わくちんトーク48 「丸山ワクチン」製造承認への動き

 臼田篤伸 (代表幹事 インフルエンザ・風邪・がん問題研究者)


●なぜ今、丸山ワクチンなのか

 今日、丸山ワクチンの名称がジャーナリズムに登場することはほとんどなくなった。書店で見かけることもない。なぜだろう。ところが最近、『今こそ丸山ワクチンを!』(KKベストセラーズ 井口民樹、丸山茂雄著)のタイトル本が出版された。このワクチンは専門的にはSSMSpecific Substance Maruyama)とも呼ばれる。丸山ワクチンの認可をめぐって、数十年前にマスコミで大きく報道されていたことは私の記憶にも残っている。しかし、それについてこれまで調べることはなかった。がん細胞の研究をしてきたにもかかわらず誠に迂闊であった。今回は同書を参照させていただいてその本体の概略とこれまで辿ってきた苦難の道のりを簡単に紹介する。

●審査における丸山ワクチンへの敵意

197611月、ゼリア新薬工業は当時の厚生省に、抗悪性腫瘍剤としての製造承認を申請した。それにもとづいて当時の中央薬事審議会の抗悪性腫瘍剤調査会において審査された。その後の経緯というものは、ひとことで言うと、この薬を不認可とするための専門家集団と厚生官僚らによる「悪質な事実の捏造」の歴史と言い表すことができる。その主な原因は、当時他社から抗悪性腫瘍剤として承認申請されていた薬剤の背後に潜んでいた丸山ワクチン不認可への不当圧力だった。抗悪性腫瘍剤がひとたび認可されると、保険に導入され莫大な売り上げと利益が保証される仕組みが出来ていたからである。その上、他社の競合薬剤を蹴落とすことができれば、自社製品の使用比率が一気に高まるのは自明のことである。当初、丸山ワクチンの認可妨害に中心的役割を果たしたのは、上記調査会の座長を務めていた桜井欽夫氏であった。ところが、これらを審査する最高責任者の同氏は、あろうことか、吉富製薬から既に発売されていた抗がん剤・プロテクトンの基本特許をもち、同時にこの製薬会社の顧問をしていたというのである。よって、当時、有効性が次々と報告されていた丸山ワクチンの治験成績からその有効データを無視抹殺するなど、認可否定のために狂奔していたのである。この人は当時癌研の化学療法センター長を務め、癌研の薬局長に対し、「うちには丸山ワクチンを置かないように」と指示していたという。

●国会で丸山ワクチン集中審議の異常事態

 このように、中央薬事審・抗悪性腫瘍剤調査会は、有効データを故意に除外する手口で丸山ワクチンを不承認とする理由付けを行った。ここまでは厚生省が初めから描いていたシナリオ通りだった。新薬の審議において何故このようなデタラメがまかり通ったのか。19817月の国会審議でその実態が明らにされた。上記中央薬事審の審議過程に、あまりにも不明朗な点が多過ぎるとの指摘が巻き起こったためである。国会でも取り上げられ、「丸山ワクチン問題集中審議」と銘打った前代未聞の新薬騒動にまで発展した。まず、中央薬事審のメンバーが秘密であったことと会議の中味も非公開だったことが明らかにされた。その理由が薬事審の中立性を保つためと説明されたが、実体は非公開を隠れ蓑に不公正が堂々とまかり通っていたことが判明した。この集中審議で当時一年生議員だった菅直人氏は、既に認可発売されていた抗がん剤・プロテクトン疑惑などについて、抗悪性腫瘍剤調査会の桜井座長を鋭く追及した。調査会ではこの一例だけでなく、同じ免疫療法剤のクレスチン、ビシバ二―ルでも、桜井氏が、開発する側と審査する側の「一人二役」を勤めていたことが判明した。この二薬剤合わせて発売十四、五年で一兆円以上の売り上げを収めたと言う。さんざん儲けた末の8912月、厚生省の効能見直しで「単独使用では効果なし」と判定され、使用制限が設けられた。これら二薬剤の認可当時に競合した丸山ワクチンがもし認可されていたならば、効能においても、売り上げにおいても強敵になるのは自明のことであり、丸山ワクチンを同じ土俵に上げることは、なんとしても排除しなければならなかったと井口氏は明かしている。

●有償治験薬として製造認可

 19818月中央薬事審議会常任部会は厚生大臣に「提出された資料をもってしてはその有効性を確認できないので、現段階で承認することは適当ではないと考える」との答申をした。結局のところ、丸山ワクチンの承認により反対勢力側製剤のダメージを予防するために、事前に認可拒否が決められていたのであった。よって無理難題を丸山ワクチン側に押し付けることによって、反論不能の状況が作られていた。しかし、厚労省も丸山ワクチンへの厳しい条件に心がとがめたらしく、「付帯条件」をつけていた。その名は“有償治験薬”であった。厚生省と妨害派が編み出した奇妙な丸山ワクチンへの執行猶予案?だった。抗悪性腫瘍剤として認可はされなかった(不承認)が、有償治験薬として供給される道が残されたのだった。これ以後、丸山ワクチンは有償治験薬として、主治医の使用承諾書と経過報告書があることを条件に日本医大病院のワクチン療法研究施設で受け取ることが出来ることとなった。

●症例にみる丸山ワクチンの驚異的な効果

 一般に、ガン治療薬を投与した少数の症例を見て、がんに効いたとか、効かなかったと言ってもたいした意味はない。しかし、多くの抗がん剤が多数の症例で臨床試験を行ったからといっても、実際その効果たるや微々たるもので、そのわずかな効果によって有効と判断され堂々と新薬として登場してくる。丸山ワクチンは2012年初頭に臨床試験が終了し現在、解析作業が進行中という。順調に行けば、2013年末あたりに承認申請が出されるらしい。そして認可されるのは早くて2014年中と予想されている。これまでの経緯を見ると、早期認可を祈らずにはいられない。

 前置きが長くなったが、これまでの丸山ワクチン投与の症例を見て驚くのは、癌が末期症状になっているのに、驚異的な治癒効果をあげていることだ。同書に は“著効”例が多数掲げられているが、本稿でそれらを紹介するスペースは与えられていない。静岡県立静岡がんセンターの亀谷徹博士が同書で、肺がんについての話しをしているので要旨を紹介する。「進行した肺ガン、Vb期およびW期と診断された肺ガンの2007年の日本のデータがある。それによると、1年で約90%が死亡しているという。これが最新の化学療法の結果でもある。ところが、こういう末期の患者に丸山ワクチンを使ったケースで、日本医大のワクチン療法の結果で見ると、肺ガンW期の長期3年以上の生存例が49例もあった。これは非常に驚くことで、肺がんの専門家が見たら、これは本当かなと眉につばをつけるのが正直なところだ」と述べている。

●丸山ワクチンが がんに効くメカニズム

 これまでの検証から丸山ワクチンは、“効き過ぎた”ために認可を故意に妨害されたことが浮き彫りになった。では何故丸山ワクチンがこれほどの効果をあげるのか。同書を参考にさせて頂いてそのメカニズムを簡単に解説したい。

 免疫系は大別して先天的に備わった「自然免疫系」と体内に侵入した異物を後天的に記憶・識別する「獲得免疫系」がある。前者はマクロファージや樹状細胞、NK細胞などが担当する。後者はキラーT細胞やB細胞などが対応。樹状細胞などからもたらされた情報に基づいて、キラーT細胞はウイルスやがん細胞などを攻撃する。B細胞は抗体を作って対応する。細菌や、ウイルス、がん細胞などは大きさや性質が異なるので攻撃の仕方も違ってくる。したがって、それぞれに見合った武器、弾薬が必要と考えれば分かりやすい。

丸山ワクチンの主成分は結核菌体抽出物質である。元をただせば、これは1947年に・丸山千里博士によって「丸山結核菌ワクチン」の名で開発された結核治療注射薬だった。無論、皮膚結核や肺結核にも著効を発揮した。同博士はこのワクチンが、がんにも効果があると間もなく察知した。それは「結核患者が、がんを併発することがない」と言う事実からだった。その原因は結核菌の成分がマクロファージの仲間・樹状細胞を活性化する働きが確かめられたからであった。この樹状細胞に感染し、そこで増殖する細菌が実は結核菌だった。

●丸山ワクチンは樹状細胞を活性化する

 樹状細胞という一風変わった名の細胞が近年とみにクローズアップされてきた。2011年のノーベル賞の受賞者は「樹状細胞」の発見者だった。ロックフェラー大学のラルフ・スタインマン教授である。同氏がこの細胞を発見したのはなんと、1973年だった。体の表面に局在し、枝葉をつけた樹のごとき格好をしていることからこの名が付けられた。上記のように、結核菌は一般細菌とは違い、「細胞内寄生菌」と呼ばれる。日本医科大の高橋秀美教授は、結核菌は樹状細胞の中に入り込むことによって、樹状細胞を覚醒させると言う。つまり、樹状細胞は結核菌のおかげで、感受性が鋭く磨かれるということだ。結核菌と樹状細胞が一種の共存関係を築くのが真相のようだ。自然免疫の中枢を担うこの樹状細胞が侵入してきた異物の情報を提示し、獲得免疫のヘルパーT細胞やキラーT細胞群らにも、この異物情報を提供し、情報記憶をさせていたのだった。これが、がん細胞攻撃細胞群の一斉蜂起につながっていく。

●自律神経免疫療法と相通じる―車の両輪

安保徹教授が世界に先駆けて発見した「白血球の自律神経支配の法則」によって、副交感神経とリンパ球の働きを高めることが、ガンの予防と治療にとって最重要課題であることが既にはっきりしている。自律神経免疫療法と丸山ワクチンによる樹状細胞活性化療法の二つが、これからのがん対策の車の両輪になる日が近付いて来たように思う。

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