20061115

我が国におけるP4施設の設置に関する当センターの見解

バイオハザード予防市民センター

代表幹事 本庄重男 新井秀雄

  

目次

  はじめに

  1.世界のP4施設の設置状況

  2.我が国におけるP4施設の設置に向けての動き

3.我が国におけるP4施設の設置の条件

    〜予防原則と住民の生命の権利の視点から

 

はじめに

 

 近年、エボラウィルス等バイオセーフティレベル4の病原体が引き起こす有効な治療法のない新興感染症が次々と発生している。また、SARSをはじめとする未知の病原体やヒトからヒトへ感染する可能性が危惧される高病原性鳥インフルエンザウィルスの出現はつい最近ことである。これらのエマージンングウィルスの研究やそれに対するワクチン開発のためには、最高度の封じ込めを可能とするP4実験施設が必要であり、このため途上国を含めて世界の数ヶ国でP4施設が次々と設置され、また建設が計画されている。

 他方、2001年に米国で発生した炭疽菌テロを契機に、バイオテロまたは生物兵器に対処するためのバイオディフェンス(生物兵器対処)研究を専門的に行うP4施設が米国を中心に幾つか新設されている。

 このような背景から、我が国においても政府は文部科学省を中心にP4施設の設置へ動き出している。そこで以下に、世界のP4施設の設置の現況と我が国におけるP4施設の設置への動きを概観し、我が国におけるP4施設の設置のための条件に関する当センターの見解を明らかにする。

 

1.世界のP4施設の設置状況

 

 P4実験施設には、グローブボックス式ラボと防護服式ラボの2種類がある。前者は、安全キャビネットに固定されたグローブ(手袋)に両手を入れて実験操作するもので、操作の自由度が限定される。それに比べ、後者は、実験者が宇宙服のような陽圧気密防護服を装着しているため、前面開放型の安全キャビネットで実験を行うことができ、自在な実験操作が可能となる。このため、新設されているP4施設は、ほとんどが後者のタイプである。

 現在、世界にはどれくらいの数のP4施設が存在するかについては、正確には把握されていないといってよい。日本での調査結果は2種類ある。一つは、綜合科学技術会議に提出された政府の調査資料、他は国立感染症研究所による調査である。前者によると、米国6施設、英国4施設、日本及びドイツ2施設、カナダ、スウェーデン、フランス、スペイン各1施設となっている。後者では、米国6施設、英国、ロシア、南アフリカ各2施設、フランス、スウェーデン、カナダ、ドイツ、オーストラリア、ガボン、インド、台湾、日本各1施設となっている。この2つの調査結果を合わせて換算してみる。感染研資料にはスペインの1基、日本の理化学研究所1基が数え入れられておらず、またフランスにはリヨンの他に1基あるという調査結果もあることを考慮すると、施設としては、13カ国、18施設が存在する。ラボの数では、27基存在する。なお、12カ国、20ヶ所以上で稼動しているという調査結果もある(東京新聞2006620日)。また、綜合科学技術会議資料では、P4施設が存在する国は11カ国とされている。先進国では、イタリアと日本に存在しない。地域別に見ると、途上国では、中東地域に存在しない。アジアでは、2カ国に存在し、中国と韓国でも建設が計画されている。

 

2.我が国におけるP4施設の設置に向けての動き

 

 政府は、20051227日に文科省付設の綜合科学技術会議(議長:小泉首相)で、「高度安全実験(BSL−4)施設を必要とする新興感染症対策に関する調査研究」を2005年度の科学技術振興調整費による研究課題とすることに決定した。研究は2008年度での終了を目途に、P4施設の早期稼動を目指すとしている。

 次いで翌2006621日には、研究計画概要が明らかとなった。研究課題名は「BSL−4施設を必要とする新興感染症対策」で、責任機関が国立感染症研究所、研究代表者は感染研の倉根一郎氏である。以下、この研究の目標・概要を略述する。

 

@     研究の目的

エボラウィルス等レベル4病原体の引き起こす新興感染症対策を進めるための研究の基盤の向上を目指して、国内P4施設の必要性に関する国民の理解を得、P4施設の稼動、建設の実現に向けた科学的根拠に基づいた提言を行う。

A     内容

世界標準レベルの診断・研究技術の習得と人材育成のため、諸外国機関と共同研究を行う。さらに諸外国でのP4施設の現状調査を行い、国民全体や地域住民の理解を得る方策を明らかにする。

B     実施体制

以下の4つのサブテーマで研究を遂行する。

@BSL−4施設におけるレベル4病原体の基礎研究と人材育成に関する研究、A日本におけるBSL−4施設の必要性に関する研究、BBSL−4施設の設備および維持管理に関する研究、CBSL−4施設に関するリスクコミュニケーションに関する研究。 

 

 項目Bに掲げられたサブテーマの内容のうち、注目すべきものを以下に示す。サブテーマAでは、「日本におけるBSL−4施設の必要性の理論的裏づけ、意義、施設数、場所等の提言の取りまとめ」が具体的な研究内容とされている。サブテーマCでは、「国民、地域住民医療関係者等の意識調査、ならびに国民、地域住民、マスコミの理解、サポートを得るための方法論の具体案提言取りまとめ」が行われる。

 以上のP4施設稼動・建設のための研究課題が設定された背景には、2001年の米国でのバイオテロ発生をきっかけに、危険病原体の輸送がテロ対策上禁止されている現状がある。すなわち、これまでは日本国内では診断・確定できないレベル4の病原体は、米国のCDC(疾病予防センター)に移送し、研究を依頼していたが、バイオテロ対策上それが不可能となったため、国内で研究・診断できる施設が必要となったのである。

 他方、政府は、感染研村山分室のP4施設が周辺住民と武蔵村山市の反対で稼動できないでいる現状を鑑み、P4施設の設置のためには国民と地域住民にP4施設の必要性と安全性の理解を得ることが重要であることを認識するに至ったことが考えられる。これは、旧予研を住宅地のど真ん中の新宿区戸山に移転を強行したことに比べれば、一つの進歩ではある。

しかし、綜合科学技術会議の委員の議論の中には、国民の意思を無視する強硬な意見もあり、問題は単純ではない。

例えば、P4施設の危険性を軽視する傾向がある。ある委員は、次のように語っている。「P4施設での実験はそんなに危険なものではないと思うんです。たとえば、米国では既に大学の中にP4施設をつくっているのです。テキサス大学は医学部のど真ん中に、P4を建設して稼動しています。」(森田公一長崎大学熱帯医学研究所教授「『研究拠点』抱負を語る」:http://www.crnid.riken.jp/jpn/newsletter/pdf/nl200603-14.pdf)

また既存のP4施設(感染研の村山分室)を稼動させることを容認する発言もある。例えば、次のような発言がある。「内閣総理大臣、首相が命令すれば、P4として、ここ(感染研の村山分室)は使わなければいけないということは十分起こり得るというわけで、正式な分類ではありませんが、P3.5といった形です。」(同上)

無視できないのは、次の発言に見られるように、周辺住民や自治体の反対があってもP4施設の稼動を強行せざるを得ないと主張する委員までいることである。「P4施設稼動の話は、WHOのガイドラインでも研究は止めるとしても、診断は可能にする必要があるとしています。ですから、ラッサ熱、マールブルグ病、エボラ熱などが、日本に突然入ってきて、厚生労働省から感染研で診断を行うよう言われれば、これは国の話なので、地方自治体はそれを止めることはできません。行政的にはそのように割り切っています。いかに反対があろうが、行わざるを得ないと思います。」(吉倉廣前感染研所長「微生物実験と安全性」の「質疑応答」:http://www.med.or.jp/jams/symposium/kiroku/127/pdf/127011.pdf

感染研の村山分室のP4施設に関しては、厚生労働大臣が就任すると東村山市長に施設は使用しないという覚書を出しているそうだが、吉倉氏は、「(感染研の村山分室は)P3病原体を使っていますし、定期的に使わないと設備がすべて使えなくなってしまいます。ただ緊急でない限りP4病原体は使いません。例えば綜合科学技術会議が決めて、使ったらよいとおっしゃるとよろしいのではないかと思います。」(同上)と述べ、住民や自治体の意向を無視してもP4施設の稼動を強行する姿勢を見せている。なお、P3、P4のカテゴリー自体が感染研の意向で科学的に十分な検討もされずに決められる傾向にあることを指摘しておく。

前述の研究課題の遂行の責任機関が感染研であり、感染研所長を務めた吉倉氏の考えが感染研を代表する見解である可能性は十分にありうるので、この研究がP4施設の安全性に対する国民と住民の不安を十分に配慮したものになるかどうかは非常に疑わしい。

 

3.我が国におけるP4施設の設置の条件

  〜予防原則と住民の生命の権利の視点から〜

 

 前節で紹介した文科省の科学技術振興調整費による研究課題では、P4施設の設置に際して施設の必要性についての国民、住民、マスコミの理解を得るための方策の具体的な提言を取りまとめることが研究テーマの一つとして挙げられている。国民、住民の理解を得ることは当然であるが、周辺地域への施設の安全性を確保するための具体策の研究が課題とされていないことは問題である。なかでも立地条件に関する研究は、P4施設に関しては特に重要である。

 我が国においてP4施設の設置、稼動が困難であるのは、施設の立地条件、届出と査察、耐震安全性、住民合意などを規定する法律が未整備であったからに他ならない。すなわち施設規制の立法を怠ってきた国・政府の責任が問われなければならない。

当センターは、20058月の「法的な基盤整備を含めた社会システム構築のための提言活動」報告書で、予防原則と住民の生命の権利の視点から病原体取り扱い施設のあり方について提言した。この報告書内容などを踏まえ、日本におけるP4施設設置の条件について当センターの考えを以下に示す。なお、詳細については、巻末に示す参考文献を参照いただきたい。

 

3−1.基本的な考え方

 

 P4施設設置についての基本となる考え方を以下に示す。

 

(1)住民の生命の安全と健康は最大限に尊重されねばならない。

(2)軍事研究には関与しない。今日の問題であるバイオテロを口実として軍事医学的な研究に公的機関を利用することは許されない。

(3)生物災害の特性として以下の点が考慮されなければならない。

  @ 生物災害の原因の確認にはかなりの時間がかかる

  A 排出された病原体は、一定の条件のもと、増殖の可能性を持ち、さらに二次感染、三次感染の可能性を持つ。次世代への影響も無視しえない場合もある。

  B 不顕性感染による病原体の一層の拡散の可能性がある。

  C 因果関係がわからず被害だけが認知される。

(4)リスクの定量的な把握は困難という生物災害の特性及び公害被害の不可逆性から、生物災害の防止策として予防原則が適用されなければならない。

(5)当センターは、P4施設の設置の必要性を否定するものではない。しかし、P4施設そのものが周辺地域への生物災害の発生源となる危険性がある。したがって、予防原則と住民の生命の権利の立場から、施設設置の前提として、災害を未然に防止するための安全性が確保されるとともに、住民への説明責任が果されなければならない。

(6)国際基準としてWHO(世界保健機関)の勧告、指針が遵守されなければならない。

  WHOの「病原体等実験施設安全対策必携」(2004年、第三版)、「バイオセーフティプログラム」、「保健関係施設の安全性」(1997年)などについて、2005年の「第58回世界保健総会決議」では、バイオセーフティの実現のために日本をはじめ加盟国がWHOの勧告、指針を遵守することを定めている。

 

3−2.整備すべき施策

 

 前項を踏まえ、P4施設の計画、建設、運営に入る前に整備すべき施策を以下に示す。

 

(1)P4施設の立地規制

 日本には病原体取り扱い施設の立地を直接規制する法律は存在しない。従って、都心や人口密集地でも立地は可能であり、現在国会で審議中の感染症法改正案でもこの「無法状態」は改善されない。

 平常時の不適切な設備(HEPAフィルタ、滅菌消毒設備など)や人為的ミス・過誤、あるいは地震、火災、停電、機器システム故障などにより病原体等が排出・漏えいする危険性がある。P4施設で扱う病原体等は地域社会に対する高い危険度を有するものであり、生物災害予防のためには立地規制は不可欠である。

 WHOは「バイオセーフティプログラム」でバイオ施設を生物災害の源泉と認識し、「保健関係実験施設の安全性」で立地への配慮を規定している。

 具体的には、立地に適した場所として、孤島、人工島等が考えられる。(この場合、職員の通勤手段(職員運搬専用の船舶やヘリコプター等)を保証することが必要であることは言うまでもない。)このような好立地条件の場所を選定する研究を行う必要がある。 

(「外国でも施設が街の中にある」ことを理由に立地条件を無視する意見は著しく不当である。)

 

(2)病原体等の漏出に関する環境影響評価の実施と評価項目の明確化

 生物災害の特性よりリスクの定量的把握が困難なことから、予防原則に基づくリスク管理、すなわち病原体等の漏出に関する環境影響評価が実施されねばならない。環境影響評価の評価項目に関する当センターの提案を下表に示す(参考文献2より抜粋)。

 

リスク評価段階

評価項目

病原体等の有害性の確認

@ 病原体の種類と量

A 量−感染・汚染との関係

平常時の排出・漏洩量の予測

 

@ 実験に伴う排水や排気中や廃棄物などに含まれる一次側の病原体の種類、量、サイズ(排気の場合)

A HEPAフィルタ、排水処理設備、高圧滅菌機などの実際の除菌・滅菌性能の把握

B 環境中に漏出する病原体の種類と量

非常時の対応と排出・漏洩の予測

@ 大地震動時

A 火災時

B 停電時

C 機器(システム)故障時

人為的ミス・過誤の予測

@ 人為的ミス、過誤内容の想定

A 発生確率の想定

被害予測

@ 周辺環境(居住者、生活行動、施設、自然環境など)の把握

A 平常時、非常時において放出される病原体の拡散範囲と量

B 実験感染者の行動範囲とその影響

6.

モニタリング

水質検査、排気検査、大気測定による病原体等の検出調査、疫学調査など。

総合評価

@ 評価項目、評価基準の設定

A 現地査察、事故報告、モニタリング結果、最新の科学的知見を踏まえ、評価を行う。

B 評価結果を各段階にフィードバックする。

 

(3)耐震安全性の確保

 前項の評価項目に含まれるが、我が国においては特に、大地震動時における施設の耐震安全性が確保されねばならない。P4施設の耐震性については建築基準法の規定が適用されるが、この規定は人命の安全を確保するためのものであり、大地震動時の病原体等の漏出による生物災害の防止を考慮したものではない。「大地震→火災発生+バリアー機能喪失→延焼+病原体等の漏出」という事態が危惧される。震度7の地震動に対して、病原体等の漏出を防止する(あるいは漏出しても周辺に被害を及ぼさない)耐震安全性が立地・配置計画、構造計画、非構造計画、設備計画において確保されねばならない。

 

(4)安全性評価への住民参加と当事者の権利の明確化

  事業者(計画者)と当事者である住民との間で合意(協定書などによる)したリスク管理方法・評価尺度をもとに、施設の計画、建設、運営のすべての段階において、両者が安全に関わる情報を共有しつつ、施設の安全性の評価を共同で行なうことにより、住民自身が安全性を確認する手順を明確にすることが、リスク・コミュニケーションを活発にし、住民合意を得る上で重要である。

共同評価の手順について当センターの提案を下表に示す(参考文献2より抜粋)

NO

項目

備考

共同目標の確認

生命の安全と健康の尊重、自然環境の保全、公害の未然防止、地域文化の向上、地域コミュニティの尊重などがある。

評価尺度の設定

共同で作成する。参考文献2の資料4参照

http://homepage2.nifty.com/bio-anzenken/に掲載)

現状の把握

現地調査、安全データの確認など

市民による評価

評価尺度による評価

事業者による評価

共同評価

対話形式、事業者の説明責任

改善策立案と実施

 

外部審査

3者の専門家による審査

 

(5)施設規制の立法化

以上の施策に法的な強制力を持たせる必要がある。そのために病原体等実験施設規制法の制定あるいは関係法令を改正し、立地条件、施設の届出・認可、査察、安全対策の実施義務、使用者の登録義務等を定めるものでなければならない。

なお、我が国の感染症研究者の間には、病原体管理に関して法制化が行われると病原体研究が束縛されるので、各研究所自身の手による自主的なマニュアルの作成で十分であると考える傾向があるが、この傾向が病原体管理と病原体実験施設の管理に関する法制化を妨げている。感染症の拡大防止と制圧のための実験施設の必要性を強調するだけでなく、病原体実験の潜在的な危険性に関する認識を研究者自身が持つことが必要である。

本提案と関連して、参考文献2の「病原体等実験施設規制法試案」(http://homepage2.nifty.com/bio-anzenken/に掲載)を参照いただきたい。

 

【参考文献】

1.朝日新聞論壇「バイオ施設規制の立法を急げ」芝田進午1999525

2.「法的な基盤整備を含めたバイオハザード対策の社会システム構築のための提言活動報告書」バイオ市民センター、20058

3.「教えて!バイオハザード」バイオ市民センター、緑風出版、20035

4.「バイオハザード原論」本庄重男著、緑風出版、200410

5.「すべての国にWHO指針の遵守を求め、バイオハザードの発生源としてバイオ施設を規定したWHOのバイオセーフティに関する2つの文書について」長島功、バイオ市民センター・ニュースレター第37号、20063

6.「吉倉廣前感染研所長のWHO指針の歪曲を批判する」長島功、バイオ市民センターニュースレター第40号、20069

 

なお、参考文献の2の一部、5、6は当センターのホームページ(http://homepage2.nifty.com/bio-anzenken/)を参照いただきたい。