世界のバイオ規制法(5) アメリカ合衆国

長島 功



(1)「国家環境政策法」

アメリカでは、1970年に「国家環境政策法」が発効し、全ての国家プロジェクトはこの法律によって事前に環境影響評価を実施することが義務付けられた。

 同法には、「全ての連邦の省庁は、人間の環境の質に重大な影響を与える連邦政府の主要なプロジェクトについてのあらゆる勧告ないし報告書の中に、
@ プロジェクトの環境影響評価
A プロジェクトが実施された場合に避けられない環境への悪影響
B プロジェクトに対する代替案
の3項目に関して所管当局が作成した詳細な報告書を盛り込まなければならない」ことが明記されている。さらに同法は、「連邦の所管当局は、このような詳細な報告書を作成する前に、生じる可能性のある全ての環境への影響に関して、法律による権限を有する全ての連邦の省庁及び専門家と協議するとともに両者に意見を求めなければならない」と定めている。(「国家環境政策法」第1部「国家環境政策についての議会の宣言」102項)

 ここで言及されている連邦政府の関与する全てのプロジェクトに生物医学研究施設(バイオ施設)の設置が除外されているという規定はない。この点は、その後のバイオ施設の設置をめぐる訴訟の経緯により明確化されることになる。

 すなわち、まず1983年に、「エコノミック・トレンド財団」総裁のジェレミ・リフキン氏は、「組み換えDNA諮問委員会」が環境影響評価を行わずに組み換え微生物を環境に放出する実験を承認したのに抗議して、実験の差し止め裁判を起こして勝訴している。さらに、1985年には、リフキン氏は、ユタ州の砂漠に陸軍のP4実験施設を建設する政府の計画に反対する差し止め裁判を起こした。これに対し、政府は1988年2月に「環境影響評価報告書」を提出したが、結局計画を断念せざるをえなかった。

 このような経過からして、アメリカでは、全てのバイオ施設は環境影響評価報告書を公表し、公衆の同意を得なければ、差し止め訴訟で敗訴になるという判例が確立していると言うことができる。なお、英米法では判例の蓄積によって法律が形成されていくという判例法主義が原則となっていることを考慮すれば、アメリカでは事実上バイオ施設の規制は法制化されているとみなしてようと思われる。また、前述のように、アメリカでは「国家環境政策法」が発効して、政府のプロジェクトに環境影響評価報告書の発表と公衆の同意が義務付けられたが、これがバイオ施設の設置とバイオ実験(病原体等の実験と遺伝子組み換え実験)の実施にも適用されていることは明らかである。

(2)NIH(米国立衛生研究所)のガイドライン

はじめに、ガイドラインの概要を示し、次にそれについて考察を加える。
ガイドラインは5つの章と17の附則からなっている。
本編に当たる5つの章の概要は以下のとおりである。

(目的)
 このガイドラインの目的は、「組み換えDNA分子とそれを含む生物とウィルスを作成し、取り扱うための方法を詳細に規定する」ことである。
(届出) 
同ガイドラインによれば、「NIHの承認を必要とする全ての遺伝子組み換え実験は、NIHまたは審査と認可の法的権限を有する連邦政府の他の省庁に届出されなければならない。」
(適用範囲と罰則)
また、このガイドラインはアメリカ合衆国内で行われる全ての遺伝子組み換え実験に適用される。さらに、NIHから資金を提供されている遺伝子組み換え実験並びにNIHから資金を提供されている研究機関で行われるかまたはその研究機関の援助で行われる遺伝子組み換え実験はNIHのガイドラインを遵守しなければならない。違反した場合には、その研究機関での遺伝子組み換え実験へのNIHの資金提供が停止・制限・終結される。
(リスクアセスメント)
 実験で扱う全ての病原菌は、人間の健康へのリスクの高低の評価を行うリスクアセスメントに基づいて4つのリスクグループに分類される。この分類に基づいて、実験においては、2段階の生物学的封じ込めと4段階の物理的封じ込めが施されなければならない。
(ガイドラインが対象とする実験)
 ガイドラインが対象とする実験は以下のとおりである。
A. 開始する前に機関内バイオセーフティ委員会の認可、組み換えDNA諮問委員会(RAC)の審査及びNIHの所長の認可を必要とする実験。
B. 生物の重さ1キログラムあたり100ナノグラム未満のLD50(半数致死量)を有する有毒分子に関する実験。この実験は、開始する前にNIHとバイオテクノロジー研究活動事務局(OBA)並びに機関内バイオセーフティ委員会の認可を必要とする。
C. 一人以上の人間主体への組み換えDNAそのものまたは組み換えDNAから取られたDNAやRNAの意図的な導入に関わる実験。この実験は、開始する前に機関内バイオセーフティ委員会審査委員会の認可とNIHとOBAへの登録を必要とする。
D.
@リスクグループ2、3、4に属する病原菌または宿主−ベクター系として限定された病原菌を使用する実験。

Aリスクグループ2、3、4に属する病原菌から取られたDNAまたは限定された病原菌が病原性のない原核生物ないしは高等でない真核生物の宿主−ベクター系のなかでクローンされる実験。

B組織培養系にヘルパーウィルスが存在するなかで感染性のあるDNAまたはRNAウィルスもしくは欠損DNAまたはRNAウィルスを使用する実験。C動物全体に関わる実験。

D植物全体に関わる実験。

E10リッターを超える培養に関わる実験。これらの実験は、開始前に機関内バイオセーフティ委員会の認可を必要とする。
E.
@真核生物を宿主とするウィルスのゲノムの3分の2しか含まない組み換えDNA分子の作成に関わる実験。

A植物全体に関わる実験。

B遺伝子を導入されたげっ歯類の動物に関わる実験。 これらの実験は開始と同時に機関内バイオセーフティ委員会への通知を必要とする。

F. 適用を除外される実験
(責任機関)
 ガイドラインで示された安全対策を実行することは、それぞれ機関内バイオセーフティ委員会が責任を負わなければならないが、その他にも以下のような機関が必要である。
A. バイオセーフティ管理者
B. 主任調査官
C. 組み換えDNA諮問委員会(RAC)
D. バイオテクノロジー研究活動事務局(OBA)
(民間の機関へのガイドラインの自発的な遵守の奨励)
 NIHのガイドラインの対象外にある個人、企業、研究所もガイドラインに示された基準や手順を自主的に守るよう勧める。

 附則については、附則のタイトルのみを示す。問題点は<考察>の項で指摘する。
A. 第3章F―5のもとで適用を除外される項目―自然のなかで起こる遺伝子交換の細目
B. ハザードに基づく人間の病原菌の分類
C. 第3章F―6のもとで適用を除外される項目(人間の健康と環境に重大なリスクを与えない組み換えDNA分子)
D. NIHのガイドラインに従って行われる主な活動
E. 認定される宿主−ベクター系
F. 脊椎動物に対する毒性分子の生合成遺伝子のクローニングのための封じ込め条件
G. 物理的封じ込め
H. 輸送
I. 生物学的封じ込め
J. バイオテクノロジー研究小委員会
K. 組み換えDNA分子を含む生物の大規模利用のための物理的封じ込め
L. 遺伝子治療政策会議
M. 組み換えDNA分子の一人または複数の人間主体への導入の計画案の策定と提出の際に考慮すべき点。
P. 植物に関わる組み換えDNA研究のための物理的・生物学的封じ込め
Q. 動物に関わる組み換えDNA研究のための物理的・生物学的封じ込め

<考察>

 NIHのガイドラインの最大の問題点は、発表後、幾度にもわたって改訂が加えられ、そのたびに実質上の規制緩和が行われたことである。それは、主として実験に使用される組み換えDNA分子のリスクレベルを格下げし、それに従って、その組み換えDNA分子に関わる実験の封じ込めレベルを下げるか、またはガイドラインの適用から除外することであった。 このような緩和のうち最も大きなものは、 大腸菌K12株を使った、実質上全ての実験(禁止された部分を除く)がガイドラインから除外されたことである。その理由は、大腸菌K12株の大部分は組み換えDNA研究を行うのに、安全な生物体であり、この株が病原性のある遺伝子にかわることはまずあり得ないとの一般的合意が科学者の中にあるからというものである。しかし、たとえば、病原性大腸菌O-157の発生原因はいまだ解明されておらず、それどころか、大腸菌を使用した組み換え実験によって大腸菌が志賀赤痢菌の毒素を組み込んだことが大腸菌O-157の発生原因であるという有力な説がある。また、大腸菌は実験室外の環境下でも生存することが確認されている。したがって、大腸菌をガイドラインの適用から除外することは、物理的封じ込めの行われていない実験室で大腸菌をクローニング媒体やベクターとして使用することを許し、それによって毒性を持つ大腸菌が環境へ放出する可能性が生じ、人間の健康と環境への悪影響を免れない。 次に、NIHのガイドラインの評価すべき点は、P3, P4施設の排気の仕方を定めている規定が事実上それらの施設が住宅地から離れて立地されるべきであるという主張を含意していることである。
これらの規定は原文では以下のとおりである。

Appendix G. Physical Containment
Appendix G-II-C-4. Laboratory Facilities (BL3)
Appendix G-II-C-4-i. A ducted exhaust air ventilation system is provided. This system creates directional airflow that draws air into the laboratory through the entry area. The exhaust air is not recirculated to any other area of the building, is discharged to the outside, and is dispersed away from the occupied areas and air intakes. Personnel shall verify that the direction of the airflow (into the laboratory) is proper. The exhaust air from the laboratory room may be discharged to the outside without being filtered or otherwise treated.
Appendix G-II-D-4. Laboratory Facilities (BL4)
Appendix G-II-D-4-o. The exhaust air from the facility is filtered through high efficiency particulate air/HEPA filters and discharged to the outside so that it is dispersed away from occupied buildings and air intakes. Within the facility, the filters are located as near the laboratories as practicable in order to reduce the length of potentially contaminated air ducts. The filter chambers are designed to allow in situ decontamination before filters are removed and to facilitate certification testing after they are replaced. Coarse filters and HEPA filters are provided to treat air supplied to the facility in order to increase the lifetime of the exhaust HEPA filters and to protect the supply air system should air pressures become unbalanced in the laboratory.

 上記の規定において、P3, P4施設の排気の仕方を定めている箇所は、下線を引いた部分で、いずれも「排気は人のいる地域(建物)と空気取り入れ口から離れて拡散される」の意味である。これと同様の記述は、WHOの『病原体実験施設安全対策必携』(1993)にも存在し、その趣旨は、P3, P4施設の排気は人間の健康に有害であるから、人間に吸わせてはならないということであり、事実上、有害な排気を出すP3, P4施設は住宅地や公衆の集まる地域や往来の激しい道路から離れた場所に設置されなければならないという主張に等しいとみなすことができる。

(3)アメリカにおける微生物排出規制について

1.概説 
アメリカは「連邦規制法」の第40項「環境保護」によってバイオテクノロジーによる微生物の使用を「有毒物質規制法」の下に規制している。すなわち、アメリカではバイオテクノロジーによって開発された微生物は有毒物質に指定されているわけである。アメリカの環境保護庁は微生物を「有毒物質規制法」の下での化学物質とは別個に取り扱っている。その理由はバイオテクノロジーによって開発された微生物の独自の特徴によるものである。その際に、一般的な商業用の目的のために製造される微生物と商業用の研究・開発のために使用される微生物の扱いは区別されている。一般的な商業目的のために微生物を製造する事業者は「微生物商業活動通知書」を生産を始める前に環境保護庁に提出しなければならない。また研究・開発において微生物を使用する事業者は「有毒物質規制法実験排出申請書」を研究を始める前に提出しなければならない。すなわち、バイオテクノロジーの実験によって使用された微生物ならびに製造された遺伝子組み換え微生物の大気への排出は環境保護庁に審査されるということである。したがって、申請書の検討により健康に有害な微生物の排出が予想される場合には環境保護庁によって実験の停止が求められることも考えられる。

2.「バイオテクノロジーにより生産される微生物に関する規則」
2.1.同規則制定の経緯と目的 もともと「有毒物質規制法」の第5部の規定により、環境保護庁は、民間の事業者によって新しい化学物質が開発・製造された場合、それが市場に出る前にその化学物質を審査する権限を有していた。すなわち、事業者は、新しい化学物質を開発しても、その前に環境保護庁によるその新しい化学物質の審査を通らなければそれを商業化することはできなかった。

 環境保護庁は、人間の健康や環境に有害な影響を与える可能性がある「新しい微生物」―バイオテクノロジーにより開発・製造された微生物―の排出の規制に新しい化学物質の規制のために制定された「有毒物質規制法」の第5部の規定を適用した。これによって、バイオテクノロジーにより開発・製造された新しい微生物の商品化と研究・開発のためのその使用は、事前の環境保護庁によるその微生物の審査を通らなければ不可能となった。この規則は1997年4月11日に「連邦公報」のなかで公表され、同年6月10日に発効された。この規則は微生物を取り扱う事業者の届出手続きと届出を免除される微生物を定めている。

 また、同規則は、「新しい微生物」の審査を事前に行い、その商業化と実験における使用を認可する権限を環境保護庁に付与するものであるが、その目的とするところは、同規則の「要約」によれば、「バイオテクノロジー産業に重荷となる不必要な規制を課することなく、人間の健康と環境に有害な影響を与えるリスクを未然に防ぐこと」である。このように、同規則は産業の発展と環境保護の調和を計るという根本精神に基づいているが、この点は、「国家環境政策法」の第1の目的が、「人間とその環境との調和を推進すること」に置かれている(同法の「目的」の項より)ことと同様である。以上の点からすれば、アメリカはドイツと同様、基本的には同一の法律の下でバイオテクノロジーの推進と規制を計ろうとしているということができる。

2.2 規制の対象―新しい微生物
 この規則によって規制・審査される新しい微生物とは、属の異なる微生物の遺伝子を受容体微生物に導入することによって意図的に作成された遺伝子組み換え微生物である。この種の微生物を同法は「交配された微生物(intergeneric microorganisms)」と呼んでいるが、実質上はいわゆる「遺伝子組み換え微生物(genetically modified microorganismsまたはGMM)に等しい。このような新しい微生物が規制されなければならない理由は、この微生物が遺伝子を供与された微生物とその遺伝子を導入された受容体微生物の双方と特性を異にし、しかもその特性がどのようなものか定かでなく、予測できないからである。新しい微生物の変化した特性とは、例えば、その生存能力、宿主域、他の微生物との競争力及びそれによるタンパク質や多糖類の生産等である。環境保護庁がバイオテクノロジーにより開発・製造された新しい微生物に特別の規制を行うのは、この種の微生物が自然に発生する微生物とは異なる新しい予測できない特性を有し、その未知の予測できない特性が人間の健康や環境に有害な影響を与える可能性が懸念されるからである。

2.3 規制される対象の種類と規制される主体
 規制される主体は規制される対象の種類に従って2種類に分かれる。 規制される対象の第1の種類は、「商業的資金によって行われるバイオテクノロジーの研究・開発活動」である。この活動に関わって規制される主体は「バイオ肥料、バイオセンサー、バイオテクノロジー試薬、商品または特製品の化学的生産、エネルギー応用、廃棄物処理または汚染の低下ならびに有毒物質規制法で規制される使用のために交配された微生物を使用する商業目的の研究を行う者」である。 規制される対象の第2の種類は、「バイオテクノロジーによって商業目的のために製造された製品」である。この製品に関わって規制される主体は「商業上の目的のために製品を製造、輸入、処理する者、すなわち、バイオ肥料、バイオセンサー、バイオテクノロジー試薬、商品または特製品の化学的生産、エネルギー応用、廃棄物処理または汚染の低下ならびに有毒物質規制法で規制される使用のために交配された微生物を製造、輸入、処理する者」である。

2.4 規制内容
 「有毒物質規制法」の第5部の規定に従って、「有毒物質規制法」のリストに載っていない「交配された微生物」を製造する者は、環境保護庁がこの微生物が人間の健康と環境に害を与えるリスクを有しているかどうかについて審査するために、製造を開始する90日前に環境保護庁に一定の情報を提供しなければならない。

 まず第1に、「有毒物質規制法」の第5部の規定によって情報を提供する義務のある「交配された微生物」の製造業者、輸入業者、処理業者は、その活動が特別の適用除外項目に該当するのでない限り、「微生物商業活動通知書(MCAN)」を環境保護庁に提出しなければならない。

 この適用除外項目には2種類ある。事業者の活動が第1類の適用除外項目に該当する場合には、事業者は製造開始の10日前に環境保護庁に第1類に該当する微生物を製造している旨を報告するだけでよい。ただし、製造記録を取ることが義務付けられる。つまり、製造前に環境保護庁の認可を得る必要はない。しかし、このように事業者の活動が第1類の適用除外項目に該当する場合でも、以下の条件が課せられる。
@ 事業者はリストに挙げられた受容体微生物の1つを使用すること
A 特別な物理的封じ込めを実施し、安全確保のための技術を用いること
B 受容体微生物に導入されるDNAは特性が良く分っており、大きさが限られていて、
可動性に乏しく、ある種の配列を有していないこと。

 第2類の適用除外項目は、事業者が封じ込めレベルを変更した場合であり、この場合には、事業者は変更内容を述べた届出を提出しなければならない。環境保護庁は、この変更を審査をするが、事業者は認可が下りるまでは製造を始めることはできない。

 他方、事業者は、研究・開発を行う場合には、「微生物商業活動通知書(MCAN)」のかわりに「有毒物質規制法実験排出申請書」(TERA)を環境保護庁に提出することができる。事業者がNIHのガイドラインを遵守して研究・開発を行う場合には、環境保護庁の審査と報告・記録の必要条件を免除される。

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