武田薬品の湘南研究所を見学して                      

新井秀雄(代表幹事)

                                    

2011220日(日)午前10時から午後3時までと企画されていた、前日に竣工した武田薬品工業の湘南研究所の見学会に参加した。

  

正門の守衛所の横に人道と車道のゲートがあり、それぞれカードによる認証システムがあるとのこと(当日は無制限の自由通過)。しかし、研究所本体の玄関にはカード認証システムは見当らなかった。また、例えば資材等の搬入ルートにおける認証システムの実態は見ることができなかった。見学者に対しては、既定の見学コースが決められており、見学コースのいたるところに武田側の係員が多数いて見学コースをガードしていた。(写真撮影も禁止されていた。)

見学箇所:玄関エントランス、保育室、展示コーナーと講堂、生化学実験室、休憩室、合成実験室、P1P2実験室、社員食道を経て退出し再び守衛所の前を通って終了。

実験室内には施設的な備え付け機器(ドラフトチャンバー、安全キャビネット、実験台、流し)はあるものの、設備的な可動機器(オートクレーブ、冷蔵庫、遠心機等)は皆無の状態であったので、実際の稼働状態を想像するのは困難であった。

居室部分にはまだ机も入っていない居室空間だけのものがほとんどであり、これも実態とは程遠かった。見学が許されたのは全体の中の極めて狭い範囲でしかなかったが、それでも建物内の規模(居室、実験室、会議室、通路等)が多くて広く、床や壁には避難経路の指示テープや標識は設置されていなかったので、緊急時の迅速な避難が困難であるような印象であった。

P1実験室の隣にP2実験室が位置していた。入室には磁気カードによる開扉システムと思われるボックスが設置されていた。

P2実験室内の天井には殺菌灯が設置されていた。室内の消毒燻蒸(ホルマリン燻蒸とアンモニアによる中和、中和後の排気)について質問したが、P2実験室内にいた武田薬品の係員からはいかなる回答も得られなかった(質問の意味が理解できなかったようである)。 遺伝子組換え体等や病原体等の微生物の入った試験管等を落として内容物が床に飛散した場合などの事故等による室内の汚染を除染したり、あるいは定期的に室内全体の消毒殺菌をするには、天井の殺菌灯だけでは不可能である。紫外線が当たらない部分まで含めて室内全体の消毒殺菌には、例えばホルマリンガスによる燻蒸が必要となる。 

国立感染研のP2施設(実験室)とは異なって、P2実験室の天井材が壁、床と同じ構造の非浸透性の材質と見受けられたのは評価できる(WHOの指針に適合している。感染研は石膏ボード構造で失格)。

P2実験室で注目されたのは、壁際に設置された安全キャビネットの上部に付いている排気ダクト出口が水平方向に曲がって開口して実験室内に排気する構造になっていなかった点である(感染研のP2実験室、特に大部屋方式のP2実験施設の安全キャビネットはすべてこの実験室内排気の構造である。一部、例えばボツリヌス菌の取扱い実験室は、個室タイプのP2実験室ではあるが、そこに設置されている安全キャビネットの排気は室内排気されず、ダクト連結によって建物屋上の排気口から空中へ強制排気される)。この湘南研のP2実験室の安全キャビネットは、見学できたP2実験室のみならず、全てが(実験室内へ排気されるタイプでなくて)屋上から強制排気されるタイプと推測される。となると、いままで主としてP3実験施設の強制排気について特に注目してきたが、これからはこの研究所のP2実験施設についても、P3実験施設と同様に研究所の周辺地域住民に対する危険性(バイオハザード)を問題としないわけにはいかない。従ってこの屋上強制排気システムは、この研究所において将来的にP3実験施設で取り扱われる可能性がある病原体ばかりでなく、本年4月から研究活動が始動すればすぐに稼働するP2実験施設で数多く取り扱われることになっている遺伝子組換え実験のバイオハザードに繋がるものであり、今後の大きな問題となる。

安全キャビネットは本来的(一義的)には実験者の安全性を確保するのに大いに有効なものではあっても、外部の周辺住民の安全性を目的として開発され利用されてきたものではない。従って、武田湘南研がP3のみならず、P2の全ての実験施設で安全キャビネットからの屋上強制排気システムを採用して室内へ排気しないこと自体から言えることは、この安全キャビネットからの排気を実験施設内の従業員が直接吸気することを忌避していることになる(忌避することで内部の従業員の一層の安全を図る)。内部の従業員が吸気したくない(P3P2実験施設両方の)排気を周辺住民へ吸気せしめることを押し付ける構造となっている。

今回の見学のなかで、P3実験施設の場所の提示のみならず、その見学が実施されなかった理由を尋ねてみた。従業員の一人は、見学によって実験施設の床が汚れ、清掃と消毒が大変なので出来なかったとの回答であった。しかし、別の一人の回答は、周辺住民側からの申し出により、つまりテロの襲撃に対してP3施設の場所が知られることを周辺住民が恐れていることから見学対象にすることができなかった、とのことであった。この場合の周辺住民とは、武田薬品の利害と一致する特殊な住民かもしれない。

見学の途中で、プロジェクトリーダーの野村一彦さんを紹介されたのでP3実験について聞いてみた。将来的にP3での病原体実験が要請されたときには、この研究所においても対応せざるをえないとのことであった。しかし、日常的に継続してP3実験施設にて病原体を取扱い実験していないのであれば(武田薬品は、この研究所でのP3実験施設において、当面は病原体取扱い実験をする予定はないと言明している)、ある日突然に緊急な要請があったからといって、迅速に取扱いが開始できるわけではない。つまり、実験者のP3相当の病原体取扱いするための教育を含めて相当な準備期間が必要になることについて合意した。その上で、武田薬品が行うP3取扱い実験(研究開発)のすべてを武田薬品の光工場(在山口県。ワクチンの製造施設があり、日常的に病原体を取り扱っている)へ集約する考えはないのかと質問してみたが、今のところそのような考えは出ていないとの回答であった。一般的に、P3実験施設での遺伝子組換え実験が次第に緩和されてきてP2実験施設でも実施可能になってきている現状を考えると、今後は湘南研でのP3とともにP2取扱い実験をも注目し問題とせざるを得ない(つまり、湘南研での排気システムを考えると、P3ばかりかP2もバイオハザードの点で看過できない)。

P2実験施設内の流しに設備されている水道水の開閉には、通常の水栓が使用されていた。手術室での手洗い水栓のように手指以外の足で操作できる水栓にするべきである。流しからの排水は貯留槽へ導入されて殺菌消毒される計画との回答であったが、残念ながらこの貯留槽も見学コースに入っていなかった。

排水施設そのものの見学もできなかった。展示パネルの説明によれば、水質モニターとして、TOC、水温、pH(水素イオン濃度)が載っていたが、それ以上の詳しいことは掲載されていなかったし、係員に説明を求めたが無駄であった。実験室から1日あたり確か1,050立方メートルくらいの排水が貯留することになっている一次貯留槽について説明を求めたところ、この一次貯留槽は地中への埋込み型の貯留槽であるとのことであった。最新のバイオ施設では地面から架台で支えたタンク式にすることで漏水を発見し易くするのが通常と理解していたので、この点で武田の湘南研のそれが地中埋込み方式であるのは驚きであった。そもそもこの研究所を設計した機関については知らされていないが、これまでのバイオ裁判の中で出てきた安全対策等のあり方をどこまで詳細に検討した上で設計したものであるのか、大変気になるところである。

今回の見学会では、実験動物施設に関して一切見学が許されなかった。この研究所の中枢となるその動物施設の一部でも見学できるのではと期待していたが残念であった。

係員の説明では、研究所全体に関して「集中的な管理施設」があって、そこで各種のモニターが作動している状況が逐一把握されることになっており、その結果は守衛室で見ることができるとのことであったので、帰路守衛室へ立ち寄ってみた。TOC、水温、pHの表示は出ていたが、これらが連続的な経時的表示なのか、あるいは一定時間毎のデーター表示なのかに対する質問には、分からないとのことであった。暫く(10分近く)見ていたが、各数値が変化する気配はなかった。また、守衛室には風向の自動表示があったが、研究所施設のどこに風向計があるのかが分からないこと、および緊急時の風向を知らなければならないのは第一に緊急な避難が必要となる周辺住民であるが、その時の風向を即座に周辺住民へ伝達する有効な手段が確立されているのかどうかまったく不明であった。今回は、施設内にあるであろう「集中的な管理室」の見学ができなかったので、後日施設が稼働する前にその辺の確認ができるような見学が実施されることを、実験動物施設の見学とともに要望したい。なお、夜間等に不審者がフェンスを乗り越えた場合などにはモニターカメラの映像をどこかにある管理室で監視しているようであるが、それに関しては守衛室での対応があるのかどうかは不明であった。

今回の許可された極めて限定された見学範囲からは、バイオハザードに対する武田薬品の安全対策のレベルを推定することは到底できず、適切な評価もなしえない。 

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