科学者として                                 

    新井秀雄(代表幹事)

いまポリオワクチンの接種は必要か

 

1960年のポリオ大流行が緊急の輸入経口生ワクチン投与によって制圧され、さらに64年からは国産の生ワクチンが開発使用されて、現在まで生ワクチン投与が継続されてきた。1980年以降は、我が国での野生株によるポリオ発生はなく、国は2000年に国内での根絶をWHOに提示した。一方で、生ワクチン投与の乳幼児から排出されたワクチン由来株による感染がごく稀にみられた。そして、このことが今日までの経口生ワクチン投与が必要とされる理由の一つとされてきたが、現在、不活化ワクチン接種への転換が画策されている。

 世界のポリオ発生は、現在でもアフリカの一部やパキスタン、アフガニスタン、中国等でも報告があり、その近隣への波及も懸念されている。従って、これら流行地域へ渡航する乳幼児と感染の可能性のある大人に対して不活化ワクチン接種が検討されるのは妥当である。一方、国内の流行が根絶されている現状では、流行地等からの侵入を阻止することが国内のポリオ対策の主体となる。そして、万一侵入し流行発生がみられた場合には、直ちにワクチン接種が必要となる。そのためには、国内での迅速な流行監視システムとワクチン備蓄が不可欠となる。この場合は、流行発生時に迅速に対応することから全国規模の流行を想定するような大量備蓄は必要でなく、また60年の大流行時とは違って現在の有効な不活化ワクチンで十分対応出来るはずである。

さらに、野外株による流行がない以上、生ワクチンに替えて不活化ワクチンをわざわざ接種する必要性もない。いま直ちに流行地域への渡航者向け以外のすべての(生と不活化両方の)ポリオワクチンの接種を中止するべきである。不活化ワクチンは、一般に生ワクチンに比べると抗体産生や抗体価の持続が劣るため、身体に対する異物として接種される抗原量がより多くなる。従って、副反応の危険性もより高くなることが懸念される。

狂犬病は、感染して発症してしまうとほぼ100%死亡する(最近、例外的に米国で救命された例がある)。従って、狂犬病の常在地域で感染の可能性が懸念される場合には、渡航前に不活化ワクチンの接種が勧められている。ポリオに比べて世界での狂犬病の患者ははるかに多い。しかし、国内での狂犬病は、1957年を最後に発生がない。1970年にネパールでイヌに咬まれて帰国後死亡した例と2006年にフィリピンでイヌに咬まれて帰国後2名死亡した例があるだけである。ワクチン製造施設を含めたバイオ施設以外では、国内に狂犬病を引き起こすウイルスは常在しないとされている。確かに、現在でも国内では渡航者向け以外の狂犬病ワクチン接種は行われていない(バイオ施設等での狂犬病ウイルス取扱者等を除く)。狂犬病対策は、検疫体制とある程度のワクチン備蓄によって良好に維持されている。ポリオワクチン接種の問題は、狂犬病ワクチンの現状が参考になるかも知れない。 


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