■日本にP4施設は必要か                            

新井秀雄(代表幹事)

 

はじめに:今年度の当センター総会時のシンポジウムにおいて標記の話題で私の個人的な考えを話題提供しました。内容的には、今年の3月に長崎大学内で実施されたP4施設の学内建設に反対する学内外の方々向けの学習会に用意していたものが基になっており、結論的には今の日本の現状下ではP4の稼働(建設)を必要としていないということに尽きます。

 

1.     P4と国際伝染病

 ラッサ熱、マールブルグ熱、エボラ熱のような国内に存在しないいくつかの伝染病は、「国際伝染病」(その病原体取扱いはいずれもP4施設でのみ可能)と名付けられた。いずれも現在では「1類感染症」と「検疫感染症」の中に入っているが、@日本には常在していない、A感染力が強く、致命率が高いB治療法、予防法が確立していない感染症である。国内では未経験の重篤な感染症であり、もしも国内に侵襲すると大災害発生の可能性があるとされている。

2.     国内のP4施設−国立感染症研究所(以下、感染研と略)

国際伝染病に対応できる研究施設として1981年に東京都武蔵村山市にある感染研支所内に建設されたが、地元住民と市議会の反対により実質的なP4施設としての稼働は現在も停止中である。2001年アメリカでの炭疽菌郵送事件のあと、07年に生物テロ対策を盛り込んで感染症法が改定され、この感染研のP4施設は大改修工事が行われた。しかし、P4施設の本来の稼働は依然として停止のままである(詳細は当会ニュースレター第56号の須藤博氏の記事を参照されたい)。

3.     国際伝染病の国内侵襲を阻止する実際的な対応

国内に存在しない国際伝染病を国内に侵襲することを阻止する実際的な措置が「検疫」となる。検疫の体制があれば侵襲を100%阻止できるわけではないが、先ずは国際協力(流行状況の情報公開と流行地への接近禁止等)の下に、国内への侵襲を検疫機関の区域内に限局することが求められる。同時に、国際伝染病の流行地での限局化対策が重要であり、この面での国際協力が欠かせない。

4.     国際伝染病由来の生物災害を防ぐ

国内に侵襲する以前の対策は、検疫が最重要となる。19873月にシエラレオネから帰国した人にラッサ熱の疑いがあった。ウイルスの培養と分離はできなかったが、結果的にラッサウイルスに対する抗体がみられたことよりラッサ熱と診断された。患者本人は回復し、また二次感染もみられなかった。その後すでに四半世紀が経過するが、この事例以外の国際伝染病の国内侵入例はない。現在、国際伝染病の診断に関しては、感染研においてウイルス遺伝子、抗原、抗体等の検出および検出法もマニュアル化されており診断はいつでも可能な体制になっている。病原体の生のウイルス分離は、P4施設が使用できない現状では不可能であるが、たとえ出来たとしても時間がかかる。実際には、より迅速な病原体遺伝子検出法等の手法によって診断し、直ちに適切な処置をすることになる(しかし、幸いなことに、このような緊急事態はこの25年間一度も発生していない)。患者の救命努力と国内侵襲を防ぐ措置は緊急であり、時間のかかる生ウイルス検出による確定診断を待つわけにはいかない。

万一に、検疫バリアーを突破して国際伝染病が国内に侵襲し流行が国内に蔓延する事態が発生してしまった場合には、国内の各所にあるP3施設にて診断して、それ以降の対応をすることになる。この時点で病原体ウイルスは国内に拡散していることになり、その対応は各所で随時臨機応変的に対処せざるをえない。具体的には、特定指定病院以外にP3施設を持つ通常の感染症対応病院をも別途に緊急に指定して隔離することになる。

5.     日本においてP4施設の稼働は必要か。

事実としては、1987年に感染研にP4施設が建設されて以来、実質的にP4施設としては

使用されず、これまで特段の不都合もなかった。これは、国際伝染病を流行地現地で対応し、謂わば「風土病」的に流行地に抑えこむことで拡散させないための国際的協力が効果的であったことの結果とも言える。限局して拡散させない事例として、天然痘ウイルスは現在米国とロシアの特定の施設に「保管」されている以外には存在しないことになっている。かつては、国内の研究施設等でもこのウイルスの取り扱いはあったが現在は処理して皆無となっているが、今後米露の2施設から天然痘ウイルスを輸入して国内のP4施設で生ウイルスを取り扱うどのような必要もない。同様に現在診断法が確立している国際伝染病の原因病原体ウイルスを国内へ輸入して取り扱う理由もないと考える。もしも必要があれば、流行現地での国際的な協力機関においてなされるのが最も妥当であり、そのための予算的、人材的、施設資材的な国際協力に今以上の協力が望まれる。とりわけ志ある国内の若い研究者の現地機関への参画と援助を公的に支援されたい。

6.     生物テロ対策とP4施設

現在、世界中で40箇以上もあるといわれるP4施設の多くは、2001年のアメリカでの同時多発テロ直後の炭疽菌郵送事件以降のP4建設ラッシュによって設置されたようである。生物テロに使用される生物兵器の病原体に国際伝染病ウイルス等ないしはその遺伝子操作体が考えられていることはありうる。生物テロ対策の名目で今後もP4建設(稼働)が進むと思われる。

 

おわりに:個人的には、P4施設での科学的基礎実験を全否定するつもりはない。ただ、そのP4施設の立地条件が問題であり、今の日本に必要とは考えていない。

意図的な生物災害(生物兵器)との関連でのP4施設は、今後国内でも問題となることと思われる。

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