以前に報告したことをここでもう一度いうことは重要である。」

 

DONi NEWS Agency

 

https://dninews.com/article/deadly-virus-leaked-us-laboratory-donbass-dpr-army-and-intelligence


■ジーンウォッチ(22) ウクライナのバイオハザード②                   

長島功(当センター幹事)

 

ウクライナ兵士を死亡させ数百人を入院させた致死的インフルエンザウィルスの漏出源は米軍の研究所と目される

2016126

 

漏出した米軍研究所のウィルスは「カリフォルニアインフルエンザウィルス」と呼ばれていてウクライナ兵士を死亡させている。

米国の主要メディアはまだウクライナで起きている重大な状況について報道していない。西側のメディアは地政学的物語をダラダラと述べているが、ドンバスの国際的な報道機関は致死的なウィルスがハリコフ市近郊の米軍の研究所から漏出したことを世界に向けて発信した。

致死的なウィルス株は20人のウクライナ兵士の命を奪い200人以上の兵士を入院させた。この同定されていないインフルエンザウィルスに感染すると2日以内に死亡するという。このウィルスに感染すると呼吸器系の合併症を起こし、肺炎にかかり、発熱し、治療しても熱は下がらない。

DONiニュースによると、恐るべき感染流行に関する情報はドネツク軍の副司令官エドアルド・バスーリンによってもたらされた。

ウクライナ側で致死的ウィルスが漏出したという事実は2016112日に最初に発表された。

AFU師団(ウクライナ軍の部隊)の医療班によると、戦地にいるウクライナ軍の兵士の間に感染症が広がったという。医師は未知のウィルスが原因だとし、これに感染すると高熱を起こし、どの薬でも熱を下げることはできず、2日後には死亡するという。このウィルスにより20人以上の兵士が死亡したが、この事実はAFUの司令部により厳重に伏せられている」とバスーリンは日刊紙MoDの状況報告の中で述べている。

122日現在、誰もこのウィルスを封じ込めてはいない。副司令官のバスーリンは次のような最新情報を明らかにした。

われわれは急性の呼吸器感染症がウクライナ軍の間で広がっているという新たな事実の知らせを受けている。今週の初め以来、200人を超えるウクライナ兵士がハリコフとドネプロペトロフスクの市民病院や軍の病院に運ばれた。繰り返し述べることが重要なことがある。それは、DPRの情報局は以前にハリコフから30キロメートル離れたシェルコスタンチバ地方にあり米軍の専門家が常駐している民間の研究所で調査が行われたことを報告したことがある、ということである。われわれの情報によれば、この研究所が致死的なカリフォルニアインフルエンザウィルス株が漏れた場所である。

ラジオフリーヨーロッパはもう一つのインフルエンザの流行を報告している。それはウクライナ東部のクラマトルスク市で民間人に広まったものである。そこの医師たちは昨年このウィルスを目撃したが、1月の流行のようには重大な合併症や死亡者はいなかったことに気付いた。正確な診断は行われていないが、2回の実験室検査で豚インフルエンザウィルスが検出された。病院は入院患者であふれ人々はマスクをかけているけれども、このことはこのウィルスが上記の致死的なウィルス株と関係があるとは必ずしも意味するわけではない。

 

http://www.naturalblaze.com/2016/01/u-s-lab-eyed-as-source-for-deadly-flu-virus-escape-killing-ukraine-soldiers-hospitalizing-hundreds.html


■ジーンウォッテ(23)                            

長島 功

 

科学者たちは実験室で治療できない新奇の病気を作りだしている。

―それは果たして合理的なのか?―

2014520

 

 豚インフルエンザ、すなわちH1N1は、それが事態の思わぬ展開とともに1977年に突然再発生してから20年間死滅していた。このウィルスの新しい株は1950年代のウィルスに遺伝子構造が似ていた。あたかもその時からこのウィルスが実験室の中で凍結したままでいたかのようであった。実際、1970年代後半に起きた豚インフルエンザの大流行は低レベルの実験室の作業員の人為的ミスの結果であることが最終的に明らかとなった。

 このような実験室事故は極めてまれである。しかし、科学者たちは今、致死性ウィルスの新奇で伝染しやすい株を作り続けることは、それが実験室から漏出して公衆に感染するリスクがあまりにも重大なので、避けるべきであると議論している。

 1997年に香港で鳥インフルエンザH5N1型により20数名の人が死亡した。しかし、その時以来、このインフルエンザにより世界中で約400人が死亡している。なぜならそれは容易に人から人へ感染するからである。

 最近数年間、科学者たちは人の体内にいるインフルエンザウィルスの実験に最も適した動物であるフェレット(イタチ科の動物)の個体の間でHN1を即時に感染させる方法を発見した。彼らによると、インフルエンザをさらによく理解して効果の可能性があるワクチンを作成するためには、感染しやすいウィルス株を作ることが必要であるという。

 しかし、それは2人の疫学者、マーク・リプシッチとアリソン・P・ガルバニのような人を心配させている。というのは、彼ら2人は「PLoS Medicine」紙の社説の中で、このような型の新奇の感染性微生物を作ることは人の生命を危険にさらすと書いている。彼らの見積もりでは、もし10カ所のアメリカの実験室がこのような型のウィルスの作成実験を行ったら、実験室の作業員がこれらの新奇のスーパーウィルスに感染してそれを他人に感染させる確率が20パーセントに達するだろうという。

 リプシッチ氏は最後に私に次のように述べた。「懸念されることは、科学者たちは人に対する高い病原性を効率よく感染させる能力と結合させる自然界に存在しないウィルスを作っているのだ。」(オルガ・カーザン)

 

原文:http://www.theatlantic.com/health/archive/2014/05/when-viruses-escape-the-lab/371202/

 





 今となってはその偶然性に驚くしかないのですが、本作の冒頭は「災害時に役立つ0円ハウスの作り方」というワークショップのシーンです。2010年の3月に撮影したこのシーンは1年後、東日本大震災が起きた後、予言的な、そして切実なものとなりました。同時に、坂口さんは福島第一原発の事故を受け、妻子とともに実家がある熊本に移住してしまいました。私自身、撮影が中断し先行きが見えなくなりましたが、坂口さんはなんと熊本市で“新政府”の樹立を宣言したのです。荒唐無稽な話に思えるかもしれませんが、あまりにも無策な政府に文句を言うだけではなく、自ら行動を起こした方がいい、と判断したのです。そして第1回の政策として、原発事故による避難者を受け入れる活動を始めました。こういう発想が出来るのも、それまで家の事を真剣に考えてきたからこそだと思います。こうした坂口さんの思考・行動は、最近出版された本人の著作「独立国家のつくりかた」(講談社現代新書)に詳しく述べられています。

 何かと閉塞感が漂うこの日本ですが、まだまだ希望があることが本作から伝わることを願っています。ぜひ、ご高覧くだされば幸いです。


■ジーンウォッチ(26)                                                        

長島 功

 

米国のバイオ実験室では過去7年間に危険な病原体と生物毒素に関わるバイオ事故が400件近く報告されている―――     2011103日 カトリーネ・ハーマン

 

 職場での事故といえば、多くの人はペーパーカットやコーヒーをこぼすことなど小さなものから手足を失う事故や死亡事故などの重大なものを思い浮かべるだろう。しかし、一部の優秀な科学者の場合には、ちょっとした失敗でも致死性ウィルスや毒素を環境内に放出する可能性がある。

 ミネソタ州立大学の感染症研究センターの報告によると、2003年から2009年の間に米国の国立研究所で「危険な生物因子」が「放出される可能性がある事故」が約395件報告された。「危険な生物因子」とは、政府の話によると人間、動物、植物または家畜や農産物にも「重大な脅威」を与えると考えられている病原体または毒素を意味する。これらの病原体や毒素を扱うには政府の特別な認可が必要であり、そのような作業は特別な設備をもつ実験室でのみ行うことができる。

 もちろん、すべての実験施設がエボラや天然痘のような殺人ウィルスを扱うBSL-4施設であるわけではない。しかし、いったん病原体の放出事故が起きれば、容易に人間に感染して病気を引き起こす病原微生物が数多く国立の研究所で研究されている。

こうした小さな事故は過去に何件存在したのか。原因が特定されない「封じ込めの失敗」によるものが最も多くで、196件である。CDCによる2010年に収集された未公表のデータによると、77件が液体漏れ、46件が針刺し、その他が鋭端物よる怪我である。しかし、これらの事故のすべてで、実験室感染は7件しか報告されなかった。すなわち、4件がマルタ熱菌(牛や羊にも感染する)、2件が野兎病(ウサギ熱としても知られ、クラスAに属する毒性細菌である)、1件がサン・ホアキン渓谷熱(コクシジオイデスという感染性真菌)である。

これらのCDCの不幸な事故は、メリーランド州のフォート・デトリックに建設予定のバイオリサーチ施設のリスク・アセスメントの準備として今月初旬に公表された国立研究協会(NRC)の調査報告の一部として記述されている(ミネソタ州立大学の感染症研究センターによると、CDC2012年の初めに病原体放出の可能性のある事故のより詳細な分析を公表する計画である)。

ボルチモアの西45マイル、ワシントン・D.C.の北西50マイルに建設予定の「医療対策検査評価」施設は、エボラウィルス病、マールブルグウィルス、炭疽菌および腺ペスト(ペスト菌)に関するサルと齧歯動物を用いた研究を行う計画をもっている。

NRCの調査報告書によると、同施設の現在提案中のリスク・アセスメント戦略は標準レベルに達していず、「実験中に病原体に暴露される可能性の全範囲」を考慮するまでには至っていない。また同施設そのものの計画もまだ最終段階に達してないために、「設計の違いによってはリスクを拡大する可能性がある」と調査チームは警告した。

フィラデルフィアのドレクセル大学の市民・建築および環境工学学部長が座長を務めるNRC委員会によると、最新の調査が発表される前にも、その地域の多くの住民は「これらの病原体が市街地に到達する可能性について」大きな懸念を表明した。フォート・デトリックの生物防衛キャンパスを運営し、584万ドルのプロジェクトを担当している米国陸軍は、この種の研究はバイオテロの攻撃に有効なワクチンの開発のために必要であると説明する。「この施設は医学的対応策の開発の過程を完結させるものだ」と昨年フレデリックニュースに語ったのは、フォート・デトリックの研究・技術部門の主任アシスタントを務めるジョージ・ルードヴィッヒである。彼はまた「同施設は大きな国家的必要を満たすために計画されているのだ」と述べた。

NRCチームは、米国陸軍は、2014年に予定されている起工式の前に、この施設での実験室事故を最小限に保つための同施設の計画を再検討すべきである、という。国立研究協会でさえ、「同施設の目標はリスクの除去ではなく、リスクを対処可能で許容範囲にあるレベルに削減することにあること」を認めた。さらにNRC委員会は、現在の計画は、潜在的ハザードを受けるリスクを減少させる施設を陸軍が設計する援助となるほどしっかりしたものではないと結論付けた。そして同施設で針刺し事故が起きれば、机の上のホッチキスで大きな怪我をすることより重大な事態となるだろう。


ジーンウォッチ(27)

 旧ソ連の生物兵器事故の秘密が炭疽菌のゲノムで明かされる(1)

当センター幹事 長島功訳

 

By Kai Kupferschmidt Aug. 16, 2016

この事故を「バイオのチェルブイリ」と呼ぶ人もいる。197942日に大量の炭疽菌の芽胞が旧ソ連のスヴェルドロフスク市にある秘密の生物兵器施設から放出される事故が起きた。この噴霧状の炭疽菌芽胞は弱い風で南東に流され、その結果、長さ50キロメートルにわたる地域で人間と動物が死亡し、または病気になった。少なくとも66人が死亡して、この事故は炭疽菌吸入によるかつてないほど致死的な感染流行となった。

 それから37年後の今、科学者たちはこの病原体のDNA2人の犠牲者の体内から分離して、そのゲノム全体を復元しようとしている。この研究は、mBio誌のもとで査読され、本日プレプリント・サーバーのbioRxivのサイトに公開されたものだが、彼らは、この炭疽菌株をいじくり回して、それを抗生物質やワクチンに対して耐性を強くはしなかったことを示すことによって、ソ連の秘密の生物戦争計画に関する多くの未解明の問題の1つに答えている。もし彼らが炭疽菌株の耐性を強くしてしまっていたら、ソ連の生物兵器はさらにいっそう致死的になっていたであろう。

 「これはごく普通の菌株だ。しかし、だからといってそれが毒性をもたなかったということにはならない。それはそれが原因で亡くなった人から抽出されたものだ。」

 もしバイオテロリストが炭疽菌を手に入れた場合には、この研究も役に立つかもしれない。「この研究はわれわれに分子指紋を提供してくれる。」こう語るのは、ベルリンのロベルト・コッホ研究所の炭疽菌の専門家であるロランド・グルノウ(Roland Grunow)氏であるが、彼はこの研究には関与しなかった。彼は続ける。「この菌株が再び出現すれば、われわれはそれがスヴェルドロフスクで大量に放出された菌株であると判断できるだろう。」

 炭疽菌によって引き起こされる炭疽は自然のままではほとんど人を死亡させないが、生物兵器での利用にこの上なく適している。その理由は、炭疽菌が芽胞を生み出すからである。それは数十年間のあいだ土壌のなかで休眠することができる微小で乾燥した被膜状のものである。芽胞は目に見えず匂いもしないエアロゾルとして数兆個単位で生物兵器化して運搬できる。それは人間の肺の内部に定着すると、重大な感染を引き起こし、抗生物質を投与しても、それに感染した人の90%が死亡する。

 炭疽菌の芽胞が、例えば、満員のスポーツ・スタジアムや都市の中心地に広く放出されたときには、数万人の人々が菌に曝され、当局が何が起こったのかすら分からないうちに多くの人が病気になるだろう。2006年に発表されたある研究の推測によると、1キログラムの炭疽菌芽胞がワシントンに放出ただけで、4000人から50,000人の人を感染させるのに十分であるという。もし数日以内に抗生物質がほんのわずかしか入手できないなら、あるいは炭疽菌が耐性菌であるなら、数千人が死亡する場合もあろう。

 炭疽菌はバイオテロリストにとってもお気に入りの兵器である。19936月に日本のカルト集団のオウム真理教のメンバーが東京都内のあるビルから炭疽菌を撒いたが、幸いにも、彼らは人間に無害な菌株を用いるというミスを犯して失敗した。ニューヨーク市における2001年の911攻撃のすぐ後に、炭疽菌の粉末が米国の東海岸で数人の政治家とジャーナリストに郵送された。その結果、22人が感染し、5人が死亡した。

 冷戦の間は、米国、英国およびソ連の3国すべてが生物戦争計画を有していた。1975年に発効した生物兵器禁止条約はそれを終わらせると想定されていたが、しかし、ソ連では、大規模であるが内密な計画により炭疽菌芽胞やその他の数種類の生物兵器が作られ続けられた。(つづく)

 

出典:http://www.sciencemag.org/news/2016/08/anthrax-genome-reveals-secrets-about-soviet-bioweapons-accident


■ジーンウォッチ(28)                        

 旧ソ連の生物兵器事故の秘密が炭疽菌のゲノムで明かされる(2)

当センター幹事 長島功訳

                                    

By Kai Kupferschmidt Aug. 16, 2016

 スヴェルドロフスク――それは今日ではエカテリンブルグというロシアの地方である――での炭疽菌漏出事故についての疑問はいまでも残っている。当初ソ連は、動物の感染症流行からもたらされた汚染肉のせいにした。ところが、ボリス・エリツィンが大統領だった1992年に、ハーバード大学の分子生物学者のマシュー・メセルソンが率いる研究チームがこの事件の調査のためにこの地域を訪れることが許された。彼らは、1994年の『サイエンス』誌で発表された論文のなかで、この事件が「軍用舎19」と呼ばれている施設から漏れたエアロゾルによって引き起こされたものであり、またそのことがこの炭疽菌漏出の地理的な広がり方によってはっきり示されている、と結論付けた。「汚染肉が長さ50キロメートルにわたって直線的に流れることはありえず、汚染肉から出たエアロゾルを風が流すことができるだけだ」とメセルソンは言う。彼の妻と彼の研究チームの一員であるジェニー・グレミンはこの調査に関する本を書いた。ほかの多くの問題、例えば、エアロゾルの噴霧がどのように放出されたかなどは、依然として謎のままである。

 このパズルをさらに解くために、北アリゾナ大学の旗頭で炭疽菌研究者のポール・カイムとその研究仲間は、犠牲者から採取した2つのサンプルから取られた炭疽菌のゲノムの配列を明らかにしようと試みた。炭疽菌漏出事故をそれが起きているときに調査したロシアの病理学者らは炭疽菌のサンプルを収集していて、後にそれらの一部をソ連へ行く途中のメセルソンに分け与えた。炭疽菌を含む組織はホルマリン漬けされパラフィンで包まれていたが、DNAは状態が良くなかった、とカイムは言う。それでも、研究者たちはなんとか断片を集めて一つの配列を作ろうとし、それをその他の数百の炭疽菌の分離株と比較しようとした。

 研究チームは、ソ連の技師たちが薬剤やワクチンに耐性のある菌株を成長させようとしたという証拠も、また彼らが炭疽菌を何らかの方法で遺伝子操作したという証拠も見ることはなかった。カイムは次のように言っている。「漏れた炭疽菌は、ソ連人と中国人がワクチン株として使用した他の栽培された菌株と密接な関係がある。」

 「これは全く普通の菌株である」と、メセルソンは同意する。先の論文の示唆するところによると、スヴェルドロフスク株は、「ソ連人が、何かは分からないが、スヴェルドロフスクでしていることのために整え利用した環境の中で見つかったものだった」とメセルソンは言う。「しかし、だからといってこの株が毒性をもたなかったというわけではない。なぜなら、この菌株はそれによって殺された人たちから抽出されたものだからである。」

 ソ連人は超新株を作製しようとしていたのではないかと疑うことは不合理なことではなかった。メセルソンが言うには、「彼らはたしかにそれをペニシリン耐性にすることができただろう――そのような炭疽菌の耐性株は自然界にすら存在する。そして1979年以来、他の研究者たちによって、炭疽菌が遺伝子操作されて抗生物質やある種のワクチンに耐性があるものにされた。」

 最も驚くべきは、炭疽菌のゲノムには変化がいかに少ないかである、とカイムは言う。炭疽菌のスヴェルドロフスク株とそのワクチン株と共通していると思われる祖先株とのあいだには異なる塩基対は13個しかない。炭疽菌は非常にゆっくりとしか進化しない。それが胞子として埋められて過ごす数年間に、その進化は全く停止状態にある。しかし、進化は実験室の中で世代が次々と交代するにつれて急速になる。明らかに、スヴェルドロフスクの科学者らは、この事態が起きるのを防いだ。カイムは言う。「ソ連人は細心の注意を払って、最初の胞子株を維持し、実験室でのそのさらなる成長を防いだ。」

 ロシアは1992年に、その生物兵器計画を終結させると(再び)公式に宣言した。しかし、同国が完全にこれを終結させたかどうかは疑いが残る。安全保障の分析によると、ソ連の生物兵器が悪者の手に渡ったとい可能性が浮上してきた。カイムの研究によって、科学者らは他人の手に渡ったソ連の生物兵器かまたは他の何らかの手段で手に入れられた生物兵器から炭疽菌の大流行が将来起こるかどうかを知ることができるはずである。グルノウ氏は言う。「もし炭疽菌が再び世界のどこかで出現しても、われわれはそれを明確に同定できるであろう。」

 

(注記) 前回の翻訳で「1キログラム」と記したのは、原文の英語の誤植によるものであろうと思われる。正しくは、「1000ミリグラム」とすべきであろう。

 

出典:http://www.sciencemag.org/news/2016/08/anthrax-genome-reveals-secrets-about-soviet-bioweapons-accident


■ジーンウォッチ(29)                              

重大な安全ミスにより英国のバイオ実験室作業員が致死性感染症に曝される

幹事 長島 功 訳

 

調査によると、安全対策違反に関わる病原体はデングウィルスや炭疽菌などの致死性病原体が含まれる

ガーディアン:201829

ガーディアンが入手した情報によると、有害な細菌、ウィルスや真菌を扱う英国のバイオ実験室での安全対策違反により感染症が実験室作業員に広がり、その他の人たちも潜在的に致死性のある感染症に曝された。

 英国保健安全局(HSE)は最近2年間にわたり一連の安全ミスを調査した結果、病院、民間企業およびパブリック・ヘルス・イングランド(PHE)で運営されている専門のバイオ実験室の数人の科学者たちが感染症に罹ったことが判明した。PHEは英国民の安全を守り、健康を改善するために存在する政府機関である。

 PHEのある科学者はシゲラ(赤痢菌の一種)に感染した後に具合が悪くなった。シゲラは接触感染性の高い細菌で、英国では赤痢を引きおこす最も多い種類の赤痢菌である。この感染事故の後、HSEPHEにその健康と安全に対する対策の改善を実施することを命じる書簡を送った。

 HSEは、2015年から2017年の間に2~3週間ごとに1回、専門の実験施設での40を超える感染事故について公式調査を行なった。感染症を広げた安全ミスより大きなミスは、操作ミスで感染するデングウィルス熱――これに罹って世界中で毎年2万人が死亡している――を引きおこす重大ミスである。すなわち、それらは、安全保護対策が不十分なまま潜在的な致死性のある細菌と真菌を扱う作業員のケースと英国西部大学の学生が髄膜炎を引きおこす細菌を熱処理で死滅させたと思ってうっかり生きたまま扱ってしまったあるケースである。

 実験作業中に感染した科学者たちの中で、ある科学者はポール・ライフ・サイエンスという民間の医療系企業でサルモネラ中毒に罹ったあとに入院した。もう一人の科学者は、ノッチィンガム大学付属病院のNHS信託〔英国の病院や地域の医療サービスの運営母体のこと―訳者〕でパラチフスに感染した。また4人の科学者たちがブライトン大学付属病院とサセックス大学付属病院のNHS信託でシゲラに罹った。さらにロンドンのロイヤル・フリー病院の生物医学の科学者たちは感染した糞便サンプルの検査後に胃腸内にある2種類の異なる寄生虫株で具合が悪くなった。

(出典:https://www.theguardian.com/science/2018/feb/09/safety-blunders-expose-uk-lab-staff-to-potentially-lethal-diseases


■ジーンウォッチ(30)                               

英国における実験室事故(1)

翻訳 長島功

 

英国では、人間の健康にリスクのある微生物はハザード・グループでランク付けされている。最も有害な微生物はグループ3とグループ4に属し、グループ3に属して炭疽やハンセン病を引きおこす微生物は従業員に重大なハザードをもたらし、地域社会に広がる可能性があるが、たいていはワクチンや治療法が存在する。エボラのようなグループ4に属する病原体は、それよりも危険である。これらの病原体は従業員や地域社会には重大な脅威であり、ワクチンや治療法が存在しない場合が多い。これらの微生物は厳しい安全性の必要条件を満たしている実験室で扱われなければならない。

 英国保健安全局(HSE)は数多くの危ない事故を調査してきた。2015年の8月、ブリストル大学の科学者たちはたまたま生きたデング熱ウィルス――グループ3に属し東南アジアの蚊が媒介する――をグラスゴー大学のウィルス研究センターに送った。この生物材料(ウィルス)の荷造りをした人がその中身が生きたデング熱ウィルスだということを知らなかったために、この小包は有害微生物搬送の安全条件を満たしていなかった。幸い、小包の中身は漏れなかった。小包は無事届き、到着次第、実験室で識別され、そこで実験室職員がウィルスを死滅させた。

 他のケースでは、ヴィアパースという診断実験施設がハザード・グループ3に属するオウム病クラミジアの細菌(肺炎を引き起こす)をロンドン北部にある公衆衛生研究所の感染症部に送った。この標本はラベルが誤表示されていて、到着したときには、公衆衛生研究所の実験室職員を感染させたかもしれない仕方で取り扱われたが、同研究所は誤表示に気づいた。

 HSEの広報官は言う。「この区域(英国)は健康と安全に関しては良い記録があり、最も有害な微生物の管理も高いレベルにある。過去20年間に英国内の実験施設から他の英国内の実験施設に送られた生物材料の荷物のうち、頼んでないのに送られたものや誤表示のものまたは無表示のものは限られた数だが存在した。しかし、これらのケースは少数であり、公衆の健康に重大な脅威は全くなかった。

 他の事故では、医療保健製品規制庁が運営している実験室で、空中を浮遊する病原体を含んでいるために注意深く管理されているはずの空気の流れの管理に失敗した例があり、他方では、同庁が運営する高度安全実験室で、インフルエンザウィルスを含む卵がトレイからこぼれ出て、床に落ちて砕け、実験室から急いで避難したという例がある。

(出典:https://www.theguardian.com/science/2018/feb/09/safety-blunders-expose-uk-lab-staff-to-potentially-lethal-diseases


■ジーンウォッチ(31) 英国における実験室事故(2)         

翻訳 長島功

 

 他の潜在的に危険な病原体は、英国の外から入ってきた。2015年に米国陸軍は、ユタ州のダグウェイ・プルーヴィング・グラウンドにある陸軍の生物化学防衛施設が生きた炭疽菌の芽胞を死滅させないままその炭疽菌をうっかり7カ国に輸送してしまったと発表した。ガーディアン紙からの情報開示の要請を受けて、米国陸軍は、1バッチ(1回分)を2007年に英国の1ヶ所の研究所に、2009年にはさらに13バッチを英国の3カ所の研究所に輸送したと述べた。2009年に送ったバッチには小瓶1つ分の輸送を求められていない病原体が含まれていた。それはペスト菌で伝染病を引きおこす細菌である。ダグウェイの科学者たちは同日このミスに気付いて英国の保健当局に前もって注意を喚起し、当局はこれらの病原体をより安全性の高い研究所に移送する計画を急いで立てた。

  元国連の兵器検査官で現在はメリーランド州でクローム・バイオセイフティ・バイオセキュリティ・コンサルティング社を運営しているティム・トレヴァンによると、安全規則違反はしばしば間違ってヒューマンエラーとして説明されているという。「規則違反をヒューマンエラーのせいにすると、なにもそこから学ぶことができなくなる。そうすると改善することにつながらない。人はもっと深いところを見てこう尋ねなければならない。『これらのミスを引きおこさせている環境要因や文化的要因は何か?』と。」

 彼は付け加える。「安全性を高めるために行うことのできる明らかなことはほとんど常に存在する。実験室での様々な問題に対処する方法の1つは、物事が重要な点で間違った方向に向かうのを傍観しないことである。すなわち、ニアミスを見そこなわないことである。つまり、物事が予想される結果にならないように、毎日または毎週のペースで自分の仕事を積極的に精査することである。これを行なえば、物事がどうして悪い方向に向かうかが理解できるだろう。」

 「もう1つのアプローチは、仕事をしている人に彼らが行うことの中でもっとも危険で困難なことは何かと尋ねることである。または彼らを夜のあいだ目覚めさせているのは何かと尋ねることである。これらのことは、物事が悪い方向に行かないように事前に対処すべき点を常に適切に指し示している。」

(出典:https://www.theguardian.com/science/2018/feb/09/safety-blunders-expose-uk-lab-staff-to-potentially-lethal-diseases