国立感染症研究所の回答に対する意見書

 

国立感染症研究所所長 渡邉治雄殿

2010723

バイオハザード予防市民センター

代表幹事 新井秀雄

臼田篤伸

 

2007年に国立感染症研究所の病原体等安全管理規程が改定されたことを受け、バイオハザード予防市民センターはいくつかの疑問があったため、200946日付で国立感染症研究所所長宛てに公開質問状を送付した。しかしながら、国立感染症研究所(以下、感染研)からの529日付の回答は所長名ではなく、総務課名義であった。こうした回答では、我々の公開質問状がきちんと所内で検討され、責任ある立場の者が回答したのか判断することが出来ず、極めて杜撰な回答であったと言わざるを得ない。後日、2010329日に感染研との面談での口頭での回答によれば、所長も目を通したとのことであるが、事実であるのかどうかについては、依然、疑念が残る。こうした疑念を生まないためにも、感染研は、所長名で文書で回答すべきであった。

2009529日付の回答では、「国立感染症研究所ホームページに掲載されておりますので、ご参照いただきたく、お願い申しあげます」となっていた。我々は、公開質問状を送付するにあたって、当然、当該ホームページの内容を十分検討した上で、それでもいくつかの疑問があったため公開質問状を作成したのであり、感染研の人を馬鹿にしたような回答は断じて認めることが出来ない。

そこで我々は、再度、200910月に公開質問状を送付したが、20091130日付の回答はほぼ同内容の回答であった。ただし、今回は協議の場を設ける意思がある旨記されていたので、本来であれば文書での回答を求めるべきところであるが、このままではらちが明かないと判断したのため、2010328日、協議に応じることとした。

この協議の場での口頭での回答を踏まえて、我々の意見を述べたい。

国立感染症研究所安全管理規程13頁「別表1 付表1-1 病原体等のリスク群による分類」において、WHOの「実験室バイオセーフティ指針第3版(2004年)」にある「community risk」に相当する部分を「「関連者」に対するリスク」と改定した。感染研の回答としては、WHOの同指針の起草者にcommunityの意味を尋ねたところ、地理的な概念ではなく、「病原体等取扱者」と彼らが接する職員や家族や彼らが日常で接する近隣の人々のことであるとの返答があったため、「関連者」と改定したとのことであった。また、そのままの和訳では誤解を生ずる可能性があるとの理由で改定したと感染研は述べているが、この「関連者」というあまり耳慣れない日本語もまた誤解を生ずる語である。感染研のバイオハザードに対する考え方は、あくまでも実験室感染を基本とし、リスクの考え方も実験者からの2次感染・3次感染を想定している。しかしながら、我々は感染研が人口密集地に立地し、構造的に病原体漏出を防ぐことが出来ないことから、周辺環境においてバイオハザードが発生する可能性が常に存在すると考える。ゆえに、「community risk」は旧安全管理規程に書かれているように「地域社会へのリスク」とすべきだと考える。また、仮に感染研が想定している2次感染・3次感染を考慮しても、community riskの考え方のベースには、地域社会に実験施設で扱う病原体が常在するか否かという、疫学的観点が含まれており、現在の感染研が立地する新宿区戸山には常在しない病原体を大量に扱う感染研は、病原体の危険度分類においても、疫学的観点を踏まえるべきである。とりわけ、新宿区戸山は住宅が多く、早稲田大学や障害者施設が建っており、万が一、感染研内の研究者から2次感染・3次感染が発生した場合には、莫大な数の人間に感染が広がる危険性が存在するため、危険度分類もより一層厳しくすべきところである。したがって、「community risk」を「地域社会へのリスク」としていた旧安全管理規程の方が妥当である。仮に、実験者に接触する人間を強調したいのであれば、「関係者および地域社会へのリスク」としてもよいはずである。さらに付け加えれば、地域住民らが国(実質的には感染研)を相手に起こした裁判での2003年東京高等裁判所判決では「ひとたび病原体等が外部に漏出等するような事態が発生すれば、最悪の場合には回復が事実上極めて困難な甚大な被害が惹起される危険があるから、感染研においては、病原体等の漏出等による感染の具体的な危険性が絶対に発生しないように、あらゆる万全の施策を講じてこれを未然に防止しなければならず、平素からこれを確実に実践するように努めるべきことはいうまでもない。当裁判所としては、このような観点から、感染研に対し、諸設備・機器の厳格な点検実施、最新の設備・機器の設置・更新、徹底した安全管理体制の構築及び適宜の見直し等、安全確保のための諸施策の遵守と実践を改めて強く要請するものである」としており、安全管理規程の改定においては、この裁判所の見解が無視されたと考えざるを得ない。

また、感染研は、「漏出事故の防止方法」や地域社会へのバイオハザード発生の可能性に関して、より詳細な項目を定め、別の規則を別添として定めた、と回答した。この「別の規則」を公開するかどうかは所内のコンセンサスが得られていない、とのことであるが、我々及び地域住民はより具体的な防止策を知る権利があるので、速やかに公開されることを望む。仮に公開できないということであれば、具体的な防止策は取られていない、と我々は判断する。

感染研の回答では、バイオセーティーという用語には「バイオハザードを防止する」という概念が含まれているため、WHO及び諸外国では「バイオハザード」という用語はあまり使われなくなった、としている。しかしながら、ハザードランプやハザードマップという用語は日常的に使われており、災害の原因としても「ハザード」という用語は一般的になじみ深い。事実、国際的にも「バイオハザード標識」は使われており、感染研においても、各実験室に掲げられている。我々や地域住民は、感染研から起きるバイオハザードを懸念しており、バイオセーフティーという用語には「実験室安全対策」というニュアンスを強調しているもののように感じられ、地域社会との関係における災害を考慮すべき事柄に関しては、バイオハザードという用語が使われるべきだと考える。

最後に、感染研はWHOmanualは、本来は「ガイドライン」または「ガイダンス」というべきもので、それ自体がすべての国に適用できる性格のものではなく、それぞれの国の特殊性(地理的等の条件を含む)を踏まえて、各国がWHOの指針を参考にしてその国独自の指針を作成すべきであるとの立場を取っている、と回答した。しかしながら、「その国の特殊性」とは、技術的・経済的な問題から安全対策を十分に講じることが出来ない、発展途上国などを想定しているのであって、日本の技術力を持ってすれば、WHOmanualが述べる事柄は十分達成可能なものである。とりわけ、感染研は常日頃からWHOはじめ諸外国との連携を強調し、研究水準も国際レベルであることを自負しているのであるから、安全対策だけ都合よく、WHOmanualに従う必要がない、というのは筋が通らない。寧ろ率先してWHOmanualを守り、国内の他のバイオ施設に対して範を示すべき立場である。さらに、感染研は新宿区戸山という、国内でも有数の人口密集地に立地しているのであるから、より厳しい安全対策をとるべきである。

以上