東京高裁の判決に対する原告団の声明

予研=感染研裁判の会

1  本年929日、東京高等裁判所は、わが国における最初の本格的なバイオハザード裁判である予研=感染研の実験差し止め、再移転要求の上告訴訟の判決を言い渡した。判決は、控訴人の主張は「一般的抽象的危険性を指摘するものではあっても、そのこと自体から直ちに控訴人らに対する危険性が現実化しているとすることはできない」として、私たちの請求を棄却し、結果的には、一審判決を踏襲した不当な判決となった。私たちは、この判決に承服することはできず、107日の臨時総会において、最高裁に上告することを決定し、1012日、111名が上告の手続きをとった。

2 東京地裁判決に対しては、私たちは「無知にして無恥」と評したところであるが、東京高裁は、判決書審理に終わらせず、自ら「科学裁判」と位置付け、可能な限りの資料の提出を求めて審理し、被控訴人国の主張が科学裁判にふさわしくないとして、いったん結審した裁判を再開してまで、科学的審議に努める姿勢を示した。にもかかわらず、再開公判において被控訴人の提出したどの資料に基いて、このような判決に至ったかを明らかにしなかった。

3    高裁は、本訴訟の意義に対して理解を示し、「ひとたび病原体が外部に漏出等するような事態が発生すれば、最悪の場合には回復が事実上極めて困難な甚大な被害が惹起される危険性があるから、感染研においては、病原体等の漏出等による感染の具体的な危険性が絶対に発生しないように、あらゆる万全の施策を講じてこれを未然に防止しなければならず、平素からこれを確実に実践するよう努めるべきことはいうまでもない。当裁判所としては、このような観点から、感染研に対し、諸設備・機器の厳格な点検実施、最新の設備・機器の設置・更新、徹底した安全管理体制の構築及び適宜の見直し等、安全確保のための諸施策の遵守と実践を改めて強く要請するものである。」としている。  

   たしかに、感染研は、全く責任を問われないというわけではなく、強い要請を受けることとなっている。しかしながら、要請であるから強
  制力はなく、従わなかった場合の
 罰則もない。極めて不十分であると言わざるを得ない。 

4     高裁は、バイオハザードに関して「(感染研は)その実情を地域住民を始めとする国民一般に広く情報公開等して、その理解と協力を得ることが最も重要であると考えられる。控訴人らの上記主張は、このような意味において重みのある指摘であり、傾聴に値するものがある。」としている。原審判決が、専門家の警鐘に対して「未知の部分のみの危険をいたずらに書き立て、喧伝して一般人の不安を煽るような論者らの態度は、およそ科学者として公正で責任あるものとはいえない。」としているのにくらべれば、良識的ではある。

 しかしその一方で、「バイオテクノロジーの高度の有用性は世界的に承認されているところである」との一面的な評価を行っており、控訴人らの危険性の指摘を傾聴したとは言いがたい。これでは、理解と協力を得さえすれば良いこととなってしまう。 

5    国際査察に関して原判決は、オビアット、リッチモンド報告書に関して、これをしたためた当の本人がその内容を了承していたとし、改竄が行われたことを事実上認めながら、本人が了承しているからとこれを全面的に採用する一方で、コリンズ、ケネディ報告書は、杞憂に過ぎないと排除している。高裁では、コリンズ、ケネディ報告書には言及するが,オビアット、リッチモンド報告書には全く触れず、良識を示した。しかしながら、コリンズ、ケネディ報告書を推測に過ぎないとする点では、原審判決と何ら、変わるところはない。

6    高裁における審理は、情報公開法によって入手した資料を巡って開始された。  

 私たちがHEPAフィルターの捕集効率には、0.85ミクロンのところに谷があると指摘したところ、感染研側は、0.5ミクロン以上の粒子は塵埃であると称して論争になった。私たちは、相関係数を求めて、0.5ミクロン以下の粒子と、0.5ミクロン以上の粒子の間に本質的な差はない事を証明したが、その科学的意味は全く理解されず、「従来から最も捕集しにくいとされている粒径は0.1μm前後あるいは0.08μm(乙2569)と考えられている」を持ち出すだけである。

   塵埃がどこから入ったのかとの質問に対する被控訴人の回答は、フィルター交換時というものであったが、最も清浄を要求され、それゆえ  に交換後の清掃まで義務付けられているフィルター交換時に限って塵埃がダクト内側に付着し、それが絶えず空気中に出て行く状態にあると  いう被控訴人の証言を不問に付している。

   塵埃は、フィルター交換時に限って付着するのであるから、慣らし運転によって塵埃を吸引することがなくなるまで、あるいは、せめて初  期値の4分の1になるまで待って検査すべきであると要求したに関わらず実行されず、的外れの吸引口をHEPAフィルターに近づけたデータが、 示されただけであった。これでは、装着の不具合や、その他の原因による漏洩を検証することはできない。

   さすがに、「0.5ミクロン以上の粒子も塵埃ではないとの控訴人の主張は失当である」とはいえず、「塵埃である可能性を否定できない」と  いう消極的同意を与えるにとどまった。

   なお、32ページの記述は、原審判決書268ページの引き写しであり、粒径を孔径とした誤りまで、そのまま引き写されているのは、杜撰で  ある。

 7    71ページでは、「感染研において年間720ミリリットル(リットルの誤記)もの病原体等を使用していることを認めるに足りる証拠はな く」と決め付けているが、証拠は原審において、被告国が提出した資料にある。更に、「控訴人らが前提としている高濃度の病原体等が含 まれる液を使用していることを認めるに足りる証拠もない」としている。一年間で培養される病原体のいくつかについて集計したものが、   720リットルであることは否定できない事実である。控訴人の主張は、その培養時に発生するエアロゾルを問題にしたのである。培養直後 の病原体等の濃度が極めて高濃度であるのは、普通である。ことさら証拠を求められるような事柄ではないのである。

  「感染研が扱う病原体のうち、エアロゾル感染の可能性があるのは、化膿連鎖球菌のみであり」と断定しているが、そのような科学文献は存  在しない。 

     「これは事前に塩酸処理されるから、実験時には生菌は存在しない」という被控訴人の苦し紛れの説明をそのまま踏襲している。事実は、培  養後の生菌に対して塩酸処理が行われるのである。したがって、まずもって化膿連鎖球菌を培養して生菌を集めなけれ

  ばならない。生菌でなければ、培養できない。この培養・集菌の際、不可避的に発生するエアロゾルを問題にしたのであるから、言い逃れは  出来ない。 

  「容ねじ(スクリューキャップ)つきのサンプリングチューブ」の感染研の主張に対しては、その根拠となった被控訴人国提出の科学文献の  分析を既に、意見書として提出済みである。裁判所は、この意見書を全く読まなかったのか、あるいは検討する価値なしと切り捨てたのか。  いずれにしても、公平を欠く非科学的な態度である。                  

 8    WHO指針については、93年の『微生物実験施設安全対策必携』だけが取り上げられて、バイオ施設の立地条件を定めた『保健関係実験施 設の安全性』が全く無視されていて,片手落ちである。判決書は、WHO指針違反の個々の個所だけを個別に取り上げて、その違反だけをも って病原体の漏出を導出するのは困難であると主張するが、しかし、そもそも、そうした論法に無理があるのであって、感染事故や病原体 の漏出や二次感染等は、個々の安全対策の不備が複合的に作用して起こるものであるという現実を見ていない。全体としての安全対策の不 備や杜撰さが事故の起こる温床となることを全く見ていない。

 9    これを要約するに、公害裁判に関する法理としては、従来の判例の成果を引き継いでいるのであるが、科学に関する基礎知識が決定的に 欠如しているために、折角の意気込みにもかかわらず、「科学裁判」にふさわしい結論に導かれず「受忍限度の範囲内にある」との認定に とどまり、原判決の域を出るものとならなかったのである。

10   私たちは、最高裁において判決の誤りを是正させると共に、住宅地における病原体実験の禁止と再移転を求めて、引き続き奮闘するもので ある。 

                     20031025日 

                                   予研=感染研裁判の会世話人会

   

  



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