■科学者として                               

新井秀雄(代表幹事)

ノロウイルスによる急性の感染性胃腸炎について

 

 冬場の食中毒症状といえばノロウイルス(これは属名であるが、報道などで慣例的に使われている)によるものがよく知られている。世界的に20062007年に大きな流行の山がみられたが、今季になって再び多発している。この冬は、新しい変異株のノロウイルスによる急性の感染性胃腸炎の流行が本邦および欧米でも増加しているようだ(http://www.promedmail.org/direct.php?id=20130103.1480475)。

1968年米国オハイオ州ノーウォークの小学校で集団発生した急性胃腸炎患者から初めて分離されたウイルスが、電子顕微鏡観察で小型の球形を呈しており、その後各地での感染性胃腸炎発生例から分離蒐集された株の遺伝子解析によって、現在では大きく2つの遺伝子群とその下に多数の遺伝子型が分類され、各遺伝子型にはさらに複数の血清型がみられている。今回の流行株は、これまでに見られたgenotypeU.4の新しい変異株とすると、以前にノロウイルスに感染した経験のある人も今回再び感染してしまうかもしれない。ウイルス粒子10個〜100個の少数摂取(経口感染、塵埃感染等)でも小腸で増殖して発症し得るとされるほど感染し易いノロウイルスだが、その病原性は強いものではない。感染後12日で突然の吐き気と繰り返す嘔吐、下痢、腹痛、軽度の発熱等が見られるが、脱水に対処すれば大抵は1,2日で回復するし後遺症も知られていない。しかし、その後無症状のままかなりの長期間感染性のウイルス排出がみられる。老人、乳幼児など免疫(体力)の低下状態での感染では、稀に死亡例もみられるが、その場合でも吐いたもので喉を詰まらせるとか誤嚥性肺炎などの二次的な原因によることが多い。今季の流行株が特別に病原性の強いものに変異しているわけではなさそうだ。

急性胃腸炎の他に、感染しても発症しない不顕性感染や、この時期の多種類の風邪症状の中にはこのウイルスの感染によるものもあるようだ。しかし、いずれの場合にも強い免疫の獲得は期待できず、予防ワクチンもない。今のところ、このウイルスによる発症はヒト以外では見つかっていない。冬場の発症例が多いことから生牡蠣等の魚介類摂食による感染経路が注目されてきたが、現在では生牡蠣からのウイルス分離は減少し、このウイルスによる食中毒の原因食品がはっきりしない症例も多い。無症状のウイルス保持者本人が気づかないままに調理、運搬等の過程で多様な食品や飲料水が汚染され、あるいは汚染した衣類、寝具、家具などを介して感染が広がる例が多いと考えられる。基礎医学的には、ヒト腸管細胞を使った特殊な技術による培養の報告例はあるが一般的でなく、未だに手軽に増殖できる培養細胞系が無い。また動物感染実験も成功していない。個々の生活で、日頃からの健康保持、体力(免疫力)保持が大事となるようだ。

 糞便の海上直接投棄のない本邦では、牡蠣などの魚介類の生物濃縮による汚染が下水場の処理水に起因するとも考えられる。まずは、下水処理場でのウイルス不活化(除去)の確認検査をする必要がありそうだ。 


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