科学者として                                 

新井秀雄(代表幹事)

 

多剤耐性菌

英国の医学専門誌「ランセット」(811online出版)の「Emergence of a new antibiotic resistance mechanism in India, Pakistan, and the UK :a molecular, biological, and epidemiological study」によって、通常のほとんどの抗生剤が効かない新型の多剤耐性菌による感染症の危機が懸念されている。カルバペネム抗生剤を分解する酵素NDM1New Delhi metallolactamase12009年に英国で大腸菌と肺炎桿菌中から検出、特定された)を産生する新しいタイプの多剤耐性を示す大腸菌や肺炎桿菌による感染の発生がインド、パキスタンおよび英国で増加していると報告された。英国の感染者の一部は最近インドあるいはパキスタンで美容整形手術を受けていた。この論文の研究者たちは、インドで整形手術を受ける欧米人は多いことから、NDM1が世界中に(航空機による移動)広がる恐れを危惧している。インドで医療処置を受けた人は、帰国して国内で治療を受ける際に多剤耐性菌の感染について検査を受けるべきであるという。厚労省健康局結核感染症課は、8月末に各都道府県担当部局へ注意を促す事務連絡をしたが、NDM1産生株が検出されたときの対応として、

●患者の個室管理、標準予防策、接触感染予防策の励行、他の患者への伝播を防止する感染予防対策の実施。

NDM1産生株が便、喀痰から検出されても、無症状の場合は抗菌剤による除菌は行わず、標準予防策、接触感染予防策を励行しつつ、やがて消失するのを待つ。

NDM1産生株による感染症発症患者は、患者の病状を考慮して、抗菌剤療法を含む積極的な治療を実施する。

●患者の海外渡航歴および渡航先での医療機関の受診歴を詳細に聴取する。

としている。

獨協医大病院の入院患者からNDM1遺伝子を持った大腸菌が国内で初検出されたが、インド起源と考えられているNDM1遺伝子を持った大腸菌は、別の菌から遺伝子を伝達されたと考えられている。この伝達による耐性獲得は、さらに他の細菌へ耐性遺伝子が伝達し易いので警戒が必要という。帝京大病院の多剤耐性アシネトバクターの方は、伝達によるものとは別の変異機構かもしれない。

多剤耐性の、ブドウ球菌や緑膿菌、そして大腸菌やアシネトバクターも本来の毒性(病原性)は強いものではなく、健康な人には深刻な問題ではない。しかし、基礎疾患や手術などで免疫力が落ちている人が感染すると重症化し易い。抗菌剤がいかほどに有効であったとしても、基本的には免疫力があってのことであり、院内感染(日和見感染)ではこの点が特に大きな問題となる。

新しい抗菌剤の開発は、ほぼ停止状態という。一方で、家畜の育成や養殖での抗生剤の使用規制は2006年のEU規制を別にすれば不十分であり、既存の抗生剤は今だに大量に消費されている。その中で、多剤耐性菌に感染発症した患者をどのように処置するか。「対症療法を続けながら、患者の免疫力が多剤耐性菌に打ち勝つのを待つしかない」と言われるが、上に揚げた厚労省の注意も含めて、果たして患者(免疫学的弱者)からはどのように受けとめられるだろうか。        


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