バイオハザード予防市民センター声明


病原体の取り扱いとバイオ施設に関する
          徹底した情報開示と法規制を求める
〜SARS問題をバイオハザード予防の視点から〜


2003年7月8日



 過去8ヶ月間近く、世界を揺るがしてきた「SARS」(重症急性呼吸器症候群、通称は「新型肺炎」)について、つい最近、世界保健機関(WHO)事務局長は感染拡大が終息したと発表した。しかし、この間の被害は甚大であり、WHOが7月4日までにまとめた世界のSARS患者の累計は可能性例も含め32カ国で8439人に及び、死者も812人を数え、冬場に再流行する可能性も指摘されている。

 1998年に制定された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」いわゆる「感染症新法」において、「新たな感染症の出現や既知の感染症の再興により、また国際交流の進展等に伴い、感染症は、新たな形で、今なお人類に脅威を与えている」と指摘されている通り、現代は「突発出現病原体の時代」と言われ、その由来や出現の理由が不明であり治療方法も確立していないHIV、エボラウイルス、ニパウイルス、病原性大腸菌O−157、BSEプリオン等多数が出現してきた。SARSもそうした突発出現例の一つである。

 今回のSARS問題は、今後の未知の病原体出現に関わるさまざまな難問を投げかけている。私たちバイオハザード予防市民センターは、健康危害と社会的混乱の防止、関係者の人権尊重など公衆衛生対策の充実の観点から、政府並びに関係機関に対し、以下のことを求める。

 ●SARSウイルスはバイオテクノロジーの産物であるとする説についても十分な調査・検討を行うこと。
 ●感染症指定医療施設や病原体の分離・検査や研究する施設が新たな感染源とならないための予防措置(施設の立地への配慮、教育・訓練など)を徹底すること。
 ●施設内環境や外部環境への病原体の漏出を常時監視(モニタリング)する体制を確立し、監視状況を公表すること。
 ●以上を国家的に保障するものとして、病原体の取り扱いとバイオ施設に対する法規制を行うこと。

(趣旨説明)
1.SARS問題はバイオハザードの典型例である

 バイオハザード(生物災害)は、端的には「病原体並びにそれらが作り出す物質が原因で、人や家畜及びそれらの環境に発生する災害」を意味する。
 その特性として、
@ 感染の広がりを適宜感知することは困難で、被害が出て後の対応となる。
A 病原体に感染しても発病しない例、つまり不顕性感染例がある。
B 被害は特定の地域に限られず、国境を越えて世界に拡大する危険性がある。
C 未知の病原体の場合、その分離・同定は著しく困難である。また、的確な治療法・予防法を見つけるまで相当な時間を要する。
などが挙げられる。
 今回のSARSの流行はこうしたバイオハザードの典型例と言えよう。

2.何故、突如出現したのか?
 無視してはならない「SARSウイルス=バイオテクノロジーの産物」説

 WHOは4月、新型コロナウイルスがSARSの病原体であることを確認したと発表し、それをSARSウイルスと命名する旨の意見を表明した。しかし、何故そのような新種のウイルスが出現したのか未だ確定していない。
 新種コロナウイルスの出現について考えられる仮設として、
@ 既知のヒトコロナウイルスの病原性関連遺伝子が変異して、病原性の激しいコロナウイルスになった。
A 既知の家畜・家禽や野生動物のコロナウイルスがヒトに対しても感染し、病気を起こすようなウイルスに突然変異した。
B ある種の野生動物と本来は共生関係にあったか、または病気を起こしていたかもしれない未知のコロナウイルスの一種が、人間社会に侵入し、激しい病原性を発揮した。
C 既知のコロナウイルスの遺伝子工学的実験(バイオテクノロジー)をしている過程で、意図的であれ、非意図的であれ、人為的に作り出され(または、作り出されてしまった)、産物が実験室から環境中に漏れ出て、人間社会に入り込み、病気を起こしている。
 現時点ではBの仮説が最も有力視されているようである。しかし、Cの新型コロナウイルスがバイオテクノロジーの産物であるという説についても十分に調査・検討すべきである。近年のバイオテクノロジーの活用は日常的であり、毒力の強いウイルスを遺伝子工学的技術で作り出すようなことは、理論的にも実際的にも可能である。現にわが国でもヒトのエイズウイルスとサルのエイズウイルスを遺伝子操作して雑種ウイルスであるSHIVを作って研究しているところもある。また、中国農業省関係で動物コロナウイルスを研究しているグループの存在も確認され、人工作出説を主張するウイルス学・疫学の専門家もいる。
 何故、SARSウイルスが突如出現したのかは是非とも解明せねばならない課題であり、そのためには全ての考え得る可能性を包括的に捉える視点を持たねばならない。それ故、SARSウイルス=バイオテクノロジーの産物説についても十分な調査・検討が行われねばならない。

3.感染症指定医療機関や研究施設が新たな感染源となる可能性がある

 SARSに感染した患者の収容施設やSARSウイルスの分離・検査や研究する施設が必要なことは当然である。
 一方、そうした施設で院内感染や病原体の漏出が起これば近隣に対する新たな感染源(バイオハザード)となる可能性は否定できない。そこで、病原体の取り扱いや施設の立地などに関する法規制が必要になるが、わが国にはそうした法規制もなく、研究施設については、国立感染症研究所の内部規程である「国立感染症研究所病原体等安全管理規程」が、感染症医療施設については、課長通知で施設基準や消毒・滅菌基準を定めた「手引き」があるに過ぎない。しかし、人為的ミスや過誤、設備の故障、排気や排水、人や物品の出入り等々により外部に病原体等が漏洩する可能性は日常的にあり得る。かねてから外部への病原体漏洩防止の最大の根拠としてHEPAフィルターの使用が挙げられてきたが、HEPAフィルターは病原体等を含むエアロゾルを決して100%完全に除去するものではない。また、火災、地震などの災害時に、施設の気密性が容易に破られ病原体等の漏出の危険性がある。従って、今回SARS患者(疑い例を含む)については陰圧管理病室(病室内の空気を、高性能フィルターを通過させることにより病原性微生物を除去して屋外に放出することにより病室を陰圧に保ち患者から病原体を拡散しない病室)に収容するとしているが、それだけでは不十分である。
 感染症指定医療機関としてわが国の模範となるべき国立国際医療センター(東京都新宿区戸山)は都心に立地している。その新感染症病棟は、大地震動後は継続使用できない可能性が高く、火災時には当然、人命救出を優先するであろうから、病原体の漏出の可能性がある。国立感染症研究所には既に患者由来試料が持ち込まれ、SARSウイルス分離が行われたが、杜撰な安全管理体制が指摘される同研究所から周辺への漏洩が危惧される。
 漏洩の可能性がある以上、施設内での感染者の発生や外部への漏洩を前提とした施設の立地環境対策を施すことにより周辺の安全が確保されねばならないが、そうした対処は行われてはおらず、こうした施設の多くは人口密集地に立地している。
 現実に、SARS問題を契機に隔離病棟をつくる動きがあるが、漏洩を前提とした立地への配慮が絶対に必要である。

4.徹底した情報公開と人権への配慮、教育訓練をはじめとする公衆衛生対策の充実を求 める
 −厚生労働省の隠蔽体質、不作為責任を問う−

 中国当局による初期段階の情報隠しが国際的な取り組みを遅らせる原因になったことが批判されている。また、一般市民、患者、医療スタッフそれぞれのパニック防止のためには、市民に対してはリスク情報を正しく伝達すること、患者に対しては明確な説明が行われること、医療従事者に対しては事前の教育と訓練を十分に行うことが不可欠である。
  感染症新法第3条第1項では、国及び自治体の責務として、「教育活動、広報活動を通じた感染症に関する正しい知識の普及、感染症に関する情報の収集、整理、分析及び提供、感染症の予防に係る人材の養成及び資質の向上を図るとともに、感染症の患者が良質かつ適切な医療を受けられるように必要な措置を講ずるよう努めなければならない。この場合において、国及び地方公共団体は、感染症の患者等の人権の保護に配慮しなければならない。」とあるが、現状では関係諸機関がこの責務を果たしているとは言いがたい。たとえば、国立国際医療センター新感染症病棟への入院の有無の通知を求める住民の訴えに対して、厚生労働省は通知の必要はないとしているが、言語道断である。人権への配慮の中には周辺住民の人権も当然含まれるものである。厚生労働省にはリスク情報を住民に進んで開示し、安全と言うならその科学的根拠を提示する説明責任がある。施設設置基準内容や国立感染症研究所の実態、国立国際医療センターの「新感染症病棟運用マニュアル」内容などから判断すれば、厚生労働省には安全を指導し監督する力量が著しく不足し、かつリスク情報を市民に公表する決意もほとんどないものと思われる。さらに、繰り返される薬害事件により行政官僚への国民の信頼は甚だしく失墜している。

 現況のままでは、科学的根拠の欠如と情報の非開示の中で、社会的パニックの発生、関係者に対する差別や排除、患者の人権を無視した強制的隔離政策が行われることが危惧される。徹底した情報公開を含む公衆衛生対策の整備充実が緊急の課題である。例えば、施設内環境での病原体漏出、および、排気口、排水口から外部環境への病原体漏出の有無を常時監視する体制(モニタリング)を確立し、監視状況を公表し、検査機関にあっては、検査材料の持ち込み状況・検査や実験の場所、検査担当者・検査結果等を、医療機関にあっては、患者の入院状況等を詳しく公表すべきである。


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