物理的封じ込め施設におけるバイオハザード対策用の強制排気システム停止に向けての調査検討企画について                           

                新井秀雄(代表幹事)

 

バイオハザード予防市民センターは、昨年1210日付で「高木仁三郎市民科学基金 2011年度国内向け調査研究助成」に表題の課題で応募いたしました。高木仁三郎市民科学基金とは、200010月に62歳でこの世を去った市民科学者、高木仁三郎氏の遺志によって設立されました。高木仁三郎氏は、自らの遺産を元に基金を設立し、彼の生き方に共鳴する多くの人々に寄付を募り会員になってもらい、次の時代の「市民科学者」をめざす個人やグループに資金面での奨励・育成を行ってほしいとの遺言を残しました。この基金の目的に当センターが取り組むバイオハザード予防に向けた調査・研究課題が合致するとの観点から幹事会で応募を検討し、応募することになりました。採択の是非は、1月末頃書類審査の結果が分かり、最終的には3月末頃選考結果が発表される予定です。選考結果は当ニュースレターでもお伝えします。今号では調査研究の趣旨を掲載いたします。(編集部)

-------------------------------------------------------------------------------

 

細菌やウイルス等の病原微生物(以下、病原体)等の取扱い施設(以下バイオ施設)において、実験者が取扱い実験中に病原体に感染、発症する事故は、バイオ施設では避け得ない謂わば職業病のように受け止められてきた。病原細菌等による実験室感染は、戦後の病原ウイルスの取扱い量が増えるに伴って、中でもとりわけ病原ウイルスによる実験室感染が増加した。現在では、病原体としての病原性のプリオンとともに遺伝子工学の急展開に伴って、組換え遺伝子と組換え体の病原性が問題となってきており、バイオハザードが憂慮されている。このため、これまで自然環境に存在しなかった組換え体を、施設外部の環境へ漏出させないで施設内に封じ込めて実験操作を行うことが求められた。その結果、世界的に「物理的封じ込め施設(P1P4施設)」と称される施設が各バイオ施設に導入され、今日にいたっている。

 物理的封じ込め施設が導入される以前の病原体取扱いは、取り扱い中に不可避的に発生する病原体のエアロゾルをガス火炎の近くの限られた小空間の中で手早く操作すること(無菌操作と称する)で行われていた。この時代にあって、取り扱い中の病原体に感染する危険が最も高いのは、当の実験者であり、バイオハザード(生物災害)とは、とりもなおさず実験室(内)感染を意味していた。この感染者に接触、交流する他の人への二次感染も問題とはなるが、この時代の一義的なバイオハザード対策は、いかにして実験室感染を防止するかにあった。その為に、実験中に不可避的に発生した病原体エアロゾルの被曝を忌避する工夫がなされてきた。実験終了後は、実験室の窓を開放してエアロゾルを室外に自然拡散させ、外部に拡散されたエアロゾルは主として太陽光線中の紫外線による殺菌を期待していた。

 物理的封じ込め施設の時代となって、実験室感染を防止する設備として安全キャビネットと称するものが開発導入された。病原体等の取り扱い実験野がキャビネット内に限定され、しかも、取り扱い中に不可避的に発生した病原体、組換え体等のエアロゾルを常に実験者から引き離すようにキャビネット内部方向へ機械的な気流操作がなされ、キャビネットに付属したへパフィルターを介して捕捉せしめてからキャビネット外に出される。無菌操作の時代に実験室感染がとくに多かった病原体に関しては、このキャビネットからのヘパフィルターを通過した気流をダクトによって施設屋上から外部へ放出する(P3施設、およびP4施設も)。これに対して、安全キャビネットのヘパフィルターを通過した気流を実験室室内へ放出する形のものをP2施設という。安全キャビネットの導入によって、それまでの病原体エアロゾルによる実験室感染が激減した。一方で、ペスト菌、炭疽菌、狂犬病ウイルスなどの病原性の特に強い病原体等、およびこれまで存在しなかった組換え病原体等を取り扱う場合には、実験施設からの漏出を防止する目的で実験室の内部を外界に対して陰圧にし、常に外界から実験室内部方向へ気流が向かう構造を採用している(P3実験室、およびP4も)。この実験室内の陰圧を保持するために、閉鎖室内から気流を機械的に外部へ強制排気している。問題は、ヘパフィルターが病原体、組換え体等を100%捕捉できず、またフィルターの捕捉機能には実質的な殺菌作用を有していないことである。要約すれば、原理的に無菌操作時代の実験者の病原体エアロゾルによる実験室感染の危険が、物理的封じ込め施設時代の現代では施設外部の生活者へ転嫁されていると言い得る。

強制排気システムを導入した物理的封じ込め施設のバイオハザードの実例は、旧ソ連時代の1979年にスヴェルドルフスク市のバイオ施設(軍施設)から炭疽菌が放出し、施設の風下数キロメートルにわたって60名以上の死者と多数の家畜死亡をもたらした惨事である。原因はヘパフィルターの装着ミスとされている。旧来の無菌操作時代には考えられなかった、起こり得なかった大惨事である。強制排気を伴う物理的封じ込め施設の導入と稼働は、世界保健機関(WHO)の指針によって世界中に普及してきた。しかし、スヴェルドルフスク市の大惨事の実例があるにもかかわらず、実験室内の陰圧保持のための強制排気システムは、未だに世界中で無批判に稼働されている。実験者の実験室感染を一義的に防止するのは、安全キャビネットの使用であって、強制排気システムの稼働は必須的なものではない。しかし、強制排気はバイオ施設による周辺生活者へのバイオハザードの発生にとって重大事である。

当バイオハザード予防市民センターは、これまでバイオハザードを予防するための市民活動をしてきた。2005年には、管理・運営に係る施設のソフト面に関して、トヨタ財団から市民活動助成を得て調査研究し「法的な基盤整備を含めたバイオハザード対策の社会システム構築のための提言活動」報告書を提出した。今回は、物理的な施設そのものに関して、とくに強制排気システムの不必要性を調査検討し、かつ実験者のバイオハザード対策についても検討し、最終的にはWHOの指針に対して提言することで世界中のバイオ施設における強制排気システムの停止を目的とした調査研究を企画することを画策している。


戻る