■科学者として                                 

新井秀雄(代表幹事)

 

風疹の流行と予防接種について

 

 風疹の流行が拡大している。2008年に全数報告疾患となって以来、昨年は2,353例と過去5年間(20082012年)で最多の報告数となった。患者の7割以上は男性であり、そのうち2030代が8割を占めた。2013年になっても流行の勢いは止まらず、3月末には昨年の報告数を上回り、5月連休直後にはすでに5,400人を超えている。

厚労省のホームページによると、昨年の国の調査では、2040代男性の15%が風疹の抗体を持っていない。これに対して、同年代の女性の4%が抗体を持っていない(この世代の女性の11%では感染予防に不十分な低抗体価であった)。

風疹は風疹ウイルスの飛沫感染によって発症するが、「三日はしか」といわれ、38度くらいの熱が2~3日続き、典型的な場合は発熱から1~2日で発疹が出るが、まったく症状がない場合(不顕性感染)もある比較的軽い感染症である。潜伏期は2~3週間、流行しやすい季節は3~5月ごろである。普通には、一度罹れば終生二度と罹ることはないとされている。ごく希に、血小板減少性紫斑病や脳炎などの合併症が起こることがあるが、予後は良好である。しかし、妊娠10週までに妊婦が初感染すると90%の胎児に様々な影響を及ぼし、とくに重篤な場合は先天性風疹症候群(CRScongenital rubella syndrome)と総称される、先天性心臓疾患、白内障、難聴などを起こす可能性がある。このように抗体を持たない、または低い抗体価の妊娠中の女性が風疹にかかるとCRSが起こる可能性がある。201210月~2013年3月までに全国で8人のCRS患者が報告された(ちなみに昨年の出生数は、約1033千人)。妊娠20週以上の罹患では、ほぼCRS発症はみられない。

このCRSの予防を第一の目的に、ワクチン接種とくに妊娠可能年齢の女子への予防接種が最重視されてきた。この予防接種は、以前は女子中学生のみを対象に行われていたが、95年以来、生後12ヶ月から90ヶ月未満の男女小児および中学生男女などの接種に変更になった。さらに今季の大流行で、妊婦への家族内感染や社会的感染機会を遮断するとして成年男子を含む幅広い年齢層への接種も勧められているようである。この変更の背景には、世の中全体を風疹から守ることによってCRS予防を画しているようであるが、これは行き着くところ地球上から風疹ウイルスを根絶しようとの無謀な考えがあるのかもしれない。

しかし、風疹それ自体は、軽い感染症であり、本来的には小児の頃に自然感染して終生免疫を獲得するのが一番の良策である。今季のような大流行は、そのための良い機会となるのではないだろうか。私個人の考えでは、品不足が懸念されている現備蓄の風疹ワクチン接種は、過去の自然感染やワクチン接種経歴があっても再感染して発症する可能性がある以上、抗体検査の結果によって必要とされた妊娠可能年齢の女性へこそ優先的に用いることでCRS予防を図るべきであり、小児その他への接種は必ずしも緊急とはならない。

今ひとつ得心出来ない点は、家族から妊婦への風疹感染を防ぐためにできるだけ早く妊婦以外の家族全員がワクチン接種を受けることを勧められていることである。風疹ワクチンは特別に選定された弱毒の生ワクチンであることから、ワクチン接種を受けた人の咽頭から一過性にワクチン株のウイルスの排泄が認められることがある。この排泄ワクチン株ウイルスが周囲の人に感染したとの確かな報告はこれまでにないとのことである。しかし一方で、禁忌として「妊婦が風疹の予防接種をうけることはできない」と断じられている。妊婦へワクチン接種することによって、特別に選定されたワクチン株による妊婦の軽い感染状態が胎児への感染を引き起こしてしまい、CRSを発症してしまう危険性があるのであろうか(例えば動物実験の成績などがあるのか)。CRSを引き起こす力が無く、しかも感染を防御できるようなワクチン株の選定・改良は不可能ということだろうか。あるいは、実際にワクチン接種後の感染防御に十分な抗体上昇が見られるまでに要する期間を考慮すると、妊娠が確定してからワクチンを接種してもCRS発症を防止するのには、すでに遅過ぎであり従ってワクチン接種は無効であるということだろうか。

CRSに対しては対症療法しかないため、CRSを防ぐには今のところ妊娠前に自然感染またはワクチン接種による感染防御状態の獲得(抗体検査で推定)が不可欠とされる。あるいは、妊婦が初感染しないように妊娠20週までは感染経路を遮断する(一般社会から隔離する)以外にない。妊娠初期に抗体検査を実施した上で、必要であればCRS発症の危険性がある20週齢の期間まで隔離して感染を遮断するのが当面の実際的具体的な対処法となる。妊娠可能年齢の女性への抗体検査による免疫状態の確認および必要な場合には追加ワクチン接種が徹底されれば、この隔離策の必要人数は激減する。

感染症の中には、緊急の抗血清投与による受動免疫の対処が有効なものもある。CRS発症に対して、妊娠初期に感染した妊婦へのこのような抗血清による感染直後の対処法の可能性はないのであろうか。このニュースレターをお読みの皆様から情報を寄せていただけたら幸いです。

■科学者として                               

米国のサルモネラ食中毒

                  新井秀雄(代表幹事)

 

米国CDC(米国疾病対策センター、Centers for Disease Control and Preventon)の7月3日の報告(注)で、4月10日頃からみられたサルモネラ血清型セントポールによる食中毒の流行が依然として終焉せず、40州とワシントンDCさらにカナダでの確認が発表された。それまで稀であった血清型セントポールによる食中毒が4月末にテキサス州とニューメキシコ州で確認されて以来、流行の広がりは全米に波及し、遺伝子解析で同一の菌が943名から分離された。分離は、一番多いテキサス州(356名)、次いでニューメキシコ州(98)、イリノイ州(93)、アリゾナ州(45)からワシントンDC(1)やケンタッキー州(1)まで様々であるが、検査が徹底すればさらに増加する可能性がある。患者は1歳以下から99歳まで、性差はなく、テキサス州で80歳代の男性が一人死亡している。生の食材に使用されているトモトの汚染が追及されている。いまのところ、この菌はミニトマトの種類や自家栽培のトマトからは見つかっていない。ファストフード大手のマクドナルドが該当種類のトマトの使用を中止した。

この食中毒は、感染後12時間から3日間で下痢、発熱、腹部の激痛を伴い、通常47日間続く。殆どの場合は特別な処置がなくてもおさまるが、幼児、高齢者、免疫不全などの抵抗力の低下した人々には劇症化が危ぶまれる。その場合は菌が腸から血中に広がって他の部位にも波及し、死亡することもある。この時は、的確な抗生物質の投与が必要となる。

CDCは、消費者の予防策として、(1)トマトを購入した後2時間以内に冷蔵すること(2)傷んだトマトの購入はしないこと、それらは捨てる(3)トマトを流水でよく洗うこと(4)生食のトマトは、生肉・鮮魚介類、生素材と分けること(5)調理で食材の種類を変える際は、まな板、皿、食器材、調理台を熱湯と洗剤で洗うように勧めている。

昨年の同時期では、この血清型のサルモネラ食中毒は全米でわずかに3名の事例しかなかった。詳細な調査と解析が今後も精力的に追及されるであろうが、かつての病原性大腸菌O157 の流行が思いやられる。気候変動の影響を考える向きもあるが、食材を介する「広い意味でのバイオハザード」の危惧はないのか、今後も事態を冷静に注目する必要がありそうだ。

夏場は、とくに生の食材の摂取は要注意。年間を通して、生卵は決して食べない(サルモネラ食中毒が怖いから)と主張する細菌学者もいます。                 

 

Investigation of Outbreak of Infections Caused by Salmonella Saintpaul

 (200874日、http://www.cdc.gov/Salmonella/saintpaul/)

 




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