感染症法改正案についての見解

                          2006年4月28日                                        

バイオハザード予防市民センター   

代表幹事 本庄重男 新井秀雄  

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 政府は今年3月、通常国会に「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律等の一部を改正する法律案」(以下「感染症法改正案」という)を提出した。

 

 「テロの未然防止に関する行動計画」(0412月)に基づく政府の感染症法改正の動きについて、私たちは昨年10月、

@バイオハザード対策の立法化を含む社会システムの構築を求める

Aバイオテロ対策に名を借りた情報の国家秘密化、監視社会化、基本的人権の侵害に反対する

Bバイオテロ対策を名目とした感染症法改正に反対する

 という3点を柱とする声明を発表した。(詳細はHP参照のこと)

 

 今国会に提出された改正案について、WHOガイドライン・最新の公式文書などを踏まえ、私たちは改めて以下のことを表明するものである。国会における改正法案の審議において私たちの見解についても充分な検討が加えられ、改正法案に反映されることを求めるものである。

 

1.今回の改正には生物テロ対策をふくむことになっているが、それは根本的に誤りであると、私たちは考える。

 思うに、バイオハザードは非意図的に発生するものである。すなわち、それは病原体等を取り扱うことを任務としている個人や機関における事故(過誤)や規則違反等により不作為的に発生する可能性が最も案ぜられる災害である。過日のSARS流行終熄後における、実験室感染事故の発生(シンガポール、台北、北京)を顧みても、このことは明らかである。他方、バイオテロなるものは、特定の個人や組織のみならず不特定多数者に対して加害や社会的撹乱を引き起こすことを目的として、ある個人や組織が、意図的・作為的に実行する反社会的・犯罪的行為である。

 確かに、バイオハザード一般の防止のためには感染症法のような法律は必要かつ有効であると考えられるが、他方、バイオテロの防止の基本は、テロ実行の意図を持つ人間や組織が発生しないような政治的・社会的・教育的・思想的措置を執ることである。そして、後者の場合、行政上の必要に応じ警察権力を発動することは止むを得ないと考えられるが、前者では警察権力の介入は絶対に避けねばならない(第2次世界大戦の戦前・戦中のわが国の公衆衛生・伝染病対策は、不幸にも、人権無視の警察行政の一環であったことを今改めて想起する必要あり)。

 端的に言って、感染症法はバイオハザードの発生予防および被害の拡大防止には役立つ法令であるが、バイオテロの防止に役立つものでは決してない。バイオテロ防止のためには、もし本当に必要なら、別の立法措置を執るべきである。今回の感染症法改正に大急ぎでバイオテロ対策を便乗させることは許されない。そもそも、“バイオテロ”の明確な定義さえされていない法案は、それだけでも欠陥法案である。

 

2.結核予防法を廃止し、感染症法の枠内に結核を取り込むことについても、私たちは反対である。わが国で、結核予防法が公衆衛生の維持・向上にとり果たしてきた歴史的役割、および、現に果たしている役割は極めて大きいと見られる。今日国内で年間3万人近い患者の発生と2千人を越える死亡者が発生しているような感染症は他に例が無い。世界的に見れば、億単位の人口が結核菌に感染しておりそのうち数百万人が活動性の結核患者と推定されている。結核菌の伝播様式を考えると結核は今日なお公衆衛生的に最重要視されるべき感染症である。だからこそ、結核緊急事態宣言(1997年7月26日、厚生大臣)が発せられたのではなかったか。その宣言が撤回されることもなく、結核予防法を廃止するというのは、如何にも場当り的である。厚生労働省は、今や結核感染者や患者への保健・福祉政策を対生物テロ政策の枠内で処理し、それらを警察権力の手中に握らせようとするものの如くである。すでに、多くの結核専門医・病院勤務医・学者・公衆衛生技術者等が、個人としてもそれぞれ所属の団体組織としても、反対乃至批判的意見を次々に公表しているにも関わらず、厚労省が廃止を強行しようとする真の意図は一体何か? 国民を納得させる説明の自信はあるのか?

 

3.「病原体等の類型」の(一)で、「病原体等」とは感染症の病原体及び毒素とすること(第六条第十六項関係)と規定されているが、それでは不十分である。“病原体の病原性に関わる遺伝子および毒素産生遺伝子”も含めねばならない。今日では遺伝子工学的手法による病原体の実験や試験は日常的に行なわれている。たとえば、病原体から抽出された遺伝子DNAやメッセンジャーRNAは一般に、いわば無生物(高分子化学物質)として取り扱われている。それらの試料が、研究者間や検査機関間での交換や追試のための提供さらには民間企業目的(たとえば、ワクチン製造)での利用のために輸送(郵送をふくむ)される機会も多い筈である。もし、それらが不注意に取り扱われて輸送途中で漏出し、非病原性の微生物(ウイルスや細菌)に遭遇して取り込まれ、形質転換を引き起こし病原性微生物が新生されたら一大事である。このような原理的可能性をも考慮し、「病原体等」の概念規定を病原性遺伝子や毒素遺伝子を含むものに拡大すべきである。

 なお、20043月に発行されたWHOガイドライン「病原体等実験施設安全対策必携」第3版では、新たに組換えDNAの安全な使用についても言及されている。

 

4.「国際的動向」を踏まえ、WHO指針、勧告に合致した法規定を

 政府及び関係省庁は、ハンセン病やBSE問題などでWHO勧告の軽視や黙殺により多大な犠牲と混乱を国民に及ぼしたことを真摯に受け止めなければならない。

 「WHOバイオセーフティプログラム」では、実験室感染から周辺住民への感染の拡大の防止がバイオセーフティであるとされ、2005年の「第58回世界保健総会決議」ではこのバイオセーフティの実現のために日本をはじめとする加盟国がWHOの勧告、指針を遵守することを定めた。「病原体等実験施設安全対策必携」第3版は、施設の設置前に建設審査を受けることを義務付け、周辺住民を安心させる安全対策上の設備の設置と施設設計を要請している。

 病原体等を取り扱う施設が、周辺地域へのバイオハザードの発生源となる危険性があること、WHO勧告、指針に合致したバイオハザード予防の法整備が日本にも要請されている。

 これらのことから、本法案について以下のことが確認されねばならない。

 @ 基本理念(第2条)の「人権の尊重」の「人権」には、患者のみならず、周辺住民の人権も含むこと。

 A 周辺住民の人権尊重の観点からも、施設の安全性に関する徹底した情報公開と説明責任が周辺住民に対して果たされねばならない。従って、情報の公表(第16条)の対象は、感染症情報に留まらず、施設の管理の実態(第4節、第5節)も含まれること。

 B 施設から外部への感染の予防、周辺住民の安心確保の観点から、実効性のある施設基準が策定されること。(下記の「7」項参照)

 C 上記の2つの文書、「病原体等実験施設安全対策必携」第3版、「保健関係施設の安全性」などWHO勧告、指針などを本法案が満足していることが検証されること。

 

5.国および地方公共団体が人権を尊重しつつ、施策が講ぜられると謳ったことは是認できる。しかし、具体的に、たとえば、強制入院させられた場合の入院諸経費や休職中の賃金や失職中の生活費等々の国家乃至地方公共団体による保障が明記されない限り、「人権尊重」は画餅である。昔のハンセン病患者への国家権力による人権侵害の歴史を繰り返すことがあっては絶対にならない。

 

6.「所持者等の義務」の項の(五)および(十一)において、“滅菌譲渡”という語が使われているが、聞き慣れない用語である。そもそも、研究者間で菌株やウイルス株を交換したり譲渡するときは、生きた菌やウイルスを遣り取りするのが普通である。それ故わざわざ滅菌しては譲渡の意味が無いことになる。“滅菌譲渡”とは“滅菌または譲渡”のことなのか? それとも“滅菌後の廃棄”を意味したかったのか? 何れにせよ意味不明確な用語を法律文で使うことは過ちを招くと思われる。もし、どうしても“滅菌譲渡”という造語を使うのならば、その意味・内容をきちんと規定して貰いたい。

 

7.施設の規準などを定める厚生労働省令について

 法案第56条の2425では、施設の位置、構造及び設備、特定病原体の保管、滅菌等について厚生労働省令で定める技術上の基準に適合するように維持あるいは必要な措置を講じなければならないとしている。

 この厚生労働省令では少なくとも以下のことを規定する必要がある。

(1) 地震国日本では大地震動時において、病原体類が施設周辺に漏洩しバイオハザードに至ることを予防しなければならない。建築基準法で定める耐震基準は、大地震に対しては人命の安全確保に重点を置いており、病原体類の漏洩の予防までは配慮していない。

  そこで、阪神・淡路大震災の教訓を受け、1996年に当時の建設省は「官公庁施設の建設等に関する法律」に基づく「官庁施設の総合耐震計画基準」(以下「96年耐震基準」という)を定め、「病原菌類を貯蔵または使用する施設及びこれらに関する試験研究施設」については、施設の立地や配置、構造、設備などに関して最も厳しい耐震安全性を求めた。厚生労働省令では、施設の耐震安全性については、96年耐震基準を遵守することを明記すべきである。

(2) 全国の病原体取り扱い施設の「規範」となるべき国立感染症研究所の安全管理規程については、以下の問題点がある。これらの点が省令において正されねばならない。

 @ WHO指針内容を満足しない。

A バイオハザード対策キャビネットの現場における性能試験内容が明記されていない。

 B 「除菌」を保障するHEPAフィルタの現場における性能試験内容が明記されていない。

 C 耐震安全性の規定がなく、火災時、停電時においては病原体等の漏洩の可能性がある。

 D レベル2、3を扱う室の実験排水の滅菌処理規定がない。

 E レベル2、3においてオートクレーブの設置に関する規定がない。

 F 自治体(消防、保健など)や周辺住民との関係に関する規定がない。

以上