予測できない危険の発生

ーDNA組み換え技術の限界を示す一例ー

(当センター代表幹事 本庄重男)


 バイオ技術の代表ともいうべき"DNA組み換え"技術には、意図した結果 のほかに予測不可能な結果や副作用をもたらす恐れがある。植物分野では既に 幾つかの実例が発見され、この技術の無思慮な推進に対する科学的見地からの 批判もなされている。他方、動物分野では、意図しない結果や副作用の発生事 例については、恐らくかなりの数があると推定されるにも関わらず、具体的な 事例報告は未だほとんど無いように見受けられる。しかし、ごく最近、動物分 野でも大変衝撃的な事例についての論文が米国のウイルス学雑誌に発表された (注1)。その論文は、冷静な科学的筆致で書かれており、世間への警告的言葉 は何も述べていないが、それを敢えて発表した著者らの意図は十分推察でき る。
 そこで、以下に若干の解説的私見を交えつつその論文の概要を簡単に紹介 し、バイオ技術の危険性に関心を持つ方々と共に考える材料としたい。

1.この論文の著者たちは、キャンベラにあるオーストラリア国立大学免疫・ 細胞生物学科および有害動物対策研究センターに属する研究者であり、農作物 を荒らす野ネズミの数を減らすために、"不妊ワクチン"(または避妊ワクチ ン)を使うことを意図して研究している人々である。その不妊ワクチンが実際 に有効かつ安全か否かは、基本的に重要な問題であるが、それとともに、自然 環境下で自由に生きている野生動物に対し、一体どうやってワクチンを効率良 く投与するかということも解決を要する大問題である。
 さて著者らは、マウスの卵細胞の透明帯由来糖蛋白遺伝子(ZP)を、エク トロメリアウイルス(注:ネズミに容易に感染しマウス痘という病気を起こ す。ヒトの天然痘ウイルスやワクシニアウイルスと近縁のウイルス)に組み込 んで改変したウイルスを作り、それをワクチン(いわゆるDNAワクチン)と して使うことを考えた。この場合、改変されたエクトロメリアウイルスの本体 は、ZP遺伝子の運搬者(ベクター)としての役割を期待されているのであ る。その改変ワクチンを、捕獲した少数の野ネズミに感染させて再び野に放つ とか、生息地域に大量散布するとかすれば、うまい具合に多数の野ネズミの間 でそのウイルスの感染が拡がり、結果的に不妊ワクチンが一斉投与されること になるだろうという構想である。この構想の一部は成功し、1998年に生殖 生物学雑誌に発表された(注2)。すなわち、実験室でのマウスに対するZP− DNAワクチン投与は、投与後5〜9ヵ月間免疫状態をもたらし、マウスは妊 娠できなかった。その後免疫効果は低下したが、同ワクチンの再投与により不 妊状態が再来したのである。

2.次いで、著者たちは上記のZP−DNAワクチンの効果を高めることを 狙ったのか、同じエクトロメリアウイルスに、マウス由来のインターロイキン 4(IL4)の遺伝子DNAを組み込み、その改変ウイルスをマウスに投与す る実験をした。IL4というのは,Tリンパ球(注:主に細胞性免疫に関わる リンパ球で、機能的にいくつもの種類に分けられる。)が分泌する液性因子であ り、その多彩な働きのひとつにBリンパ球(注:主に体液性免疫つまり抗体産 生に関わるリンパ球。)の増殖を促す作用がある。この実験で、宿主の免疫能 が程よく刺激されるとの結果が出れば、先のZP不妊ワクチンと組み合わせる ことにより十分な避妊効果が期待されるだろうと言うわけである。この実験 で著者らは2系統のマウスを用いた。C57BL/6およびBALB/cと呼 ばれるている近交系(注:20世代以上にわたり近親交配を繰り返して作り出し た、遺伝的に均質の系統)のマウスである。エクトロメリアウイルスに対する感 受性についてみると、C57BL/6系は感受性が極めて低く(つまり、抵抗 性が大きく)、同ウイルスに感染してもほとんど発病しない(つまり、マウス 痘の症状は余り出ないか、出ても死亡することはなく回復する)。他方、BA LB/c系は、感受性が高く同ウイルスに感染するとほとんど発病し多くは死 に至る。このエクトロメリアウイルスに対する感受性の系統差の背景には各種 の免疫機能の差異が存在する。
 端的に言って、実験結果は予期に反するものであった。すなわち、遺伝的に 抵抗性であるはずのC57BL/6系のマウスが、IL4遺伝子を組み込まれ たエクトロメリアウイルスを投与(この場合は右後足裏の厚肉部に注射)され て平均8.6±1.2日後には、全例(10匹)死亡してしまった。同時に感 受性であるBALB/cも同じ処置を受けて平均7.4±0.7日後に全例 (10匹)死亡した。両系統とも同じような臨床症状を示し、死後の病理解 剖・組織検査所見も同じであった。それらの症状および病理所見は、強毒のエ クトロメリアウイルス(モスコウ株)に感染したマウスでの症状・病理所見と 一致するものであった。さらに驚くことは、弱毒株で予め免疫された両系統に 対し、免疫処置後28日経過してから、IL4遺伝子組み込みウイルスを感染 させたところ、両系統でともに6〜8日後には被験動物の6割(5匹中3匹) が死亡するという結果が得られたのである。

3.この実験結果は、IL4遺伝子を組み込んだエクトロメリアウイルスが感 染すると、宿主体内で大量に発現したであろうIL4によって、宿主マウスの 免疫機能が撹乱されていることを意味する。それを証拠立てる幾つかの免疫機 能検査の結果を、著者らは提示しているが、この小文では省略した。また、著 者らは記していないが、IL4遺伝子を組み込む操作により、ウイルスのゲノ ム構成が変動しエクトロメリアウイルス(弱毒株)の毒力自体が増強されると いうことも考えられる。さらに、この両者が絡み合って、抵抗性系統のマウス の発症・死亡という予期せぬ事態がもたらされてしまったと見るのが一層妥当 かもしれない。いずれにせよ、背後に潜むメカニズムの早期の解明が強く望ま れる。
 上述のように、動物分野でのバイオ技術も植物分野におけると同様に、それ を適用された個体にとり予測できない結果を生ずる可能性を秘めている。ま た、野外でウイルスをベクターとして使うようなバイオ技術では、生態系への 影響にも十分注意を払う必要のあることは改めて言うまでもない。予防原則に 依拠して判断・行動することが肝腎である。

  1. R.J.Jackson, et al.: Expression of Mouse Interleukinー4 by a Recombinant Ectromelia Virus Suppresses Cytolytic Lymphocyte Responses and Overcomes Genetic Resistance to Mousepox. J. Virology,75,1205-1210, (2001).
  2. R.J.Jackson, et al.: Infertility in Mice Induced by a Recombinant Ectromelia Virus Expressing Mouse Zona Pellucida Glycoprotein 3.Biology of Reproduction, 58,152-159,(1998).
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