イギリス「遺伝子組み換え生物(閉鎖系使用)についての規則」


(1992年発布、1996年改正)


バイオ安全研幹事 長島 功


 本規則は、封じ込めの下での遺伝子組み換え生物の安全な使用と取り扱いを確保するために定められた。本規則は遺伝子組み換え実験が閉鎖系使用の条件下で行われることを要求する。遺伝子組み換え微生物に対しては、人間の健康のリスクと環境のリスクの双方を対象とする。植物や動物のようなより大きな遺伝子組み換え生物に対しては、人間の健康のリスクのみを対象とする。
本規則の主な条項は以下のとおりである。

(a) 人間の健康と環境のリスク評価
(b) リスク評価の記録
(c) リスク評価ついて助言する地方の遺伝子組み換え安全委員会の設置
(d) 生物の性質と活動の種類を考慮して、人間と安全性へのリスク及び環境への悪影響のリスクに基づいて作業を分類すること
(e) はじめて遺伝子組み換えを伴う活動のために敷地及び施設を使用する計画がある場合には、その計画について保健・安全局に事前に届出を行うこと、活動の種類によっては保健・安全局の同意を得るまでは作業を始められないこと
(f) 遺伝子組み換えを伴う個々の活動について保健・安全局に届出を行うこと、活動の種類によっては保健・安全局の同意を得るまでは作業を始められないこと
(g) 職業上の安全と環境の安全の基準と封じ込めの水準
(h) 事故の届出と緊急時の対策計画の策定
(i) 情報の公開と公的な登録、機密の保持
(j) 届出の料金

 以下、本規則の主な内容を列挙する。

(1)目的
 本規則の目的は、遺伝子組み換え生物に関わる活動から生じる人々の健康に対するリスクから人々を守り、環境を保護することである。(規則3)

(2)リスク評価

 人は、遺伝子組み換え生物に関わる活動を始める前に、それによって生じる人間の健康と環境に対するリスクの適切で十分な評価がなされたことを確かめなければ、そのような活動のために施設を使用することもそのような活動を行うこともできない。
 また、リスク評価を行う者はその評価を記録し、遺伝子組み換え生物に関わる活動が終了した日から少なくとも10年間その記録を保存しなければならない。(規則7)

(3)届出
 人は、はじめて遺伝子組み換え生物に関わる活動を施設で行う場合には、少なくともその活動を始める90日前にその計画を保健・安全局に届け出なければならない。また、U群の遺伝子組換え微生物(P2・P3実験、P4実験施設で扱われるべき遺伝子組み換え微生物―筆者注)に関わる活動の場合には、保健・安全局が承認した場合にのみ施設でその活動を行うことができる。     (規則8)

(4)安全委員会の設置
 リスク評価を行う者はその評価に関して助言を与える遺伝子組換え安全委員会を設置しなければならない。                   (規則11)

(5)緊急事故対策計画
 リスク評価により、十分予想できる事故の結果として、遺伝子組換え実験が行われている施設の外部の人々の健康と安全が脅かされる可能性があるか、または、環境に有害な影響を与えるリスクが存在する場合には、実験を行っている者はそれらの人々の健康と安全を確保し、環境の保護のために必ず適切な緊急事故対策計画を文章化して策定しておかなければならない。また、上述の者は事故の影響を受ける人々に安全対策の内容を知らせ、それに関する情報は最新のものにされて公衆に公開されなければならない。      
            (規則13)

(6)事故の報告
 事故が起きた場合には、遺伝子組み換え微生物に関わる活動に携わる者は直ちに保健・安全局にそれについて報告しなければならない。報告すべき内容は以下の情報を含むものとする。
(a) 事故の状況
(b) 放出された遺伝子組み換え生物の名称とその量
(c) 事故が住民全体と環境に与える影響を評価するために必要なあらゆる情報
(d) 講じられた緊急事故対策                 (規則14)

(7)届出情報の公開
 届出をした者はその競争上の地位を損なう恐れがあり、秘密にしておくべき情報を指示することができる。その際には、保健・安全局は届出者と相談し、どの情報が秘密にされるべきかを決定し、その決定を届出者に通知するものとする。 しかし、次の情報は秘密にしておくことはできない。
(a) 届出者の名称と住所及び遺伝子組み換え施設の位置
(b) 実験の目的
(c) 扱われる遺伝子組換え生物についての記述(名称、特性等を含むー筆者注)
(d) 遺伝子組み換え生物の監視と緊急時の対応の方法と計画
(e) 予見しうる影響、特に病原体の影響と生態系を破壊する影響の評価 (規則15)

(8)届出書の記録
保健・安全局は届出書の記録簿を保存し、いつでも自由に公衆に閲覧できるようにする。                           (規則16)

<考察>
 この規則は、1990年に出された「閉鎖系使用に関するEC理事会指令」に従って、遺伝子組み換え実験がもたらす悪影響から人間の健康と環境を守るために制定された。この規則の大きな特徴は、(1)遺伝子組み換え実験を不可欠とするバイオ産業の推進をその目的に含まず、もっぱら作業員と周辺住民の健康及び環境を守ることを唯一の目的にさだめられたこと、(2)規則の実施において保健・安全局が全面的な権限を有していることである。

 規則の個々の評価を行う前に、保健・安全局の業務と機構について説明しておく。保健・安全局の任務は、「保健安全法」で定められた規則を全国民が遵守するよう監督することである.。この規則は次の三本柱に集約できる。

(1) 雇用者は従業員の健康と安全を守ることに注意しなければならない。
(2) 従業員と自営業者は自分自身の健康と安全を守ることに注意しなければならない。
(3) 全ての人は、他の人、例えば、その人たちの作業活動によって影響を受ける可能性のある公衆の構成員たちの健康と安全を守ることに注意しなければならない。 また、保健・安全局は、作業が環境に影響を与える仕方にも関心を持ち、必要な施策を実施する。

 以上の任務を果たすために、保健・安全局は、「健康と安全に関する専門家委員会」を設置し、この委員会に属する査察官に事業所の査察をはじめとする様々な業務を行わさせる。そのなかには、事業者への助言、改善命令及び安全確保に関する情報の提供などが含まれる。また、国民への安全に関する教育活動も行う。

 また、保健・安全局のもとに「危険病原体についての諮問委員会」と「遺伝子操作諮問委員会」が設置されている。前者は、病原体への被曝から生じる労働者や他の人々のハザードやリスクのあらゆる側面について、必要時に「保健・安全委員会」、「健康と安全に関する専門家委員会」、保健相及び農業相に助言する。後者は、遺伝子組み換えの閉鎖系使用から人間の安全と環境の保全の確保に関するあらゆる側面について、適時に「保健・安全委員会」、「健康と安全に関する専門家委員会」、「環境保護省」及び他の省庁や行政組織に助言する。予研裁判に提出されたコリンズ博士の意見書によれば、2つの諮問委員会は、専門科学者、雇用者代表、非雇用者代表の3者からそれぞれ同数で構成され、後の二つのグループは科学者である必要はないというように、英国においては、科学者の活動が科学者以外の人々によって公的に審査されることを確実にする安全弁が制度化されているということである(「予研は再移転すべきである」C・H・コリンズ、芝田進午訳、『技術と人間』1997年6月、p.38)。

 次に、本規則の特徴とその評価について述べる。全体は、人間の健康と環境のリスク評価、届出、安全委員会の設置、緊急事故対策計画、事故の報告、届出情報の公開、届出書の記録等についてほぼ「EU指令」やWHOの基準に沿っているといえる。また、査察の規定はないが、それはすでに「保健安全法」で定められているからである。評価すべき点としては、企業秘密の保護の決定権は企業の側にではなく、保健・安全局にあることが明記されていることである。これは、本規則がバイオ産業の推進を目的にしていないことからすれば当然のことである。最後に、不十分な点としては、全ての権限が保健・安全局に付与されているために、住民参加を定めた条項がないことである。バイオ施設の建設に際しては住民の同意を必要とすること、諮問委員会に市民の代表を参加させることが必要である。     

戻る