芝 田 進 午 代 表 幹 事 の 逝 去 を 悼 ん で

 去る3月14日、本研究センターの生みの親である芝田進午氏は胆管ガンのため永眠されました。享年71歳。ご遺族によると、最期の一刻までしっかりとした意識を持ち続けられ、予研=感染研裁判や本研究センターの今後についての考えを述べて息絶えられました。誠に立派な最期であられたと感動の極みです。と同時に、悲嘆の涙が溢れることを禁じ得ません。

 顧みれば2年前のちょうど今頃、芝田氏の唱導で多くの気鋭の士が寄り集まり、本センターが発足しました。2年間の活動の成果は、既に12号に及ぶニュースレターに集約されております。芝田氏はこのニュースレターにたびたび論文や随想を寄稿し(第1、7、8、10、11号)、本センターおよび会員の皆さんに対し理論的・実践的拠り所を与えて下さいました。なかでも、第8号(2000年7月)の「人権論と科学論」と題する論考は、"人権論に基礎を置く科学論"の構築を目指したものであり、現在および今後に科学・技術の社会で生きていく人びと全てが真剣に考え、堅持すべき視点を提起する哲学論文であり、実践的思想家としての芝田進午氏の面目躍如たるものです。さらに、第11号(2001年2月)の「生命についての若干の考察」という論文は、芝田氏が死去の直前まで執筆活動を止めなかったことの証として、文字どおり"絶筆"と称すべき論文です。この"絶筆論文"を会員・読者の皆さんは果たしてどのような気持でお読み下さったでしょうか。 

 芝田氏との永遠の別離は、私たちに打ち消し難い悲しみをもたらしました。しかし、私たちがその悲しみにいつまでも沈んでいることは許されません。なぜなら、時代が私たちバイオ安全研の活動の発展を強く求めていると考えられるからです。このことは、芝田氏が終生の仕事として取り組んだ予研=感染研裁判(東京地裁)つまりバイオハザード裁判における恐るべき時代錯誤的判決また学問・科学への冒涜的判決を見れば、余りにも明らかです。

 会員の皆さんが芝田氏の遺志を受け継ぎ一層発展させるべく、着実に新たな前進を始めて下さるよう願って止みません。                       
(2001年3月31日 本庄重男記)


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