20148月 28

日本学術会議提言(2014320日)「我が国のバイオセーフティレベル4

BSL−4)施設の必要性について」に対する意見書

               
                  バイオハザード予防市民センター

代表幹事 新井秀雄 臼田篤伸

http://www.biohazards.jp/

             (連絡先)〒260-0802

千葉市中央区川戸町308-10(長島方)

    TEL&FAX043-266-2495

 

 目次

 はじめに

1.                            国内のBSL-4施設の現状、法規制の実態

2.                            日本学術会議提言(1)〜(5)についての当センターの意見

  2-1.提言(1)(2)について

  2-2.提言(3)について

  2-3.提言(4)について

  2-4.提言(5)について

 3.日本学術会議への要望

 

 

はじめに

 

 日本学術会議は2014320日付の提言「我が国のバイオセーフティレベル4(BSL-4)施設の必要性について」(以下「提言」という。注1)を公表している。提言の趣旨は、「いつ侵入してもおかしくない、あるいは、人為的にバイオテロとして使われるかもしれないBSL-4病原体から国民の生命の安全を担保するために、危機管理の観点からも早急に国内にBSL-4施設を整備する必要がある」とする立場から、BSL-4施設の機能、設備内容、立地、自治体及び地域住民への対応、国の運営責任について「5つの提言」をしている。

注1:http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-t188-2.pdf

 

 バイオハザード予防市民センター(以下、「当センター」と言う)は、国立感染症研究所(東京都新宿区戸山)に起因するバイオハザード(生物災害)の発生を憂慮して周辺住民や大学教職員が起こした実験差し止め裁判に連帯する過程で、様々な職業、専門分野の人々によって19993月に設立された市民組織であり、予防原則と住民の生命の権利の視点からバイオ施設(とくに病原体、遺伝子組み換え実験施設)に対する法的・社会的規制の確立を目指して取り組んできた。200611月には、「我が国におけるP4施設の設置に関する当センターの見解」(http://www.biohazards.jp/参照)を発表した。

 

今回は、この2006年の当センターの見解及びその後の状況の変化を踏まえて、日本学術会議「提言」に意見を提出するものである。

 

1.国内のBSL-4施設の現状、法規制の実態

@BSL-4施設の現状

現在国内には、すでに2つのBSL-4施設がある。一つは、理化学研究所が所有する筑波研究学園都市(茨城県つくば市)にあるBSL-4施設であり、今一つは、厚労省所管の国立感染症研究所(以下、「感染研」)のBSL-4施設(武蔵村山市所在)である。

前者は、基礎生物学的な遺伝子組み換え実験施設として建設されたものであり、当初から病原体の取扱いは目的とされず、その後の遺伝子組み換え実験の規制緩和の中で稼働を継続する必要がなくなったまま現在に至っている。これに対して後者の「感染研」BSL-4施設は、1981年に建設されたが、施設周辺の住民や市議会等の反対によりBSL-4施設としての稼働が実質的には出来ない状態のまま現在に至っている。

この間200612月には、バイオテロ対策を盛り込んだ感染症法が改定公布された。この頃から、既存のBSL-4施設の稼働と新たな施設の必要を求める声が出され、その結果、20094月には、「感染研」の既存BSL-4施設の大改修工事も完了し、従来のグローブボックス型に加えて最新式の宇宙服型の設備が完備された最新式施設になった。しかし、上述のように周辺住民と市議会の継続した反対により、生きたBSL-4病原体を国外から導入して取り扱う実験は、現在まで実施されてはいない。

 

A2つの確定判決の教訓

国立感染症研究所戸山庁舎(東京都新宿区)P2・3実験差し止め訴訟(原告敗訴、1989年〜2005年、以下「感染研裁判」という)と日本たばこ(JT)医薬総合研究所(大阪府高槻市)情報公開訴訟(原告勝訴、1996年〜2005年、以下「JT裁判」という))の2つの確定判決は、バイオハザードの危険性、未然防止・情報公開の意義について次の4点を認定した。 

 第一に、病原体微生物や遺伝子組み換え微生物などを扱うバイオ施設には、潜在的な危険性があること。

 第二に、その危険性の中身について、「ひとたび病原体等が外部に排出し、漏出等されるような事態が発生すれば、その病原体等の病原性、感染力、漏出量及び伝播の範囲等の条件如何によっては、最悪の場合には回復が事実上極めて困難な甚大な被害を招来する危険性があることは何人も否定できないであろう」としたこと。

 第三に、それ故、漏出防止のため現代の最新の科学的知見と万全の施策を講じて未然防止に努める必要があること。

 第四に、未然防止のためにもまた広く国民の理解と協力を得るためにも、情報公開には大きな意義があること。

 

B改正感染症法の有効性

バイオ施設の立地や病原体の取り扱いを直接規制する法律はなかったが、2007年には改正感染症法が施行され、病原体等の取り扱い及び施設の基準が定められた。しかし、前項の確定判決の教訓を活かすものではなく、以下のような致命的な問題点がある。

 

・非意図的な病原体等の排出を対象とするバイオハザード対策ではなく、意図的・作為的な反社会的・犯罪行為つまりテロ行為を対象とする対策(テロ対策)としてつくられた。

・情報の管理、監視に重きが置かれており、地方自治体との対等な連携や国民との情報共有などの規定はない。

・WHO規定の遵守の規定はなく、立地や耐震安全性についても、当初案では、第一種〜第四種病原体を使用する実験室(検査室含む)が設置される施設は、「地震対策を行い、地崩れ及び浸水の恐れの少ない場所に設ける」とし、「平成6年建設省告示第2379号」の基準対象としていたが、結局、第四種病原体(BSL-4レベル)のみが対象とされた。その理由は、第27回厚生科学審議会感染症分科会議事録(200662日、倉田毅分科会長)によれば、既存のバイオ施設の多くが耐震性不足となるので見送ったことが推察される。つまり、「漏出防止のためにも現代の最新の科学的知見と万全の施策を講じて未然防止に努める必要がある」とする確定判決の指摘が一顧だにされなかったことになる

 

 

2.日本学術会議提言(1)〜(5)についての当センターの見解

-1.提言(1)病原体分離と検査のBSL-4施設の必要性、および(2)最新設備を持ったBSL-4施設新設の必要性について

 

@ 「提言」にある新設のBSL-4施設

学術会議の「提言」にある新設BSL-4施設は、最新の設備を持ったBSL-4施設を非稼働状態のままで国内に存在させること自体を目的としたものではないことは明白である。したがって、「提言」にいうBSL-4施設の新設とは、現在国内には存在しない最高危険度の病原体であるBSL-4に分類される病原体(以下、「BSL-4病原体」)、例えば致死率の極めて高いエボラ出血熱などの病原体を生きたまま(増殖しうる状態で)施設内に持ち込み、各種の実験で実際にこれら生きた病原体を取り扱うことを意味する。つまり、学術会議の今回の「提言」は、現在国内に存在しないBSL-4病原体の単なる保管維持施設ではなく、増殖実験、動物感染実験、遺伝子組み換え実験等々の各種実験が日常的に実施される施設の建設を求めたものである。

 

A BSL-4病原体による感染症の診断

19873月、アフリカのシエラレオネから帰国した人にラッサ熱の疑いが持たれ、当該患者から採取されて不活化された被験試料を米国へ送って診断を依頼した。爾来、BSL-4病原体による感染症の診断が国内で実施できる検査体制が「感染研」で確立され、現在に至っている。患者から採取した後で厳密に不活化した被験試料による診断は、BSL-3以下で実施できるからであり、この診断にはBSL-4施設を必要としない。生きた病原体を検出することによる確定診断は、結果が出るまでかなりの日数が掛るから、確定診断の結果が出るまで待つことなく、早期診断によってBSL-4病原体の国内侵襲をなんとしても阻止するための迅速な現実的対応が求められるわけである。もちろん早期診断を含めて各種の診断技術は、絶対的なものではないから、感染が疑わしい場合は検疫施設に隔離され、一定期間の経過観察がなされることになる。

 

B BSL-4病原体の国内侵襲阻止と検疫

現在、BSL-4病原体の感染流行が懸念される地域からの帰国者のほとんどは、成田空港または関西空港から航空機で入国する(ただし米軍関係の基地経由の入国に際しての検疫は不明)。BSL-4病原体の国内侵襲を阻止するうえで最も重要なのは、言うまでもなく侵入門戸での検疫である。したがって、検疫によって迅速な診断と隔離対応ができる体制が必須であり、侵入門戸にある検疫施設に病院機能も併設された総合的な国内への侵襲を阻止する体制が求められる。 BSL-4病原体の国内侵襲阻止を実現することと、国内にBSL-4施設を建設、稼働することとは直接の関係はない。この意味では、現在世界各国に数十箇所のBSL-4施設があるが、しかしBSL-4施設とその稼働がない国々が未だに圧倒的に多い。国際的な感染症の流行を阻止するためには、的確な情報の共有をはじめとする国際的な協力体制が不可欠である。

現実には、1987年のラッサ熱疑いの事例(後になって血清学的にラッサ熱であったと診断された)以外、その後30年弱が経過している今日まで、国内でBSL-4病原体による侵入が疑われた実例は皆無である。このことが、「感染研」の既存BSL-4施設が実質的に稼働していない事態が現在も維持されている原因の一つである(一方で、必要があれば何時でも強制的に権力を持って稼働させると嘯く当局関係者がいるのも事実である)。

 

C BSL-4施設と基礎研究

現時点におけるBSL-4施設稼働の必要性は、何よりもBSL-4病原体に関わる感染症の基礎研究者が求めているものであり、BSL-4病原体感染症の国内侵襲を阻止するための実際面での必要性ではない。むしろ、現在国内に存在しないBSL-4病原体をBSL-4施設にわざわざ持ち込んで実験研究するのは、施設からの直接の漏洩、排出や二次感染等のバイオハザードによる取り返しのつかない事態が引き起こす可能性を憂慮せざるをえない。この点について、例えば現在世界中から天然痘は駆逐されているが、その天然痘の原因ウイルス(BSL-4病原体)は、現在、米国とロシアにある2箇所以外の実験施設からはすべて人為的に滅殺された。現在でも、不慮のバイオハザード事態発生を考えてこれら2国からも消去することの意義が議論されることがあるようだが、少なくともこの2国以外にも保管維持しようとする国際的な動き(それは当該2国から生きた天然痘ウイルスを移送し、国内のBSL-4施設で増殖させてから保管することになる)はない。

 

D BSL-4病原体の感染症と国際協力

現在、アフリカの中西部で流行中のエボラ出血熱をはじめ、地方病的に地域限定的なBSL-4病原体の感染症の流行の拡大をいかにして阻止し防遏するかは、基礎研究者の知識欲や利害を超えた切実な問題であり、国際的な協力の下に実施されるべき事柄である。その為には流行現地での対応ができる施設(隔離と病院施設、診断や治療、予防そしてBSL-4感染症に関する現地での研修施設)、およびこれと密接に連携する現地での基礎研究施設の拡充と維持に最大の国際協力がなされるべきである。

 

E BSL-4病原体感染症の拡散によるバイオハザードの危惧

世界各国の国内に生きたBSL-4病原体を移送して実験研究することは、かえってバイオハザード発生の機会を増加させることになり、また今日的な問題としてはバイオテロの危惧も増加する。つまり、BSL-4施設は、流行現地に密着して建設、稼働されるべきであって、世界各国の国内で稼働すべきものではない。地域限定的なBSL-4病原体とその感染症を拡散させずに現地にて対応すること、そしてそのための人的、資金的な国際協力によるBSL-4関連の総合施設とその稼働こそが時間的、空間的にも最善である。

 

F むすび

国際協力により、流行現地においてBSL-4施設を稼働させることこそが必要であるのは確かである。

しかし、BSL-4病原体の国内侵襲を検疫で阻止しえたとしても、バイオ実験研究施設からのバイオハザードを阻止するためには、根本的に国内にBSL-4病原体が存在しない状態を維持するのが最善である。今現在あえて国内でBSL-4施設を新設し、稼働することは全く不必要である。

なお、検疫施設であれ、BSL-4施設由来であれ、ひとたびBSL-4病原体が国内へ侵襲し流行が拡大して大惨事の事態になってしまったら、国内のBSL-3関連施設等で対応することになる。その時は、実質的なBSL-4稼働施設が国内にないから自分たちには対応できないとBSL-3施設等の実験研究者たちが逃避することも考えられる。管理当局の事前の配慮が必要である。  

-2.提言(3)BSL-4施設の立地について
 提言は、BSL-4施設の立地について、大学等の研究機関がある等、科学的基盤が整備された場所を推奨し、地震など自然災害による不使用状態に備えて複数の地域に建設することが望ましいとしている。大学等の研究機関の多くは都心など人口密集地に立地する。この提言は、人口密集地へのBSL-4施設の立地を推奨するものである。また、病原体漏出防止の観点からも地震、台風、津波、山崩れ、土石流、洪水、火山の噴火など自然災害で施設が利用できなくなる事態があってはならない。
 
「WHOバイオセーフティプログラム」(2005年)では、実験室感染からの周辺住民への感染拡大の防止がバイオセーフティであるとされ、2005年の「第58回世界保健総会決議」では、このバイオセーフティの実現のために日本をはじめとする加盟国がWHOの勧告、指針を遵守することを定めた。
 提言はバイオ施設の立地条件の重要性についてあまりにも無知・無関心である。


-3.提言(4)地元自治体、地域住民の十分な合意を得ることについて

 提言にある「コミュニケーションを準備段階からとり、十分な合意と理解と信頼を得つつ進める」ことに異存はない。

但し、なぜ、地方自治体、住民が反対したのかの考察が乏しい。

住民が異議申し立てを行った主な理由は、以下のようなものである。

●バイオ施設そのものがバイオハザード(生物災害)の発生源となる潜在的な危険性があること。すなわち施設の立地が重要であり、少なくとも人口密集地への立地は認められない。

●バイオハザードが以下のような特徴を有し、その被害が甚大かつ深刻であるにもかかわらず、本来尊重されるべき「予防原則」が軽視されている。
 ・バイオハザードの原因を迅速に確定することは困難である。

 ・排出された病原体は、一定の条件のもと、増殖の可能性を持ち、さらに二次、三次感染の可能性を持つ。

 ・不顕性感染による病原体の一層の拡散の可能性がある。

 ・とりわけ発生の初期には因果関係がわからず被害だけが悪化、拡大する可能性がある。

 ・リスクの定量的な把握は困難である。

●生物災害を防止するための施設の立地要件、耐震安全性などに関する法制度が未整備である。

●施設内での杜撰な安全管理の実態がある。

 

 単に説明会や意見交換の場を設ければ良いというのではなく、まず、すべての安全情報が開示され、それに基づく徹底した対話が保障されねばならない。

そもそも施設事業者側には、予防原則と住民の生命の権利を最大限尊重するという組織理念・風土の有無が問われねばならない。

 そして、地方自治・市民自治に相応しく、当事者(地元自治体、地域住民ら)に施設の安全性を評価し、施設計画の可否を決定する権限が与えられねばならない。

 

-4.提言(5)国が管理・運営に責任を持つことについて

 

 これについても用心深さと注意が必要である。

 病原体等の施設からの漏出と感染が、事実上回復の極めて困難で甚大な被害を招来する危険性がある。そこに予防原則が尊重されねばならない根拠がある。

 国は、予防原則に従い、管理・運営の責任主体にふさわしい知見を備え、制度(安全情報の管理、査察、罰則の規定など)を整備していることについて自治体や住民に対し説明責任を果たさねばならない。

 そして、施設の可否を決定する一方の当事者は地元自治体・住民であることが確認されなばならない。

 

3.日本学術会議への要望

 

 以上を踏まえ、日本学術会議に対し、以下の事を要望する。

日本学術会議は、原発事故などを踏まえ、「高度に発達した科学の内包する危険を自覚し、その回避のために叡智を結集するために具体的にとりくむ」ことを明言している。

「人間の生命(健康を含む)、自由、幸福追求の権利」を最大限尊重する立場から真摯な対応をお願いしたい。

 

@  本意見書を踏まえ、「提言」内容を見直し、再検討していただくこと。

A  当センターの意見書について、見解を表明していただくこと。

B  当センターとの意見交換の場を設けていただくこと。

以上

 

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