◆危険病原体       取扱者の登録制度導入を

 

バイオハザード予防市民センター代表幹事 本庄重男

 

 経済産業省傘下の産業技術総合研究所(産総研)で内規に違反して危険病原体が取り扱われ、かん口令が敷かれていたことが報じられた。あってはならない事件だが、バイオハザード予防の市民運動を進めている関係から、事件に内在する問題点について克服と変革のための対策を提起したい。

 

 最近英国サリー州の農場で牛の口蹄疫(こうていえき)というウィルス感染症が突発し、その原因ウィルスは農場から約5キロ離れた地区にある口蹄疫ウィルス関係の二つの研究施設のいずれかから漏出したものであることが判明した。病原体の取り扱いで何らかのルール違反があったとして、詳しい調査が行われている。

 

 この事実は、私たちがかねて主張しているように、バイオハザードは政府が心配するようなテロによるものではなく、非意図的に病原体取り扱い施設が発生源となる可能性が大きいということを実証している。幸いにも今回の産総研の事件は、職員や周辺住民に実質的な被害が発生する前に明るみに出た。

 

 まず、ブルセラとか鼻疽菌(びそきん)という病原菌を、動物や人の病原体と本来無関係な機関が取り扱っていることが不可解だ。私はかつて鼻疽菌の実験室内感染事故の古い報告文を読んだことがあるが、患者の苦痛には筆舌に尽くしがたいものがある。そのような病原体は病原微生物専門の機関に取り扱いを委ねるべきである。

 

 次に産総研に限らず多くの研究、検査機関では、病原体取り扱いの教育・訓練を受けていない人や、経験がほとんどない人でも取り扱い現場の仕事に従事しているのが普通のようだ。それを規制・禁止する法律もない。今後は少なくとも病原体取扱者をきちんと指定し、機関当局および公衆衛生行政当局に登録することを制度化すべきである。

 

 第一線で働いている人々、とくに研究者は煩雑な行政的統制を一般に嫌うことは確かだが、それでよしとする時代は終わった。病原体は研究者の自主性に依拠するだけでなく、厳格な法的規制の下で取り扱われるべきである。その第一段が取扱者の登録制である。

 

 三番目には、病原体を取り扱う機関は自身の役割・仕事の内容等を周辺社会に公示し、市民の監視を受け入れる態度で仕事をすべきである。そして、バイオハザード標識の貼付(てんぷ)などによる実験区域の明示や消毒処置をふくむ実験区域への立ち入り規制、および実験施設からの排気・廃水・持ち出し物品等の消毒・殺菌措置の履行といったバイオハザード防止のために必要な基本的技術の基準を確立し順守せねばならない。

 

 各種病原体の危険性をよく知っている研究者が実験して初めて安全は保たれることは確かであるが、同時に研究者は日常的な業務に慣れて油断し、無意識にルール違反を犯し、事故を招くこともあることを忘れてはならない。

 

 事故が発生した場合には遅滞なく発生と対処方針を公表し、周辺社会に周知してもらうことが必要だ。バイオハザードの予防・制圧は市民の理解と協力無しに達成できないことを肝に銘ずべきである。


(朝日新聞 2007年10月26日朝刊コラム「私の視点」より)